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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第9章 新たなるライバル編
154/207

第154話「羽柴寧々VS伊達美波」中編

 試合開始一時間前。キングダムはミーティングを行なっていた。

「……という作戦だが、最後に何か質問があるヤツはいないか?」

 鬼塚監督は最後に必ずこう聞くが、今まで誰も質問した者はいない。キングダムを十年近く率いる名将鬼塚監督に質問することは恐れ多いからだ。だがこの日はひとりの選手が手を挙げた。


「ハイ」

 それは伊達美波だった。

『度胸があるやつだな。何を質問する気だ?』と皆が伊達に注目した。


「今日は羽柴寧々が先発で、広告も打っているのに、何で私がスタメンじゃないんですか?」

 伊達の質問に、選手全員の顔に縦縞が入った。下手したら監督批判とも取られかねない内容だったからだ。だが当の本人はニコニコと笑っている。


「……お前はまだスタメンのレベルじゃない。だから外している」

 鬼塚監督はニコリともせずに答える。

「え──? でも代打の打率は五割ですよ、五割。これだけ打っても、まだスタメンのレベルじゃないんですか──?」

 伊達は笑顔を崩さずに畳み掛け、選手たちは再び青ざめた。『あの鬼塚監督によくそんなこと言えるな』と。


 誰しも鬼塚監督が怒ると思ったが、意外にも鬼塚監督は淡々と返した。

「スタメンで出たいのは羽柴寧々と対決したいからか? それとも試合に出たいからか?」

「両方です」

 伊達は即答する。すると鬼塚監督は少し沈黙した後「分かった。今日も代打起用だが、ヒットを打ったら明日のスタメンを確約してやる」と答えた。

 その言葉を聞いた伊達は「わ──! ありがとうございます、監督!」と満面の笑みを浮かべ、他の選手たちはあ然とした顔でふたりを見ていた。


「……美波、ミーティングの件、聞いたけど、監督にすごいこと言ったわね」

 ミーティング終了後、伊達は成瀬と一緒にドームの通路を歩いていた。

「え? 何が? 普通でしょ。だってスタメンで出たいもん」

 伊達は「何が悪いの?」といった顔で成瀬に返す。


 その姿を見た成瀬はクスッと笑った。

(自己主張の強いアメリカで野球をしていた美波ならではのセリフね……)


「それに、このポスターの企画をしたのは聖子でしょ?」

 伊達は廊下に貼ってある「羽柴寧々VS伊達美波」のポスターを指差した。

 ポスターの中でバットを肩に担いでいる伊達の姿が見える。

「ここまでやって私が出なきゃ、意味がないもんね」

 伊達はケラケラと笑った。


 そして、午後六時の試合前……ドームの観客席が埋まり出す。

 試合に先立ちスタメンの発表が行なわれるが、そこに伊達美波の名前はなかった。観客たちは皆、ネネと伊達の対戦を望んでいたので、あからさまにがっかりした。


「史上初の女子プロ野球選手同士の初対決が見れると思ってましたが、残念ですね」

「まあ、仕方ないでしょう。チームの事情もありますし」

 実況席もネネと伊達のことを話している。


 始球式は女性タレントが務め、試合は定刻通り六時に始まった。

 キングダムの先発ピッチャーはエースの沢村で、ここまで14勝をあげ、セリーグ最多勝投手だ。


 しかし、沢村は立ち上がりが悪い。

 この日も先頭バッターの毛利を歩かせ、毛利が盗塁後、蜂須賀が送りバント。

 ワンアウト三塁から明智が犠牲フライで、まずはレジスタンスが先制した。


 その後も制球は定まらず、沢村は四番勇次郎から三連打を浴びる。以降は立ち直り後続を断つが、終わってみれば初回3失点で、レジスタンスが3対0とリードする。


「さあ、先制点をもらったから、張り切っていくぞ」

「はい!」

 北条にゲキを飛ばされたネネはマウンドに駆け出していく。


 先頭バッターに対してネネはいきなり145キロのストレートをマーク。

 オールスター以降、ネネは中6日か7日のローテを組んでいる。そのため疲れも取れて絶好調だ。沢村とは対照的に、ネネは初回を三者凡退に仕留めた。


(へ──)

 伊達はベンチからネネのピッチングを見ていて、コントロールが良いことと、直に見るとストレートが球速以上に球が伸びることに気付いた。

(ホップするストレートも効果的に使っていて、全球投げるわけじゃないのか……ただ……)

 伊達の口元に笑みが浮かんだ。

(あのストレートじゃあ、私を抑えるのは到底無理ね)


 その後、試合は投手戦になった。沢村は初回以降は立ち直り、圧巻のピッチングを見せる。

 しかし、ネネはそれ以上に今季一番のピッチングを披露。ランナーは出すものの要所要所を締めて得点を許さない。スコアボードにゼロが並ぶ。


「よし、ネネ! ナイスピッチングだ!」

 ベンチに戻るネネに北条が声を掛ける。

 八回を投げて、球数は96、被安打5、奪三振7、四球0、自責点0、はプロになって以来、最高のピッチング内容だ。


「今日は調子が抜群だな。どうだ初完封狙ってみるか?」

 ベンチでスポーツドリンクを飲むネネに今川監督が声を掛ける。

「はい! 狙います!」

 ネネは元気良く返事をした。


 九回表、レジスタンスの攻撃が終わると、ネネはそのままマウンドに上がった。スコアは3対0、このままいけば初完封の大記録、女性プロ野球選手として前代未聞の快挙になる。


 しかし、ベンチで由紀は何か嫌な予感がしていた。

(今日のネネの調子は良い。初完封も狙える勢いだ。でも……何だろう、この胸騒ぎは……?)


 一方のキングダムベンチでは、最終回の攻撃前にベンチ前で円陣が組まれ「天下のキングダムが女の羽柴寧々に初完封を許したら末代までの恥だ!」とゲキが飛んだ。


 気合を入れ直すキングダムナイン。九回の先頭バッターは九番沢村からだったが、代打に俊足巧打のバッター松村を送る。

 ベンチの指示はとにかく粘り、塁に出てクリーンナップに繋げろという指示だ。


 キングダムナインが一丸となり、ネネを攻略しようとしている中、ベンチ内には不貞腐れている伊達の姿があった。そんな伊達を見かねた成瀬は声を掛けた。

「美波、どうしたの? そんな不機嫌な顔して」

「……だって、せっかく来場した観客が私とネネの対決を楽しみにしてるのに、全然出番がないんだもん」

 伊達は口を尖らせている。

「試合も負けてるし、それにこのままだと聖子が怒られちゃうよ」


 歴史に残る女性プロ野球選手同士の初対決い……そう銘打ち、企画したのは成瀬だった。難色を示す上層部を説き伏せて強引に企画を通した。もし今日、伊達の出番が無ければ、広告が詐欺だとクレームが来る可能性もある。


 気を遣う伊達に対して、成瀬は笑みを浮かべた。

「私は全然大丈夫。でもこの満員御礼のドームで美波の勇姿を見られないのは、いちファンとして残念だけど」

 キングダムは層が厚い。試合前に監督は伊達を代打で使うとは言ったが、代打陣はまだ揃っている。伊達の出番は絶対あるとは言えなかった。


 すると鬼塚監督が伊達の近くに来た。

「伊達……不満そうだな」

「はい、使ってくれなくて不満です」

 伊達は少しも躊躇なく答えた。


(しかし、コイツ鬼塚監督によくそこまで言えるな……)

 伊達の発言を聞いた選手たちはヒヤヒヤしながらふたりのやり取りに耳を立てた。


「そこまで言うからには、羽柴寧々を打つ自信があるってことでいいか?」

 鬼塚監督は表情ひとつ変えずに伊達に問いかけた。

「はい、自信がなければ、こんなこと言いません」

「結果が出なかったら、どうする気だ?」

「二軍に落とすなり、クビにするなり、好きにしてください」

 伊達はそう言い切ると、大きな目で鬼塚監督を睨みつけた。


 その時、鬼塚監督は伊達の目に羽柴寧々の姿を見た。

 以前、キングダムドームで羽柴寧々に睨まれた目と同じだった。飢えた肉食獣のような目だった。


「ああ……」

 すると観客席からため息が漏れてきた。先頭バッターの松村はフルカウントまで粘っていたが、最後は見逃し三振に倒れていた。


「お前の覚悟は分かった」

 鬼塚監督はグラウンドに目を向けた後、再び伊達を見て口を開いた。

「用意してやるよ、お前の出番を」



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