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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第9章 新たなるライバル編
152/207

第152話「なんくるないさ─」

 対キングダムの二戦目を控え、ネネはレジスタンスドームの通路を歩いていた。

 今日も先発ではなく、投げる予定はないが、何かあったときのためにベンチ入りしている。


(しかし、よく食べるな、伊達さんは……)

 ネネは今日の昼の出来事を思い返していた。

 ふたりでたこ焼きを山ほど食べたが、伊達は「デザートは別腹」と言うと、ラウンジに戻って特製パフェまで食べたのだ。


(それとあの手のひら……)

 ネネは自分の手を包んだ伊達の手の感触を思い出しゾッとした。伊達の手のひらはゴツゴツして硬く、岩みたいな手だった。

(多分、あれはバットを相当振り込んで作られた手のひらだ。でも、どれだけ振り込めば、あんな手のひらになるんだろう……?)


 ネネが考え事をしながらブルペンに向かっていると「キャ──! ネネ──!」と女性の声が聞こえてきた。

 見ると、通路の向こうから伊達美波が子犬のように駆け寄ってきた。


「たこ焼き、美味しかったね──!」

 そう言いながら、伊達はネネに笑いながら抱きついてきた。

「だ……伊達さん……」

「やだ──! ネネったら他人行儀で! 『ミナミ』って呼んでいいって言ったじゃん!」

「わ、分かったよ。『ミナミ』ね」

 ネネが苦笑すると、その姿を見た伊達はネネにスリスリした。

「キャ──、ネネ、可愛い──! マングースみたい!」

(ま、マングース? 確か動物だと思うけど、どんな姿だっけ?)

 後で検索しよう、とネネは思った。


 やがて、ネネから身体を離した伊達は「ネネの動画見たよ──。すごいね! あのホップするストレート!」と言ったので、ネネは、えへへ、と照れ笑いした。しかし……。


「でもね、私には通用しないよ、あのストレート」と、伊達はニコニコしながら強烈なひと言を放った。

「え?」

「私ねえ、沖縄の米軍基地やアメリカで150キロ台のストレートは何度も打ち込んできたの。だからストレートは大好物なんだ!」

 伊達は笑っているが、その言葉からは強烈なプライドが見え隠れした。


「おい、伊達、そろそろ練習に出るぞ」

 そこにキングダムの中西がやってきて、伊達に声をかけた。

「は──い、じゃあ、ネネ、またねー」

 伊達はネネに笑顔でウインクをするとグラウンドに出て行った。


「全く……アイツはちょっと目を離すと、すぐどっかに行っちまう」

 中西はため息を吐いた。

「あの……中西さん」

「ん? 何だ?」

「美波……いえ、伊達選手はキングダムでも、あんなカンジなんですか?」

「ああ……あんなカンジだよ」

 中西は伊達の後ろ姿、背番号24を見つめながら苦笑いをした。

「でも……アイツが来てから、チームが何か明るくなったなあ」

「そうなんですか?」

「あと、実力もあるしな」

「何かあったんですか?」

「これ内緒だぞ。アイツの実力を試すために、鬼塚監督がウチの兼子さんと1打席の勝負をさせたんだ」

「え? あの兼子さんとですか!?」

 兼子と言うのはキングダムの中継ぎ投手だが、ストレートはマックス159キロを記録するゴリゴリの速球投手だ。


「そ、それでその結果は……?」

 ネネは興味深々で尋ねた。

「兼子さんの渾身のストレートをライトスタンドに叩きこんだよ」

 中西はニッコリ笑い。ネネは驚いた。

(非公式とはいえ、160キロ近いストレートをホームラン……!?)

 先程の伊達の発言は決して強がりでもないことが分かった。本当に伊達はストレートが得意なのだ。ネネは身体が強張るのを感じた。


 そして、午後六時、プレイボールとなる。

 伊達はまたベンチスタートだが、昨日と違い今日は投手戦となり、2対2の同点のまま八回に突入した。

 レジスタンスのピッチャーは三好にスイッチしている。三好は今季抑えから中継ぎに転向したが、プレッシャーから解放されたのか中継ぎで結果を出し続けている。


 そんな試合展開の中、三好は無難にツーアウトを取った。するとキングダム鬼塚監督がベンチを出て代打を告げた。

「代打、伊達美波」


「ワアアアア!」

 レフトスタンド、キングダム応援席から声援が上がった。

 伊達は昨日と同じく物干し竿のようなバットを持ち、ブンブンと素振りをしてから打席に入った。


 由紀はネネと一緒にブルペンのモニターから戦況を見つめていたが、バッターボックスに立つ伊達の姿を見て、昼間の成瀬との会話を思い出していた。

 それは帰国時に起こったトラブルの話だった。成瀬が航空券の手配をミスり、また運悪く、航空会社のストライキでロサンゼルスからの国際便がすべて欠航になったのだ。

(早く帰らないと、入団手続きに間に合わない……)

 焦る成瀬が、急遽帰りの便を調べたら、シアトルから日本への帰国便が何とか見つかった。そのため伊達と成瀬は急いでシアトルへの夜行バスに飛び乗ったのだ。

 しかし、そのバスはお世辞にも乗客の品が良いとはいえないバスだった。


「乗ってる乗客は皆、怖い人ばかり……しかも空いてる席は運転手から遠い、一番後ろの席でした……」

 成瀬はそう回想した。


 乗客たちが何か話しているのが聞こえてきたが、スラングだらけで内容が聞き取れなかった。

 成瀬は怖くなり、帰国をあきらめてバスを降りようとした。しかし、怖がる成瀬を尻目に伊達はスイスイと後部座席に行き、何食わぬ顔で席に座ったという。

 それでも怖がる成瀬に向かい伊達は「聖子、大丈夫だよ。なんくるないさー(何とかなるさ)」と笑いかけると、目を閉じて寝てしまったというのだ。


「そんな美波を見て、私も腹を括り、気がつくと、疲れがたまっていたのかいつの間にか寝てしまったんです」

「す……すごい肝が座ってますね、伊達さん」

 由紀が驚くと、成瀬の顔が曇った。

「え? どうしたんですか? 成瀬さん?」

「あ……ゴメンなさい。でも本当は違ってたんです……」

「え?」

「実はそのバス。本当にガラが悪い乗客がいて、隙あらば私たちからお金を奪おうと思ってたみたいなんです」


 成瀬はその日のことを話し出した。

 早朝、シアトルに着くと伊達に起こされた。伊達の目は真っ赤だった。

 成瀬が「どうしたの?」と聞くと、伊達は「何でもないよ」と言って笑った。

 

 そして、バスを降りるときだった。バスの運転手が成瀬に話しかけてきた。

「アンタ、あの娘に感謝しないといけないよ」

「え? どういう意味ですか?」

「アンタたち、お金を奪われてひどい目に遭うとこだったんだよ」

 成瀬はその時、初めて自分たちが危険に晒されていたことを知ったという。運動手は話を続けた。

「強盗たちの会話が聞こえてきたから、どうしようかと思って、バックミラーで見てたんだよ。そうしたら、あの金髪の女の子。アンタが寝るのを見届けてから、ケースから長いバットを取り出して、後部座席から男を威嚇したんだ。もの凄い殺気だった。それを見て、強盗たちはあきらめたのさ」


 運転手は笑いながら話す。成瀬は先にバスを降りた伊達を見つめた。伊達はバスに背を向けて、大きな伸びをしていた。


 話を聞かされた成瀬は事の真意を理解した。

 伊達は自分たちからお金を奪おうとしている強盗たちの会話を理解していた。だが、ここでバスを降りたら日本行きの飛行機に乗れず成瀬の責任問題に発展するかもしれない。そう考えた伊達はわざと平気なふりをしたのだ。


(私は守られていた……)

 成瀬は伊達の赤い目を思い出した。伊達はバットを構えて、一晩中寝ずに成瀬を守っていたのだ。


 空港に入り「お腹すいたよ──」と言う伊達を見た成瀬の目から涙が流れた。

「ど、どうしたの? 聖子?」

「だ、伊達さん……ゴメンなさい……わ、私のミスであなたを危険な目に……それと一晩中、私のことを……」

 すると、伊達は成瀬の頭をよしよしと撫でて笑った。

「なんくるないさ─、だよ。聖子」

 その笑顔は太陽のように輝いていた。


 ……その後、無事、飛行機に搭乗できたふたりは機内ですっかり打ち解けて仲良くなったという。


「その出来事以来……私、美波の大ファンなんです」

 成瀬はニッコリ笑った。

「だから球団には美波のマネージャーをやらせてほしいと直訴しました。美波には日本のプロ野球で絶対に活躍してほしい……そのためには私にできることは何でもやります。羽柴寧々さんが美波の前に立ちはだかるなら、私も全力で戦うつもりです……」

 成瀬の言葉からは並々ならぬ強い決意が伝わってきた。これが昼に成瀬から聞いた話だった。


 回想が終わると、由紀は隣のネネを見た。

(成瀬さんがあんなに伊達美波に一生懸命なのは、私と同じだったんだね……)


「あ──!」

 ネネが突然大声を上げた。

 代打で出場した伊達は三好の内角の厳しいコースをうまく捌き、ライト前にヒットを打っていた。これでデビュー以来、二試合連続でヒットだ。


「す、すご──い! あの内角の厳しいコースをあんなに上手く捌くなんて!」

 由紀は興奮しているネネを見て微笑んだ。

(成瀬さん……私も同じだよ。私もずっとネネの大ファン。伊達さんと成瀬さんがネネの前に立ちはだかるというなら、私も黙っていない。私も闘うよ……)


 由紀も強い決意を込めた瞳でモニターに映る伊達美波を見つめた。








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