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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第9章 新たなるライバル編
151/207

第151話「その女、伊達美波」後編

 対東京キングダム戦から一夜明けた。

 試合はレジスタンスが8対7で勝利したのだが、各社スポーツ新聞は、羽柴寧々に続く第二の女子プロ野球選手、伊達美波のデビューをこぞって取り上げていた。


「伊達美波、初打席ツーベースヒットの鮮烈デビュー」

「羽柴寧々に続く、女子プロ野球選手、伊達美波、反撃の一撃」


「すごいなあ、伊達さん、こんなに大きく取り上げられて」

 ネネは新聞の記事を読みながら感嘆の声を上げた。

「あら、ネネだって、デビューの時はすごかったわよ」

 由紀が隣でニコニコ笑う。


 この日、ふたりは大阪市内のホテルのラウンジにいた。

 それは、東京キングダムの広報の女性から頼まれてのことだった。待ち合わせの時間の五分前に相手は現れた。


「お待たせしました、羽柴さん、浅井さん、今日はお忙しい中、ありがとうございます」

 スレンダーでカッチリしたスーツ姿のメガネを掛けた女性がペコリと挨拶をした。

「あ……成瀬さん、私たちも今、来たところですから、大丈夫ですよ」

 由紀はそう言って笑った。


 東京キングダム広報部の女性は「成瀬聖子」と名乗った。年齢は由紀よりひとつ上の25歳だった。

 成瀬がネネたちに会いに来たのは、伊達美波のことだった。

 東京キングダムでは女性選手が入団するのは初めてのことなので、由紀に色々とアドバイスを貰いたい、との申し出だったのだ。


「なるほど……」

 由紀やネネの説明に成瀬は必死でメモを取った。

「ありがとうございます。浅井さん、羽柴さん」

 成瀬は深々と頭を下げた。話しぶり等から、とても真面目な女性の印象を受けた。


「浅井さんの話はとても参考になりました。浅井さんはこの業界でも有名人ですから……」

「へ? 有名人?」

「はい、羽柴選手を献身的にサポートし、且つ広報の仕事もバリバリこなすって、皆、尊敬してますよ」

 成瀬はニッコリ笑う。

「い……いえいえ! 全然ですよ! ミスばっかりで恥ずかしいです」

 由紀は恥ずかしくなり真っ赤になった。ひと昔前までは、レジスタンス広報部のお荷物だとか役立たずとか言われてたのが嘘みたいだ。

 大好きな由紀が褒められて、隣に座るネネも嬉しくなった。


「それに……私はこの娘に何もしてあげてませんよ……ネネはしっかりしてるから、逆に私のほうが助けられてます」

 由紀がそう話すと「ううん、私、由紀さんがいるから、安心して投げれるんだよ」と、ネネはニコニコ笑い、由紀は更に照れた。


 そんなふたりを見て「姉妹のように仲が良いって聞いてましたが、本当ですね」と、成瀬は微笑んだ。

「本当は今日、美波もここで話を聞きたがってましたが、今、警察に行ってて……」

「警察?」

「はい、ひったくり犯の件で、感謝状が出るみたいで、警察に行ってます」


(あ……!)

 ネネはその出来事を思い出した。そして、昨日の初打席も……。

 昨日、ツーアウトながら伊達が放ったツーベースがきっかけでキングダムは息を吹き返し、そこから二点を返し一点差に詰め寄ると、ツーアウト満塁までレジスタンスを追い詰めたのだ。最後は島津が何とか踏ん張ったがギリギリの勝利だった。


「その話、ネネから聞きました。すごいですね、ひったくり犯をのぼりを使ってKOするなんて……」

「ホント、あの娘は……『危ないからダメでしょ!』って注意したら、『あら、アメリカと違って銃を持ってないから大丈夫よ』って、あっけらかんとしていて……」


「あ、あの……成瀬さん……」

 苦笑いをしている成瀬に、今度はネネが質問した。

「昨日の試合で伊達さんのバットを見ました。とても長くて……何であの長いバットをあんなにスムーズに振れるんですか?」

「ああ、あれはね……」

 成瀬はクスッと笑った。

「『竹竿の素振り』の成果よ」

「た……竹竿の素振り?」


 成瀬は説明を始める。

「幼い頃から三メートルくらいの竹竿を振って遊んでたらしいの。美波が言うには竹はしなるから力任せに振っても上手くスイングできないそうよ。身体全体を使ってリズムよく振らないとダメって言ってた。竹竿を使った素振りは毎日の日課だったみたいで、それをバッティングに応用してるのよ」

(子供の頃からの日課の竹竿の素振りをバッティングに応用してるって、まるで私の石投げみたい……)

 伊達との思わぬ共通点にネネは驚いた。

「子供の頃は、短い竹でハブを撃退したこともあるって言ってたわ」

 成瀬はクスクスと笑う。

(は、ハブってヘビだよね……ヘビを撃退するなんて、相当、動体視力と運動神経が良くないと無理だよ。すごい人だなあ……)

 ネネは更に驚愕した。


「す、すごいエピソードですね。でもキングダム はどうやって伊達選手を見つけたんですか?」

 今度は由紀が質問すると、成瀬は遠い目をした。

「そうですね……ちょっと長くなるかもしれませんが、よろしいですか?」

 ネネと由紀は頷いた。

「私が美波と初めて会ったのは、アメリカ、マイナーリーグの球場でした」

 成瀬はゆっくりと話し出した。


 今季入団したばかりの新外国人選手のフィッシュバーンが成績不振とホームシックを理由に六月に退団することになった。

 そこで急遽、新外国人選手をスカウトすべく、アメリカのマイナーリーグを視察することになり、広報部の中でも英語が堪能な成瀬が現地スカウトに同行することになったのだと言う。


「まあ、私、広報部でも浮いていたから、程の良い厄介払いだったんですけど……」

 成瀬は苦笑した。どちらかと言うと野球にあまり興味もなく、頭も固く社交的でなかったから、広報部でも浮いていたらしい。


(わ……私と一緒だ……)

 由紀は昔の自分の話をされているようでドキッとした。


「スカウトと各球団を巡る日々が続きましたが、新しい選手を獲得できるのは七月末が締め切り……そのため、向こうはこっちの足元を見て無茶な条件を突きつけてきたりで、私は心身ともに疲れ果てていました……美波に会ったときはそんな時でした」

 成瀬は遠い目をした。


「オクラホマ・レイダース3Aの試合を視察したときです。私はグラウンドに女性……しかもハーフとはいえ、日本人の女性がいることにびっくりしました。お世辞にもキレイとは言い難い球場、汚いスラングが飛び交う中、グラウンドにはあの娘の元気な声が響いていました……あの娘はそう……まるで太陽のようでした」

 成瀬の脳裏にはその時の光景が浮かんでいた。

「野球に興味がない私でしたが、気がつけばあの娘のプレイに魅かれ、大声で声援を送っていました。試合は大勝、4打数2安打、1ホームラン、打点3、それがあの日、あの娘が残した数字でした……」

 久しぶりに聞いた日本語の声援を受け、嬉しかったのか、伊達はホームランを打った後、スタンドの成瀬に向かってVサインをしてみせたという。


「あの娘のプレーには華がありました。物干し竿のようなバットに、一本足の豪快なスイング……あの娘ならやれる。男だらけのプロの世界でも絶対に活躍できる。私はすぐにあの娘をキングダムにスカウトしました」


「……それで、入団に至ったんですね」

「いえ……事はそう上手くは運びませんでした。美波は日本に来ることを拒否したのです」

「え? な、なぜ?」

「その頃……レイダースは3Aの首位を走っていて、美波はそのチームの主軸だったんです。そこで優勝して、皆とメジャーに上がるのが美波の夢だったからです」

 成瀬は大きく息を吐き出した。

「それで私は羽柴さんの動画を見せました。初めは乗り気でない美波でしたが、同じ女性である羽柴さんのピッチング見て目の色が変わりました。そして羽柴さんが男相手に三振の山を築く姿に対抗心を燃やすようになったんです。それで、あの娘はキングダム入団を決めました」

「そうなんですね……でもよくキングダムが女性の入団を許しましたね」

 由紀がそう尋ねると、成瀬はニコッと笑った。

「……羽柴さんのおかげです」

「え? 私? 何で?」

「球団は大反対しました。ですが、最後は鬼塚監督がOKを出したんです。恐らくそれは同じ女性野球選手の羽柴さんに痛い目にあったことがあるからだと個人的には思ってます」

 成瀬はクスクスと笑った。

(そうなんだ……)

 ネネが納得したその時だった。背後から女性の声が響いた。


「あ──、聖子、ここにいたんだ─! 大阪名物のたこ焼き買ってきたから、一緒に食べよ─よ」

 伊達美波が両手にたこ焼きの袋を持ってラウンジに入ってきた。Tシャツにホットパンツ、それにサングラスというラフな格好だった。


「あ……美波、もう用事は終わったの?」

「うん、何か賞状とか貰ったよ。あ……あれ?」

 伊達は成瀬の向かいにネネが座っていることに気付いた。


「羽柴寧々──! また会えたね──!」

 伊達はサングラスを外すと、満面の笑みでネネに握手を求めた。

「あ、よ、よろしく……」

 ネネが手を出すと伊達は両手でネネの手を握った。ネネは伊達の手に触れると、伊達の手のひらの感触に驚いた。だが伊達はネネとは対照的に笑顔を振りまいていた。


「わ─、嬉しいな──。こうしてプライベートで会えるなんて!」

 伊達はハーフであり、日本人離れした顔をしている。ギャルメイクも相まって目鼻立ちはハッキリしていて、かなりの美形だった。


「お客さま……ここでたこ焼きはちょっと……」

 ラウンジのウェイターが声をかけてきた。紅茶の香りがするラウンジにたこ焼きは不釣り合いらしい。


「分かったよ──、じゃあ羽柴さん、あっちで一緒に食べよ──!」

 伊達はネネの腕を引っ張る。

「あ、でも…」

 ネネが由紀を見ると、由紀は笑いながら「行っていいよ」というジェスチャーをした。


「美味しそうだから、いっぱい買ってきたの! お話ししながら食べよ──よ」

 伊達は派手な外見とは裏腹に人懐っこく、笑顔でたこ焼きを見せる。

「あ! 本当だ! すごい量だね!」


 ネネはあまりの量にびっくりしたが、伊達は変わらずニコニコと笑顔を見せていた。







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