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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第9章 新たなるライバル編
150/207

第150話「その女、伊達美波」前編

 七月の終わり、本拠地レジスタンスドームに東京キングダムを迎えたレジスタンスは、先のファルコンズ三連戦を二勝一敗で勝ち越し、以下のような順位になっていた。


 1位、神宮ファルコンズ

 2位、大阪レジスタンス、首位とゲーム差2

 3位、東京キングダム、首位とゲーム差5

 3位と4位広島エンゼルスとのゲーム差は5という内容だ。


 レジスタンス対キングダムは2位と3位のチームの激突だが、それ以上に、現場は昨日発表されたキングダムの新加入選手……ネネに続く女性プロ野球選手、伊達美波の話題で持ちきりだった。


 伊達美波、女性、二十歳。

 年齢はネネよりひとつ歳上になる。身長165センチ、ポジションは三塁手サード、右投げ左打ち。

 沖縄県出身で、父親は米軍基地に勤務するアメリカ人。母親は那覇市内で飲酒店を営む日本人であり、いわゆる「ハーフ」。


 両親は伊達が幼い頃に離婚しており、伊達は沖縄の中学校を卒業後、単身父を頼り、アメリカへ移住。

 アメリカの高校を卒業後、入団テストを経て「ロサンゼルス・レイダース」と契約。

 マイナーリーグの1Aからスタートし、最終的に3Aまで昇格するが、その活躍を東京キングダムのスカウトが見つけて契約した、という経歴だった。


(しかし、びっくりしたなあ、昨日は……まさか道頓堀で会った女性が私と同じプロ野球選手だったとは……)

 ネネはリフレッシュルームでぼんやりと考え事をしていた。今回のキングダム戦にネネの登板予定はないが、万が一の不測の出来事に備えてベンチ入りをしている。

 ネネは由紀から借りたタブレットで、昨日行われた伊達美波の入団会見の動画を見た。

 伊達はキングダムの黒とオレンジのユニフォームと帽子を被っている。背番号は「24」番に決まった。会見場で質問が飛ぶが、伊達は日本語でハキハキと明るく応答していた。


「伊達選手、バッターとして女性初のプロ野球選手となるわけですが、感想は?」

「早く試合に出て、ホームランを打ちたいです」


「東京キングダムについて、ひと言お願いします」

「日本で一番有名なチームに入団できて嬉しいです」


「同じ女性選手、羽柴寧々選手のことは意識してますか?」

「はい、早く対戦したいです!」


「自分のストロングポイントは何ですか?」

「フルスイングです」


 笑顔で堂々と答えている。

(すごいなあ……伊達さん。私の入団会見と比べると雲泥の差だよ)

 ネネは伊達の堂々としたインタビュー内容に感心した。


 伊達のポジションはサードだが、キングダムのサードには若手のホープ藤本がいるため、当面は代打での起用が主になるらしい。


 ネネは昨日の商店街の出来事を思い出した。

(あのスイング、只者じゃない……あんなしなりがあるのぼりをスムーズに振るなんて……しかも、それを走ってくる原付バイクにジャストミートして……)

 ネネはゾッとした。一歩間違えれば、手首がおしゃかになるからだ。

(この人……一体どんなバッティングをするんだろう?)


 マスコミ各社も伊達美波の試合動画がないか探していたが、伊達は3Aを主戦場としていたため、動画らしきものは見つからず、その実力はベールに包まれていた。


 そんな状況下で試合が始まった。注目の伊達はベンチスタートだ。キングダムは層が厚く、代打でも出番があるか分からない。


 試合は序盤から乱打戦になり目まぐるしく投手が変わる。

 そして8対5とレジスタンスが三点リードした状況で九回に突入し、キングダム最後の攻撃を迎えた。


 ネネもブルペンで待機していたが、杉山コーチから今日の登板はないと告げられた。

 最終回のマウンドに上がるクローザーは島津、ここまでで12セーブを上げている。


「栄作、頑張ってね!」

「島津、頼むぞ」

 ネネやブルペンの投手たちの声援を受けて、島津はマウンドに向かった。

「ヘッ、任せとけ。キッチリ決めるぜ!」


 島津が登場曲「SUPER EIGHT」の「モンじゃい・ビート」に乗ってマウンドに上がると、キャッチャーの藤堂がサインの打ち合わせに来た。

 北条は持病の腰痛があるため、今日は藤堂がキャッチャーを務めていた。


「下位打線からだが、代打攻勢をかけてくるはずだ。気をつけろよ」

「ああ、分かったぜ」

 サインの確認をすると、藤堂はポジションに戻り、試合が再開された。


 一方でネネはブルペンのベンチに座り、モニターで戦況を見つめていた。するとそこに由紀がやってきた。

「伊達美波は……今日は出ないかもね」

 ネネの隣に座り、そう呟いた。キングダムは代打を送っているが、伊達の名前はコールされなかった。


 島津は強気のピッチングでキングダムの代打ふたりをアウトにし、ツーアウトとなる。

 今日は出番はないか……ネネと由紀がそう思っていると、キングダムの鬼塚監督がベンチを出て代打を告げた。直後、ドームにアナウンスが響き渡る。


「東京キングダム、選手交代のお知らせです。代打、伊達美波」


(き、きた!)

 ネネと由紀が一斉にモニターを見ると、三塁側ベンチから金髪の女性がヘルメットを被りグラウンドに出てくるのが見えた。


 伊達は肩より少し長い金髪を後ろでまとめ、バッターボックスに入る前にバットを構えた。すると、そのバットの異常な長さにドーム内がざわめきたった。


「な……何、あのバット……? めちゃくちゃ長くない?」

 ネネは目を見張った。伊達が持つバットは異常に長く、身長165センチの伊達が持つと、非常にアンバランスに見えた。


「ね、ネネ……38インチあるって……あのバット……」

「さ……さんじゅうはち!?」

 スマホで実況を聞いていた由紀がそう話すとネネは驚いた。

「38インチってことは……1インチが2.54センチだから……」

 由紀がスマホで計算をした。

「や……約96センチのバット……?」

 ネネは驚愕した。

「な、何……? その長さ……そんな長いバット。男でもまともに振れないよ……」


 キングダムの主砲、中西が33インチ、勇次郎が32インチのバットを使っているが、ふたりとも身長は180センチを超えている。

 それに対し、伊達美波の身長は165センチ。ふたりの男性より身長が低いのに、それより長いバットを持っているのだ。

(バットが長ければ長いほど、遠心力は増し、打球の飛距離は伸びる。でもだからといって、自分の身長の半分以上の長さのバットを使うなんて……)

 ネネは息を呑んで伊達を見つめた。


 打席に入る前に伊達は素振りを繰り返した。普通ならバットに振り回されてしまうのだが、余程、体幹がしっかりしているのかバランスは全然崩れていない。むしろそのスイングに優雅ささえ感じる。

 バッティングフォームをチェックした伊達は左バッターボックスに入った。


 一方でマウンドの島津は伊達を睨みつけた。

(情報は全くないが、ネネと同じ女の野球選手か……それじゃあ、どんなヤツか試してみるかな……)

 島津は振りかぶると第一球を投げた。


「うおおお!」

 ドームに大声が響き渡った。島津が投じた一球目は内角高め。それもストライクゾーンを外れ、伊達の顔面近くに飛んだからだ。

 伊達は身体を捻ると、その勢いで倒れ込んだ。


(さあ、どうでるかな? びびって萎縮するか、それとも……)

 島津が返球されたボールを受け取り、伊達を見ると、伊達はバットをツエ代わりに立ち上がり、島津を鋭い目で睨みつけた。


(なるほど……気は強そうだ。ネネみてえな野郎だな)

 島津は口元に微かな笑みを浮かべると、藤堂からのサインを確認した。

(それなら、二球目はここだ……!)

 島津はアウトローにストレートを投じた。

(内角への残像が焼き付いているはず……このコースは打てまい!)


 すると伊達は右足を高く上げた。

(い……一本足打法!?)

 ブルペンでモニターを見つめるネネが息を呑んだ瞬間、伊達は右足を思い切り踏み込むと長尺バットを一閃し、アウトローのボールを叩いた。


 カキ──ン!

 快音を残し、ボールは左中間に高く舞い上がった。


(な、何い!?)

 島津は振り返り、高々と舞い上がるボールの行方を追った。ボールはグングンと伸びていく。

(そんなバカな…!? あのコースは当ててもせいぜいファールのコースだぜ……)


 伊達は金髪をなびかせ一塁を蹴る。

 ガン! 

 ボールがフェンス上段に当たり、センター毛利がボールを押さえるも、その頃には伊達は悠々と二塁ベース上に到達していた。スタンディングツーベースヒットだ。

「伊達! 伊達!」

 レフトスタンド、キングダム応援席からは大歓声が響く。


 オーロラビジョンに映像が映し出される。ネネはモニターからその映像を見つめた。島津のストレートは外角の低め。

(あのコースなら打ってもファールだ……)

 しかし、伊達の長いバットはその外角のボールを完璧に捉えて打ち返しており、ネネは伊達が長尺バットを持つ真意を理解した。

(女性は一般男性より力もリーチも短い。だからあのバットなんだ。あれなら遠心力が増すし、外角のボールにも手が届く。でも長ければいいってものではない。その分、振ることが難しくバットに振り回されることがある)


 しかし、伊達美波は違う。

 昨日の、しなるのぼりでのスイングといい、今日の長尺バットでのスイングといい。体幹が全くぶれていない。恐るべき選手だ。


 ネネは同性である新たなるライバルの登場に胸が高鳴るのを感じていた。






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