第149話「謎のブロンド美女」
「全く、アンタって娘は……」
神宮ファルコンズとの先発から二日後の月曜日の正午、ネネは三つ下の妹、希貴と道頓堀のアーケードがある商店街を歩いていた。
「私が遠征で家にいなかったら、どうするつもりだったのよ?」
「えへへ……ゴメンね、ネネちゃん」
キキは道頓堀名物のアイスを食べながらゴメンなさいをする。その愛嬌ある仕草にネネは苦笑いをした。
なぜネネが妹と一緒にいるかというと、昨日の深夜に急にキキから連絡があり、ネネの家に泊めてくれと言ってきたのだ。
何があったか問いただすと、コンパで知り合ったひとつ歳上の男子とユニバに遊びに来て、夜遅くまで遊んでいたのだが、どうやら、その男子が大阪にホテルを予約していてキキをお泊まりに誘い、ケンカになったという。
そして、ケンカして男と別れた後、キキはお金を全く持っていないことに気付き、ネネに電話をしたのであった。
「だってさあ、付き合ってもないのよ。それで、いきなりお泊まりなんて、ちょっと図々しすぎない?」
キキはアイスを食べながら愚痴る。
「だ、だからと言って、少しはお金持ってきなさいよ」
「え? いや……それは相手が全額出してくれるっていうから……」
(コレだよ……)
ネネは顔に手を当てた。キキはとにかく人懐っこくて人気がある。
女子高に行って大人しくなると母は安心していたが、とんでもなかった。更に遊びは激しくなり、バイトにコンパと明け暮れ、とにかく遊び人だ。
(私は全く男子から言い寄られたことないのに、この娘は……)
ネネは隣を歩く妹をじろっと見た。
姉の菜々はキレイ系、そして、この妹は実に可愛い顔をして、アイドル系の顔と言われている。
(私はレジスタンスのみんなから『小動物系』もしくは『タヌキ顔』とからかわれているのに……)
しかも、昨日着替えを貸してあげたら「ネネちゃーん、この服、胸がキツいから、いーや」ときたよ……。
(お姉ちゃんも女性らしいスタイルだけど、この妹もそれに輪をかけスタイルはいい……何で? 何で姉妹なのにこうも違うの?)
ネネは自分の胸を見下ろすと、ため息をついた。
「どうした? ネネちゃん、ため息なんかついて。さては昨日、私がいたから彼氏を家に連れ込めなくてご立腹か? すまん、すまん」
キキが可愛らしい顔でからかってくる。
「か……彼氏なんていないわよ! それよりアンタ! 名古屋までの電車賃は出してあげるから、寄り道せずに真っ直ぐ家に帰るのよ!」
「はいはい、お母さんみたい」とキキが空返事をした瞬間、背後から女性の叫び声が聞こえてきた。
「ど、ドロボ──! 誰か……誰か捕まえて──な!」
ネネが振り向くと、派手な服を着た中年のおばちゃんが叫んでいて、その前を二人乗りしたフルフェイスの男が原付バイクで走っている。バイクの後ろに座る男の手には、有名ブランドのハンドバッグがぶら下がっていた。
「おら──! どけや──!」
原付バイクはネネたちの横を猛スピードで通り過ぎていく。
(ひ……ひったくり!?)
ネネは瞬時にそう判断すると、原付バイクを追いかけ始めた。
「ちょ……ちょっと、ネネちゃん、無理だって!」
背後からキキの声が聞こえる。ネネは必死で追いかけるが、原付バイクは速く、流石のネネでも追いかけない。
(何か投げるものがあれば……)
ネネがそう思ったとき、走る原付バイクの前に、帽子を被ったジーンズにTシャツ姿の人が立ちはだかるのが見えた。
その人物は近くのカラオケ屋の「のぼり」を引っこ抜くと、ピュン! と振った。
(な、何をするつもり……?)
原付バイクを追いかけながらネネがその人を見ると、のぼりをバットを持つように左に構えた。
「どけ、どけ──!」
バイクはのぼりを構えた人を避けて走り抜けようとした。
その時だ。謎の人物は目にも止まらぬスピードで、バットを振るようにのぼりを振り抜いた。
「う、うわ──!」
振り抜いたのぼりは原付を運転する男の顔面をピシャン! と撃ち抜いた。
その衝撃にバイクを運転していた男はハンドル操作を誤り、原付は横転しすると近くのコンビニのゴミ箱にぶつかった。
ふたりの男は地面に投げ出され転がると、ピクピクと身体を震わせた。
次の瞬間、謎の人物の頭から帽子がパサッと落ちて、肩より少し長めの鮮やかな金髪と顔が見えた。
ギャルメイクで目鼻立ちはハッキリしていて、外国人のような顔をしていた。
のぼりをフルスイングしたのは、何と女性だった。
カシャン……。
金髪の女性はのぼりを捨て、路上に落ちているバッグを拾うと、薔薇のような赤い唇に笑みを浮かべた。
(だ、誰……あの女の人……? めちゃめちゃ鋭いスイングだったけど……)
ネネが呆然と立ちすくむ中、バッグをひったくられた女性がネネを追い抜いていった。
「う、ウチのバッグ──!」
金髪の女性はニッコリ笑うと、バッグをおばちゃんに手渡した。
「ありがとう! ありがとうな! アンタ、バッグの恩人や! 外国の人か!? サンキュー、サンキューな!」
おばちゃんがペコペコ頭を下げるが、金髪の女性は何も言わずにニコニコと笑っていた。
やがて、通報を受けたのか、ふたりの警察が駆けつけてきて、地面に転がっているひったくり犯を確保した。
その時、ネネはふと足元に金髪の女性が被っていた帽子が落ちているのに気付いた。
アメリカ……メジャーリーグ「ロサンゼルス・レイダース」の帽子だった。
ネネは金髪の女性に帽子を手渡しながら声をかけた。
「すごいスイングだったね! あなた野球経験者なの?」
すると、金髪の女性はネネを見て、目を見開くと驚きの声を上げた。
「わお! レジスタンスの羽柴寧々!」
「え?」
(に、日本語? 外国人じゃないの!? しかも私のこと知ってるの?)
ネネが驚いていると「ちょっとキミ、お手柄だよ。話、聞かせてよ」と、警察官が金髪女性に声を掛けてきた。
金髪の女性は警察官に連れていかれたが、ネネの方を振り返ると「シーユー」(またね)と言い、ウインクして笑った。
残されたネネは、さっき金髪の女性がフルスイングしたのぼりを手に取ってみた。のぼりはしなりがある。試しにスイングしてみて驚いた。長くてしなりがあって、まともに振れないのだ。
だが、あの謎のブロンド女性は、こののぼりをバットを振るようにフルスイングし、且つ向かってくるバイクの男にジャストミートさせた。
(もし、こののぼりがバットだったら……何者なの、あの人……?)
ネネは警察官と話している女性を見て呆然としていた。
その後、ネネはキキを駅まで送り、電車に乗せると自宅に戻った。
由紀から電話があったのは、その日の夜の八時頃だった。
「ね、ネネェ! 大変だよ!」
「ど、どうしたの? 由紀さん?」
「ね、ネットの……ネットのスポーツニュースを見てみて!」
(スポーツニュース……?)
ネネはスマホをスピーカーにすると、ノートパソコンを開いた。
「え! ええええ!?」
ネネはスポーツニュースのトップ記事を見て思わず声を上げた。
そこには、今日、商店街でひったくり犯を退治した金髪の女性の写真が載っていた。
「み……見た? とんでもないニュースだよ! コレ!」
スマホの向こうで由紀も興奮している。ネネは記事の見出しを見た。
「東京キングダムは『ロサンゼルス・レイダース』の下部組織『オクラホマ・レイダース3A』に所属する伊達美波と本日付で契約に合意。ポジションは内野手。羽柴寧々に続く二人目の女性プロ野球選手が誕生」