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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第8章 奪われたライジングストレート編
148/207

第148話「復活のライジングストレート」後編

「ファルコンズ、四番キャッチャー、児嶋」

 アナウンスに導かれた児嶋が右打席に入る。


(来たな、黒幕……さあネネ、コイツを打ち取って完全復活といくぞ)

 北条はサインを出した。


 サインを確認したマウンドのネネは大きく息を吐き出した。

(児嶋さん……オールスターでの私に対する優しい態度は全部ウソだったの? もし、そうだとしたら悲しいな……)


 北条のサインは内角高めのストレート。

(でも私、切り替えます。だって私はこのマウンドを預かるピッチャーだから……この悲しさは、このボールで返します!)

 ネネは振りかぶると、渾身のストレートを放った。


「ボール!」

 一球目は内角高めに飛んだがコースを外れてボール。しかし、球場内がどよめいた。スピードガンは144キロ、とネネの自己最速タイを記録していたからだ。


 二球目もストレートが高めに外れてボール。球が暴れている。ネネにしては珍しく力が入ってるみたいだ。


 三球目、児嶋はストレートにヤマを張るが、内角のホップするストレートに空振り。

 スピードガンは145キロを計測し、ネネの球速は遂に自己最速を更新した。


(は……速い……しかも手元で伸びる……何だコレは? オールスターのブルペンで受けたボールとは全然違う……)

 ネネの球を見た児嶋は青ざめた。


「ブルペン以上に伸びるだろう? アイツの球は」

 児嶋の心中を読んだかのように北条が児嶋に話しかけた。

「データでは分からない世界を見せてやるよ」


 四球目はドロップ。児嶋はタイミングを外され、見逃しでツーストライク。これでカウントは2-2になる。

(ストレートだけじゃない。ドロップのキレも戻っている……)

 焦った児嶋はバットをひと握り短く持った。


 ツーストライクまで追い込んだネネはボールを受け取るとロージンを指に付けた。

(児嶋さん、この球で勝負です……!)


 ネネは大きく振りかぶると、左足を高く上げ、右足をヒールアップした。

 その一連の動きは優雅で美しく、児嶋は一瞬、目を奪われた。そして、短いテイクバックから、弾丸のような球が放たれた。


 地を這うようなストレートがアウトローに飛ぶ。

(……低い!)

 児嶋がそう判断し、バットを止めた瞬間、北条が上手くミットを動かし、捕球した。


「ストライーク、バッターアウトォ!」

(なっ…!?)

 見逃し三振。だがその判定に児嶋はあからさまに不満な顔を見せた。


「……何だね?」

 児嶋の態度に審判が眉間にシワを寄せて詰め寄った。

「は、外れてますよ! 今のはボールじゃないですか!?」

 クールな児嶋が珍しく審判にくってかかった。

「……判定に不満か?」

「ああ! どう見てもボールじゃないか!」

 児嶋が声を荒げると同時に審判が手を上げて「退場!」と叫んだ。

 児嶋は、あっと言う表情を見せたが、時すでに遅く、審判に対する侮辱行為で児嶋は退場となった。


(策に溺れたな児嶋よ。冷静さを欠いて審判に暴言を吐くとはな……)

 北条がマスク越しに児嶋を見ると、肩を落としてベンチに戻っていくのが見えた。


 その後、ネネは続く打者を抑え、この回を無失点とする。

 また、扇の要の児嶋を失ったファルコンズは、その裏にあっさり逆転を許し、終わってみれば首位攻防戦の第二ラウンドはレジスタンスが7対3で勝利。ゲーム差を再び3に戻し、七回まで投げたネネは7勝目を上げた。


 そして、試合終了後、ネネは明智に呼ばれた。

「ネネ、ちょっといいか。岡本に呼ばれた。どうやら、児嶋さんがお前に話したいことがあるらしい」

「児嶋さんがですか?」

 ネネは少し警戒しながら、明智と一緒にファルコンズ側のベンチに向かった。すると通路に児嶋と岡本、それに先発した板倉がいた。


「岡本、ネネを連れてきたぜ」

「ああ、悪いな隼人」

 明智が岡本に声をかけると、隣にいた児嶋がネネの前に立ち「羽柴さん、ゴメン……」と頭を深く下げた。

「本当にゴメン。知らなかったよ、僕が教えたスライダーのせいで調子を崩してたなんて……」


(え……? どういうこと? あのスライダーはわざと教えたんじゃなかったの?)

 ネネが困惑してると、先発の板倉がボールを差し出してきた。

「あのスライダーは僕も教えてもらったんだよ」

 そして握りを見せる。

(あ……同じ握りだ)

 ネネは板倉のボールの握りをまじまじと見た。

「僕も同じスライダーを投げてるんだ」

 そう言ってニッコリ笑った。

(板倉さんはスライダーを得意にしているけど、ストレートも威力がある……じゃあ、私がストレートを投げれなくなったのは偶然だったの?)

 ネネは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに笑顔を見せて児嶋に話しかけた。


「良かった……」

「え?」

「私……児嶋さんがホップするストレートを投げれなくするために、わざとこのスライダーを投げさせたと思ってたんです……良かった……そんなんじゃなくて」

 ネネは満面の笑みを浮かべた。


「それじゃあ、由紀さんが待ってるから、私、戻ります。疑っちゃってゴメンなさい」

 そう言うと、ネネは頭を下げて、足取り軽やかに更衣室に戻っていった。


「……勇次郎、これでいいのか?」

 ネネの姿が完全に見えなくなるのを待って、明智がそう言うと、何と廊下の陰から勇次郎が現れた。

「はい。ありがとうございます。明智さん、それにファルコンズの皆さん」

 勇次郎は頭を下げ、その姿を見た児嶋は勇次郎に問いかけた。


「何故だい? 織田くん。僕があのスライダーを教えたのは、確かに羽柴さんからホップするストレートを奪うためだった……それなのに、何故ウソをつかせたんだ?」

 児嶋の問いかけに勇次郎は顔を逸らしながら答えた。

「別に……特に意味はありませんよ。ただ今日の賭けに勝ったのは俺です。言うことを聞いてくれて、ありがとうございます」

 そう言うと、勇次郎は児嶋に背を向けて、スタスタと歩いて行き、残された児嶋たちは呆然としていた。


「おう、ちょっと待てよ、勇次郎」

 明智が勇次郎に追いつき肩を組んだ。

「……何ですか?」

「児嶋にウソを言わせたのはネネのためだろ? ネネをこれ以上、傷つけたくなかったからか?」

 ニヤニヤしながら勇次郎を問い詰めた。

「……さっき意味はないって言ったじゃないですか。関係ないですよ、羽柴のことは」

 勇次郎は顔色ひとつ変えずに答えた。

「はっはっはっ、男前だなお前、よし今日は俺の奢りだ。ミナミのお姉ちゃんがいるクラブに連れてってやる」

「まだ未成年ですから……遠慮しておきます」

 勇次郎はニコリともせずに歩いていった。


 一方、ネネが私服に着替えて由紀の元に行くと、通路で由紀がカタログを何冊も持って立っていた。

「由紀さん、何それ? そのカタログ」

「あ、ああ……勇次郎に頼まれたのよ。ネネに好きなのを選ばせろって……」

 由紀が持っていたのは、スポーツネックレスのカタログだった。

「試合前にネネのネックレスを引きちぎっちゃったから、そのお詫びだって。好きなメーカーのを選んでくれれば、弁償するって言ってたわ」

「へえ……」

 ネネはカタログを手に取った。

「自分で渡せばいいのにねえ……中学生か、アイツは」

(……まあ、弁償しようとするだけ、進歩したかな?)

 由紀は苦笑した。


 ネネがカタログを楽しそうに見ていると、着替え終わって通路に出てきた勇次郎と鉢合わせした。タイミングが悪かったみたいで、勇次郎はゲッ、という顔をした。


「あ……アンタ、カタログくらい自分で渡しなさいよ。ネネに悪いと思ってんでしょ?」

 由紀が不機嫌そうに声をかける。

「べ……別に……後で弁償しろ、って言われるのが嫌なだけですよ」

 勇次郎はプイとソッポを向いた。


(……前言撤回。進歩ないわ、この男)

 由紀が呆れていると、ネネが勇次郎に声をかけた。


「ねえ、勇次郎はどのメーカーのを使ってるの?」

「あ、ああ……俺はここのメーカーのヤツだ」

 勇次郎はカタログを指差した。

「じゃあ、私もコレがいい」

「はあ?」

「だって勇次郎、今日も猛打賞で調子良かったじゃん、効果テキメンだよね」

「い、いや……だからと言って、同じメーカーのは……」

 勇次郎はしどろもどろになった。


「このピンクのデザインいいな──」

 嬉しそうにカタログを見ているネネを横目に由紀は勇次郎をヒジで突いた。

「中々やるわね勇次郎。ネネとお揃いのネックレスをするつもりでカタログを渡すなんて」

「な……! いや……! そんなつもりじゃあ……」

 ニコニコしながらカタログを見ているネネの傍らで、勇次郎は激しく動揺した。


 そんなふたりの様子を見た由紀はクスッと微笑んだ。


 これにて、第八章「奪われたライジングストレート編」完、となります。最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。

 次回、第九章は「新たなるライバル編」になります。

 面白い! と思ってくれたり、続きを読みたい! と思ってくれたら、ブックマークや評価等をしてもらえると励みになりますので、よろしくお願いします。

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