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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第8章 奪われたライジングストレート編
146/207

第146話「破滅の変化球」後編

 ネネはレジスタンスベンチ前で、北条相手にピッチング練習を始めた。

 北条の後ろには杉山コーチが立っている。だが、ネネの投げるボールを見て首を振った。


(ダメだ……ホップするストレートが戻らない)

 ネネは力なく北条からのボールを受け取った。


「わああああ!」

 すると、ドームに歓声が響いた。勇次郎がセンター前にヒットを打ったのだ。

 ネネは塁上の勇次郎を見た。勇次郎は一塁ベース上で肘当てを外していた。

(そうだ……勇次郎はいつも自分のやるべきことをやっている……)

 ネネはキッと顔を上げた。

(泣き事を言っている場合じゃない。取り戻さなくっちゃ……ホップするストレートを……指先の感覚を……!)


 勇次郎がヒットで出塁したため、ツーアウト一塁になった。バッターボックスは五番の黒田。少しでもネネの時間を稼ぐために粘っている。しかし……。


 ガキン!

 鈍い音が響いた。板倉の勝負球、スライダーをひっかけてファーストゴロ。レジスタンスの攻撃は無得点で四回裏の攻撃が終わった。


「終わったか……さあ、いくぞネネ」

 北条に促され、ネネは五回表のマウンドに向かう。一方でベンチでは今川監督と杉山コーチが話し込んでいた。

「まだダメか」

「はい……ホップするストレートは、まだ復活していません」

「杉山コーチ、こうなったら意地でもネネは交代させんぞ。実戦でカンを取り戻してもらう」

「分かりました」


 五回の表、ファルコンズの打順は七番からの下位打線だが、ホップするストレートが戻らないネネは連打を浴びて、ノーアウト、一、二塁となる。

 ライジングストレートが投げれない今、ネネのストレートは打ち頃の球でしかない。

 続く九番のピッチャー板倉は初球を手堅く送りバントして、ワンアウト、二、三塁になり、打順は一番に戻った。一番バッターは明智と同期の岡本だ。


 北条は「ボールになってもいいから際どいコースに投げろ」とサインを出した。

 ネネはコーナー、ギリギリに投げ込むが、選球眼が良い岡本はフォアボールを選び、ワンアウト満塁に変わる。


「ボロボロですね、ネネのやつ」

 ヘルメットをかぶりながら、三番バッターの西田が児嶋に話しかけた。

「ああ、一度失った指先の感覚は戻らない。ホップするストレートが投げれなくなったアイツの選手生命は終わりだよ」

(……恐ろしい人だな、あれだけ親しげに接していたのに、こんな残酷な戦法を考えていたなんて)

 西田は改めて児嶋の恐ろしさを知った。


 ワンアウト満塁で、ファルコンズは二番バッター梅田慎太郎を打席に迎える。

 35歳のベテラン、背番号は23。30歳のときにファルコンズからメジャーへ渡ったが、昨年、日本球界に復帰した。パンチ力もあるバッターで左打席に入る。


(一発もあるし、小技も得意だが、ここは長打は避けたい。まずはこの球で様子を見るか)

 北条は外角低めにミットを構える。

 ネネは頷き、ストレートを投じた。しかし、その球を梅田は上手く捉える。


 カキン!

 流し打ったボールは鋭くレフトの前へ飛んだ。すると、レフト浅野が頭から打球に突っ込んだ。

 グラウンドにダイブした浅野は見事打球をキャッチした。しかし、その態勢を見たファルコンズ三塁コーチャーは「ゴー!」と手を回した。

 三塁ランナーはタッチアップ。浅野が素早く立ち上がると、サードの勇次郎が手を上げているのが目に入った。

「浅野さん!」

「……頼む!」

 浅野からのボールをカットした勇次郎はすぐさまホームに矢のような返球。三塁ランナーが突っ込みクロスプレーとなり、北条が必死でタッチを試みる。


「アウトォ!」

 審判の手が上がる。間一髪でアウト、スタンドからは大歓声。この回もネネは何とか無得点で凌いだ。


「ナイスガッツです、浅野さん」

 勇次郎が浅野を待ち構えて、グラブタッチをする。

「へっ、出番が少ないから、ここらで活躍しとかないと忘れられちまうからな」

 浅野はニヤッと笑う。


 浅野昭明は一昨年の大卒ドラフト一位選手、ポジションはレフトで背番号は8、一年目からレギュラーを張っていて、地味ながら味のあるプレイヤーだ。


「よくやった! 浅野、勇次郎!」

 ベンチで今川監督が手を叩き、ネネもふたりに頭を下げた。


「さあ、いくぞ、ネネ!」

 杉山コーチが声をかける。

「はい、あ、でも……」

 ネネは北条を見た。五回裏は六番の斎藤からの打順なので、八番のキャッチャー北条までは確実に打順は回る。


「杉山コーチ。俺、受けますよ」

 すると、レガースを着けた背番号2の選手が声をかけてきた。それは、昨年まで正捕手を務めていた、もうひとりのキャッチャー藤堂俊介だった。年齢は28歳。

 持病の腰痛を持つ北条と併用され、朝倉や松永といった中堅選手と組むことが多い。


「ネネ、いくぞ」

「ありがとうございます……藤堂さん」

 ネネはベンチ前に向かっていく。


 ネネが一塁ベンチ前でピッチング練習を始めだすと、キャッチャーの児嶋はニヤッと笑った。

(いくら投げても無駄だよ。田村監督が言っていた。あのスライダーは破滅の変化球。速球派のピッチャー殺しの変化球だと……)


 六番の斎藤がレフトフライに倒れ、七番の浅野が粘っている。そんな中、ネネは渾身のストレートを投げ込むが、ボールは伸びない。

「やっぱりダメか……」

 杉山コーチが藤堂の後ろで首を振る。


 由紀は心配そうにベンチからネネを見つめた。すると、ネネがボールを持ったままベンチの今川監督の元に歩いてきた。

「どうした?」

 ネネは目に涙をためながら口を開いた。

「な……投げれません。ホップするストレートが……私……これ以上、チームに迷惑をかけたくありません……こ、交代させてください…」


「ダメだ」

 しかし、ネネの懇願を今川監督は即座に断った。

「お前のストレートが復活するまで、交代はさせない」

「そ、そんな無茶な……」

「ここで交代したら、お前は二度とあのホップするストレートを投げることが出来なくなる。そうなったら、お前のプロ野球人生は終わりだ。本当にそれでいいのか?」

「で……でも、どうしても投げれないんです……」

「なあ、ネネ、思い出すんだ。お前だって初めから、ホップするストレートを投げてたわけじゃない。何かきっかけがあったはずだ。思い出せ、それは何だ?」

「き、きっかけ……?」

(い、いつからだ? 私がホップするストレートを投げ出したのは?)


 その時、自陣ベンチからネネに向かって大声が飛んだ。

「19対0! あとウチが1点取ったら、この試合はコールドだ!」

 その声の主は勇次郎だった。バットとヘルメットを持ってベンチから出てきている。


「ノーアウト満塁、代打、織田勇次郎だ。投げてみろよ、ヘボピッチャー」






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