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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第8章 奪われたライジングストレート編
145/207

第145話「破滅の変化球」前編

「こ……このスライダーは、破滅の変化球だ……」

 ネネのスライダーの握りを見た杉山コーチは驚きの声を上げた。

「は、破滅の変化球……?」

 全員が杉山の言葉に耳を立てた。


「や……やっぱり呪いだ!」

 毛利が再び大声を上げるので、黒田のゲンコツが毛利の頭にガン! と落ちた。

「うるさいんだよ! お前は!」

 殴られた毛利は頭を抱えてしゃがみこんだ。

「で……杉山コーチ、このスライダーの正体は一体、何なんですか?」

 黒田が尋ねる。

「これはだな……」

 杉山コーチは説明を始めた。


「俺が現役の頃、この握りのスライダーが流行った時期があってな……この変化球は特にストレートを武器にする選手の間で流行った。何しろ、握りはストレートの握りを少しずらすだけ。更に腕の振りもストレートと変わらず、そのくせ良い変化をするからな」


 ネネは児嶋の言葉を思い出した。

『この変化球はね。指先の感覚が優れていないと投げれないんだ。羽柴さんにはピッタリの球だと思うよ』


「……俺と同じチームメイトに、ネネと同じようにストレートを武器にするピッチャーがいた。そいつはこの変化球を気に入り、多投するようになった」

「そ、それで……?」

「そいつが異変に気付いたのは、少し経った後だった。自慢のストレートのキレが全く無くなった」

 ネネは思わず口を押さえた。

(わ、私と同じだ……)


「そいつのストレートの伸びは、それから二度と戻らなかった。スライダーと引き換えに最大の武器を失ったんだ……」

 全員、シーンと黙り込んだ。

「でも杉山コーチ。このスライダーを投げることで、なぜストレートの威力が落ちるんだ?」

 今川監督が質問する。


「恐らく指の感覚です」

「指?」

「はい、伸びのあるストレートを武器にするヤツは例外なく指の感覚が鋭い。そして理由は分かりませんが、このスライダーを投げると、なぜか指先の感覚を失うみたいなんです」

「で、でもそれって偶然じゃあ……?」

 頭を押さえながら毛利が質問する。

「いや、ストレートの伸びがなくなったのは、ソイツだけじゃなかった。それ故に、いつしかこの変化球は封印され、闇に葬り去られた」

「じゃあ何で、児嶋はこの変化球のことを知ってるんですか?」

 黒田が疑問をぶつける。


「ファルコンズの田村監督だ……」

 杉山コーチは眉をしかめた。

「昭和の時代を知る最古の監督ならではの悪知恵だよ。あの監督は今でこそ好々爺だが、現役時代は勝つためには何でもするえげつない選手だった。恐らくこの変化球のことを児嶋に教えたのは田村監督だ。あの古ダヌキめ……」

 杉山コーチは苦々しい顔で吐き捨てた。


「……理由は分かった。じゃあ、ネネがホップするストレートを再び投げれるようにするには、どうしたらいいんだ?」

 今川監督が尋ねる。

「分かりません……」

「は?」

「分からないんです……少なくともチームメイト……いやこの変化球を投げた選手たちは最後まで指の感覚が戻りませんでした……」


 杉山コーチの言葉は死刑宣告のようにネネには聞こえ、目の前が真っ暗になった。

「だから、やることはひとつしかない……」

 杉山はネネを見つめた。

「無くした指の感覚を取り戻す。ブルペンに行っている暇はない。今すぐベンチ前でボールを投げてストレートの感覚を取り戻すんだ!」


 ベンチ内での騒動を尻目に、この回先頭の蜂須賀がフルカウントまで粘るが、最後は見逃し三振に終わった。

 次は三番バッターの明智が打席に向かう。そして、四番の勇次郎がネクストバッターサークルに向かおうとしたところ、ネネと目が合った。


「……勇次郎の言った通りだったね」

 ネネはうつむきながら勇次郎に話しかけた。

「私……バカだったなあ……敵の人を信用して、自分の手の内を全部さらけだして……挙句の果てにはストレートを投げられなくなって……本当に大バカだよ……」

 ネネは自虐的な笑みを浮かべた。


「……いいんじゃねえか?」

 勇次郎はボソリと呟いた。

「え?」

「……人を信じることの何が悪いんだよ? それに、そういうとこがお前らしいんじゃねえのかよ」

(勇次郎……)

 勇次郎の思わぬ言葉にネネは胸が熱くなった。


「ネネ! 準備できたぞ、投球練習始めるぞ!」

「は……はい!」

 レガースを着けた北条がネネに声をかけたので、ネネはグラブを持って北条の元へ向かった。勇次郎はその背中をじっと見つめていた。


 そして、三番明智がショートフライに倒れて、ツーアウトランナーなしの場面で勇次郎の打席が回ってきた。

「ふふ……織田くん、かなり気合いが入ってるね?」

 児嶋が勇次郎に話しかけるが、勇次郎はささやきを無視してピッチャーと対峙した。


 板倉の第一球は外角へのストレート。コースいっぱいに決まりワンストライク。

 勇次郎が顔を上げると、一塁側ベンチ前でネネが北条相手にピッチング練習をしている姿が見え、児嶋もその姿に気付き「気付いたみたいだね、僕が付けた鈴に」と笑った。


 二球目は再び外角低めへのスライダー。こちらも決まってツーストライク。カウントは0-2となる。


「でも、あの娘はもう終わりだよ。あの破滅のスライダーを投げて、指の感覚を取り戻した奴はいない」

 児嶋がそう言いながらピッチャーに返球した。


「……よね」

 すると、勇次郎が児嶋の方を見ずに何かをささやいた。

「ん? 何か言ったかな?」

「ホント、バカですよね、あの女」

 勇次郎はバットを構えながら、児嶋に話しかけた。

「人が忠告したにも関わらず、アンタのことをホイホイと信じて、お人よしすぎるのもいいとこですよ」

「ははっ、織田くん、分かってるじゃないか。素直すぎるよね、あの娘は」


「でも、アンタみたいな、こずるいネズミに言われたくねえなあ」


「な、何い!? 何だと!?」

 勇次郎の言葉に反応して、珍しく児嶋が大声を上げた。


「お、お前ら、私語が多すぎるぞ! これ以上、続けると警告試合にするぞ!」

 児嶋の大声を聞いた審判がふたりに注意を行なった。

 勇次郎が振り返ると、児嶋が鬼のような形相で睨んでいたが、勇次郎も負けじと睨み返した。


「アンタにアイツのことを、とやかく言われる筋合いはねえ。アイツはアレでいいんだよ」

 勇次郎はそう言うと、バットを強く握りしめた。


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