第142話「猫の首に鈴を付けろ」⑤
午後二時、対ファルコンズ戦がプレイボール。まずは後攻のレジスタンスナインが守備に付く。
「大阪レジスタンス、先発投手を務めるのは……唸る剛腕『ライジングキャット』、羽柴──寧々──!」
場内にアナウンスが流れ、登場曲「Sweet Emotion」のメロディに乗ってネネがマウンドに向かう。
「頼むで──! 羽柴──!」
スタンドからは大歓声だ。
ネネはマウンドの土を慣らしながら、サードの守備に付く勇次郎を見た。勇次郎は何事も無かったかのようにボール回しをしている。
(……全く、勘違いでネックレスを引きちぎっておきながら、少しは謝ろうって気はないのかしら?)
ネネは呆れてため息をついた。
投球練習が終わると、審判の手が上がり、試合開始になる。先攻のファルコンズは一番バッターの岡本が右打席に入る。
(ウチの明智と同じタイプだ。気をつけろよ)
北条がサインを出す。ネネは頷いて、第一球を投じた。
外角にズバンとストレートが決まり、ワンストライク。スピードガンは142キロを計測している。
拍手が起こるスタンドをバックに、ネネは北条からボールを受け取った。
その後、ネネは安定したピッチングを見せる。
一番、岡本をドロップでセカンドゴロ。
二番、メジャー帰りの梅田をサードゴロ。
三番、ベーブこと西田をライトフライに打ち取った。
「よし! いいぞネネ!」
北条に褒められてネネはベンチに戻る。三者凡退の完璧な立ち上がりだ。
一回の裏はレジスタンスの攻撃。ファルコンズの先発はサウスポーの板倉。右の細川、左の板倉と言われ、ファルコンズが誇るダブルエースのひとりだ。
この三連戦、ファルコンズもエースを立て、一気にレジスタンスを突き放そうと目論んでいた。
板倉はサウスポーから繰り出される快速球を内角に集めて、強力レジスタンス打線を三者凡退に仕留める。
「今日も児嶋のリードは冴えてるな……絶対に先取点を許すなよ!」
「はい!」
北条に檄を飛ばされ、ネネは元気よく二回の表のマウンドに駆け出していく。
「神宮ファルコンズ、四番キャッチャー、児嶋」
この回はファルコンズの頭脳、児嶋からだ。
「どうも」
打席に入る前に児嶋が北条に頭を下げた。
(ここまで、ホームラン数はわずか5本だが、コイツはデータで打つタイプからか、得点圏打率が異常に高い。ランナーはいないが気を抜くなよ)
北条は慎重にサインを出した。
一球目、外角にドロップが決まり、ストライク。
二球目はストレートが高めに浮きボール。カウントは1-1、ネネは少し力んでるみたいだ。
三球目、北条はアウトローにストレートのサインを出すがネネは首を振る。
そして、逆にネネからサインを出した。それは外角へのスライダーだった。
(まあ、手を出してくれれば儲け物か……)
北条は渋々、了解した。
(児嶋さん、見てください……これが教えてもらったスライダーです!)
ネネはストレートと同じ感覚で球を弾いた。
(アウトローから微妙に変化して外に逃げる見せ球だ……振らないだろう)
北条はそう予想した。しかし、意外なことにそのスライダーに児嶋は手を出した。
「ストライク!」
バットは空を切った。カウントは1-2に変わる。
(は、はあ? 選球眼が良い児嶋が手を出すとは……? バッターから見ると効果的なのか? このスライダー?)
北条は戸惑いながら返球する。
(やった! 空振りを取った! やっぱりこのスライダーは通用するよ!)
対照的にネネはニコニコしながらボールを受け取った。カウントは1-2だ。
(……しかしまあ、児嶋がボール球を振ってくれたのはラッキーだった。これで、高めのストレートで勝負できる)
北条はサインを出し、ネネは頷く。
ネネは大きく振りかぶり、いつもと同じ感覚でボールを弾く。
(いけえ!)
指先から弾丸のようなライジングストレートが内角高めに飛んだ。
(よし! ここから伸びる!)
北条がキャッチングしようとした、その時だった。
カキン!
児嶋のバットがネネのストレートを捉えた。
(な、何い!?)
意外な一撃に北条はマスクを脱ぎ捨て打球の行方を追った。打球はセンター方向に高く舞い上がり、スタンドからは悲鳴が聞こえる。
しかし、深く守っていたことが幸いした。センター毛利がフェンスにつきながらキャッチした。センターフライでワンアウトだ。
北条は胸を撫で下ろしながらセンター方向を見た。
(渾身の球だったが、まさかあそこまで運ばれるとは……?)
次いでバックスクリーンの球速を見るが、スピードガンは142キロを計測していた。
(たまたまか……142キロ出てるしな)
北条は首を振りマスクを被り直した。
その後、ネネは続く五番と六番をセンターフライ、ショートゴロに打ち取り、二回表のマウンドを降りた。
そして、二回裏のレジスタンスの攻撃は四番の勇次郎に回る。
「どうも織田くん、ネネちゃんの首の鈴は気がついた?」
勇次郎が打席に入ると、児嶋が話しかけてきた。
「呪いのネックレスなら、処分しましたよ」
勇次郎は児嶋の方を見ずに答えた。
「あら? もったいない。結構高いんだよ」
「デマを流したり、結構セコイことするんですね? ファルコンズは」
ズバン! 一球目、板倉のスライダーが内角に飛ぶがボール。
「ふふ……苦労したんだよ、猫の首に鈴を付けるのは」
児嶋はピッチャーに返球しながらささやいた。
二球目、内角の角度の付いたストレート。サウスポー特有の右打者の内角を突くクロスファイヤーだ。
しかし、その球を勇次郎は完璧に打ち返した。
カキーン!
快音を残し、打球は左中間を真っ二つ。勇次郎は悠々と二塁まで進んだ。
「ワアアアア!」
スタンドからは大歓声、ノーアウト二塁、先制のチャンスだ。
(ふーん、昨日引っかかった『ささやき』はもう通用しないか。やっぱり並のバッターじゃないな、コイツ……)
児嶋は二塁ベース上で肘当てを外す勇次郎を見つめた。
(まあでも、ここまでだよ。羽柴寧々の終わりは着実に近づいている。その後でお前はゆっくり料理すればいい……)
そして、不敵な笑みを浮かべた。