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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第8章 奪われたライジングストレート編
138/207

第138話「猫の首に鈴を付けろ」①

 オールスターゲームが終わり、暫しの休息の後、ペナントレース後半が始まる。

 オールスター明けのレジスタンスの試合日程は、レジスタンスドームで首位を走る神宮ファルコンズと三連戦から始まる。


「これが児嶋に教えてもらったスライダーか?」

 オールスターから三日後、ネネは覚えたばかりのスライダーをドームのブルペンで北条に受けてもらっていた。

「はい、どうですか?」

 ネネは目をキラキラさせて北条に感想を求めた。

「……全然ダメだ。よくこんな球を実戦で投げたな、お前」

 北条が呆れながら言ったので、ネネはずっこけた。


(おかしいなあ……児嶋さんは褒めてくれたのに……)

「だ……ダメですかね……?」

「うーん……投げてもいいけど、絶対にストライクゾーンには投げるなよ」

「はい! ありがとうございます!」

 ネネは微笑んだ。そう、ネネは対ファルコンズ三連戦の二戦目で先発が決まっているのだ。


 その頃、神宮ファルコンズの本社会議室では、田村監督、児嶋、岡本、西田の一部選手が集まっていた。

「皆、忙しいところ集まってもらって悪いな。今から対羽柴寧々のミーティングを始めようかと思う」

 児嶋がパソコンを操作すると、部屋に設置されたスクリーンに動画が映し出された。画面にはネネが映っている。

「今から見てもらうのは羽柴寧々の映像だ。オールスターでなるべくデータを収集して、ようやく完成した」

 そう言うと児嶋はパソコンを叩いた。


「では早速、動画を見てほしい」

 スクリーンにネネのピッチングフォームが流れる。

「羽柴寧々のピッチングフォームはオーバースロー。特筆すべきは女性とは思えないほどのダイナミックなフォームだ」

 全員が画面の中のネネを見つめる。ネネは左足を高く上げ、軸足をヒールアップしている。

「球団のAIに解析してもらったところ、羽柴寧々の全身の筋肉の稼働率は98%とあると出た。ちなみにウチで似たような体型の細川さんが85%だから、その凄さが分かるだろう」


『稼働率』、これはファルコンズが導入したピッチャーの力がどれだけピッチングフォームに反映されてるかをAIが調べる数値であり、一般的に優秀なピッチャーの稼働率は約80%と言われている。

「98%というと、身体の力をほぼすべて投げる力に使っていることになる。信じられない数値だ」

「はあ? 98%!? 何でただの女がそんな驚異的な数値を叩き出すことができるんだ?」

 岡本が驚き疑問をぶつけた。

「恐らく、筋肉の質だ」

「筋肉?」

「ああ、関西の凄腕マッサージ屋から情報を収集した。羽柴寧々は稀にみる極上の筋肉を持っているらしい。ネコ科の肉食獣に近い、しなやかで強い筋肉をな……」

「それが稼働率の秘密ってわけか……『ライジングキャット』っていう通り名も大げさじゃないわけだな」

「そうだ。本当は直に身体を触ってデータを取りたかったが、そこまでは親密にはなれなかった。残念だ」

 児嶋は真剣な顔で話す。


「続いて球種だ。羽柴寧々の球種は基本ストレートとドロップの2種類だが、その精度は非常に高い」

 ネネのストレートの映像が流れると全員が息を呑んだ。

「う……浮いてないか? このボール……」

 岡本が思わず口に出した。映像で見るネネのストレートは浮き上がって見える。

「ああ、俺も直に受けてみたが、ベース上でグンと伸びてホップした。恐らくオーバースローから繰り出されるストレートに強烈な縦スピンがかかっているからだと思う」

「で……でもボールがホップするなんて物理的にあり得ないだろう?」

「俺もそう思っていたが、羽柴寧々からボールをリリースする動きを聞いて、あり得ない話ではないと思わされた」

「……と言うと?」

「羽柴寧々はボールを投げる瞬間に、ボールを浮かすように弾くらしい。それがボールがホップする理由だと思う。現にアイツの指を確認したが、指にはマメがなかった。ピッチャーであんな綺麗な指をしたヤツを今まで見たことがない。更にもっと言うと、女性ゆえに指が短いため支点が短く、ボールを離す際にスピンをかけやすい。また身長も低く、通常のピッチャーよりボールを離すポイントが低いため、ストレートは下から上に向かってくる軌道になり、ボールがホップする感覚におちいりやすい」

 皆は黙り込み、次に三振を奪う映像が流れた。

「羽柴寧々の球のスピードは平均140キロだが、このホップするストレートが決まれば、まず打てるバッターはいない」


「ほっほっほ」

 すると、今まで沈黙していた田村監督が笑い声を上げた。

「懐かしいのう……ワシが現役の頃にはおったぞ、こういうタイプのピッチャーが……」

 監督の現役というと昭和の時代だ。

「スピードは140そこそこだが、スピンが効いた球は手元で異常に伸びる……」

「え──? 監督は打てたんですか?」

 西田が無邪気に尋ねる。

「ほっほ……上手く打てたときもあれば、打てないときもあった。指にうまくかかったボールは流石に打てなかったがな……」

 田村監督は昔を懐かしむように楽しそうに笑った。

「この娘……女の子のくせに、中身は昭和のピッチャーじゃな」


「じゃあ、次にいこう」

 児嶋が更にパソコンを操作すると、ネネがドロップを投じる映像が流れた。

「羽柴寧々のもうひとつの武器……『懸河のドロップ』だ」

 ドロップの軌道をスローで見ることでその変化がはっきり分かり一同言葉を失った。

 ボールは一瞬浮き上がるような軌道を見せ、そこから大きく弧を描いてストライクゾーンに落ちた。

「ほっほ、これも懐かしい変化球じゃな。いわゆる『縦カーブ』じゃ」

 田村監督がまた嬉しそうに声を上げた。

「縦カーブ?」

 西田が聞き返す。

「ほほ……現在ではほとんど投げるものがいない、縦に変化するカーブじゃよ」

「何で誰も投げないんすか?」

「投げ方を指導するコーチがいないからじゃ。それと、昔はこの変化球がメインじゃったが、今は他に様々な変化球があるから、わざわざ過去の遺物を持ち出すことはあるまい」

 田村監督はそう言っているが、何か懐かしそうだった。


「ホップするストレートと落差の大きいドロップ……これが羽柴寧々のピッチングの柱だ。この二種類の球種に加えて『沈むストレート』に『微妙に変化するツーシーム』と『落差の小さい五本指カーブ』でカウントを整えて、最後はストレートとドロップでバッターを仕留めている。そして、羽柴寧々の良さを最大限に引き出しているのが、この北条さんの熟練されたリードだ」

 今度は北条のキャッチング映像が流れた。

「北条さんの頭の中には全球団のバッターのデータが入っている。このデータを駆使して、バッターを手玉に取る。またキャッチング技術も超一流で、羽柴寧々が大崩れすることはまずない。更に厄介なのは……」


 次いでネネのピッチングフォームが間違い探しのようにふたつ映し出された。

「ベーブ、このふたつの違いが分かるか?」

 突然、当てられた西田は慌てて映像を眺めた。

「え……えっと……あ! 分かった! 右の映像の方が振りかぶった時のヒジの位置が高いです!」

「大正解だ。そう、ヒジの位置が高い方がドロップのフォーム。そして、口元にも注意、ドロップを投げるときの口元はへの字口になっている」

「あ……本当だ……」

 西田は再度映像を見る。

「しかし、コレはオープン戦の時の映像……今はコレだ」

 次に映し出された映像は全く同じに見える。

「さあ、これはどうだ?」

 西田はじっと映像を見るが、頭を捻っている。

「う、う──ん、コレは……」

「はは、分からなくて当然だ。このフォームからストレートとドロップの球種を見分けることはできない。コレが羽柴寧々の現在のフォームだ。フォームから球種を絞ることができないんだ」

 西田はホッとしているが、逆に岡本は青ざめていた。

「児嶋さん……コイツ、女だからと甘く見てましたけど、実はとんでもないヤツじゃないですか?」

「そうだよ、岡本。更に羽柴寧々は制球力も良く、与四球率はリーグトップクラス。また九回を投げ抜くスタミナもある。女だからといって甘く見ていると、とんでもないことになる。コイツはピッチャーに必要な能力を全て搭載しているんだ」

 皆、シーンと黙りこくった。


「武器はストレートとドロップの二種類に先発完投型……ますます昭和のピッチャーじゃな。まさか令和の時代にこんなピッチャーが現れるとは長生きしてみるもんじゃわい」

 田村監督が腕組みして嬉しそうに呟く。

「で……児嶋、肝心なこの娘のメンタル面はどうじゃ?」

「ええ……」

 児嶋はある映像を映し出した。それは五月の対キングダム戦、ネネが先発したものの、弱点を炙り出され崩れかけた試合だった。

「これはキングダムが羽柴寧々を揺さぶった試合。羽柴寧々は再起不能に近いくらい追い詰められたが、途中で立ち直った」

 ネネがキングダムの藤本をダブルプレーに打ち取る映像が流れ、その機敏な動きに一同息を呑んだ。

「ふむ……あのキングダムドームでここまでやられたのに立ち直るとは、並大抵の精神力じゃないのう」

 田村監督が感心する。

「はい……その他にも、柴田投手の200勝がかかった試合でも抑えで登板して、パーフェクトリリーフを達成しています。プレッシャーにも負けない強いメンタルの持ち主です」

「……恐ろしい女っすね!」

 西田が驚きの声を上げる。


「……もっと恐ろしいものを見せようか」

 児嶋は真剣な顔でパソコンを操作した。そこには「野球能力年齢診断」と映し出されたアニメ風の映像が浮かんだ。

「これは球団が作った機能だ。各選手毎のデータを入れるとAIがその選手の野球能力年齢をデフォルメして映し出してくれる。例えば岡本のデータを入れると……」

 映像にスーツを着た青年の姿が映った。

「映し出される画像は一般の人間と同じだ。20代中盤から後半あたりが力のピークと見ている。つまり、岡本の野球選手としての成長は、今がピークに達する手前を示している」

 皆がホーッと感心している。


「面白え! 児嶋さん、俺は? 俺は!?」

 西田が目をキラキラさせて、児嶋にリクエストする。

「ふふ……じゃあベーブを試してみるか」

 児嶋が機械を操作すると、学生服を着た映像が映った。

「これは……高校生だな……」

「え!? 俺、もう二十歳超えてますよ!」

「お前はまだガキってわけだよ」

 岡本がそう言うと皆が笑い、西田は口を尖らせた。

「ははは……だが高校生ってことは、まだまだ伸び代がある。ベーブが全盛期を迎えるのはもっと先ってことさ」

 児嶋が誉めると西田は笑った。

 高校生の野球能力ながら、西田はセリーグ2位のホームランを放っている。末恐ろしい潜在能力ということだ。


「でも、児嶋さん……このシステムと羽柴寧々の恐ろしさにどんな関係があるんだ?」

 岡本が尋ねる。

「……羽柴寧々のデータだ」

 児嶋はそう言うと機械を操作した。


 皆が画面を見つめる中、ある映像が映った。それはランドセルを背負った小さな女の子の姿だった。

「ははは! ネネの野球年齢、小学生じゃん! 何だよそれ? おれより遥かに年下じゃん!」

 西田は大笑いするが、対照的に岡本と田村監督は青ざめていた。

「あれ? どうしました?」

「お前……本当にベーブ(赤ちゃん)だな……この恐ろしさに気付いてないのか?」

 岡本が呆れたように言う。

「何を? ネネはまだ小学生くらいの能力しかないってことですよね?」

 西田はまだ笑っている。

「……そうだよ。だが逆を言えば、小学生の能力しかないのにプロの世界で活躍してる、ってことだろ?」

 岡本の言葉に西田は、あっと言う顔をした。

「児嶋……このシステムで成長が止まることはあるのか?」

 田村監督が青い顔で尋ねる。

「ありません……あくまで潜在能力と今後の伸び代を判定していますので……」

「児嶋さん……てことはネネは……?」

 西田も事の重大さに気付いたみたいだった。

「ああ、人は成長する。小学生から中高生に……そして成人になるように……」

 児嶋はふうっと息を吐き出した。

「羽柴寧々はプロの世界で既に6勝を挙げている。だがそれはまだ小学生の力でだ……」

 西田の顔も青ざめていく。

「つまり羽柴寧々がこれから経験を積んで成長すれば、奴はいずれ化け物みたいなピッチャーになることをAIは示唆しているんだ」

 児嶋の発言に皆、黙り込んだ。


「そうなる前に……子猫が虎に化ける前に退治せんといかんのう……」

 沈黙を破ったのは田村監督の言葉だった。

「ええ、だから今日はメンバーを絞って、この話をさせていただきました」

 児嶋は腕を組みながら話した。

「で、でもどうすれば……」

 西田が動揺しながら問いかける。


「……大丈夫、実は羽柴寧々を攻略する方法はある」

「え?」

「俺はアイツの首に鈴を付けた。鈴を付けられた猫はもう獲物を狩ることができない」

 そう言うと児嶋はニヤッと笑った。


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