第137話「夢の球宴、閉幕」
九回裏、夢の球宴も大詰め。オールパシフィックの攻撃はツーアウトランナーなしとなる。
ここで迎えるバッターは福岡アスレチックスの四番DHストロベリー。本日、3打数3安打、内1本は先制のホームランを放っている。
ネネは何気にストロベリーとは初対決で、実況は「黒豹VS女豹」と伝えている。ストロベリーが左バッターボックスに入り、バットを構えると、その圧倒的な威圧感がネネを襲った。
(ツーアウトを取ったけど、決め球はすべてスライダー。悪くはないけど、ストレートで勝負したいなあ……)
ネネが立浪のサインを確認すると、初球はまたスライダーのサインだった。
(ま、また……!?)
ネネは流石にうんざりしてサインに首を振った。
ネネが首を振るのを見た立浪は、再度、スライダーのサインを出す。但し、先程のバッターと同じでボールになる見せ球のスライダーだ。
だが、ネネはこのサインにも首を振った。
(何じゃコイツ……同じチームなら、しごうたるぞ……)
立浪も強情なので、三度スライダーのサインを出すが、ネネは頑として首を縦に振らない。
「タイム!」
立浪がタイムをかけてマウンドへ駆け寄った。ネネは明らかに不機嫌な顔をしている。
「おい、お前、一体何様のつもりじゃ? ワシのサインに三回もクビを振りよって……」
立浪が怒りながらネネに詰め寄る。
「だ……だって、さっきからスライダーのサインばかりじゃないですか? 私はストレートで勝負がしたいんです!」
ネネも負けじと言い返す。
「な……えーかげんにせーよ!」
立浪も怒り、一食触発となる。
「どないした? タツ?」
騒ぎを聞きつけて、ファーストを守る広島エンゼルスの金田がマウンドに駆け寄った。
そして、気がつけば内野陣……広島エンゼルスのセカンド服部、Tレックスのショート火野、サードの勇次郎も集まってきた。
「おい、織田! 同じチームやろうが!? コイツ、何とかせえ!」
立浪が今度は勇次郎を叱った。ネネはフンとした顔でそっぽを向いている。
「……言い合いの原因は何ですか?」
勇次郎が尋ねる。
「コイツがワシのサインに首を振るんじゃ」
「だ……だって、スライダーばっか要求するから……」
ネネはふくれている。
(スライダー?)
勇次郎は疑問を感じた。
(コイツの球種はストレートとドロップの二種類のはず。どこでそんな球を覚えた……?)
「誰に教わったんだよ、スライダー」
勇次郎がネネに問いただす。
「え? 児嶋さんだけど……」
(また児嶋か……)
勇次郎は不機嫌になり「立浪さん……」と立浪に話しかけた。
「何じゃ?」
「コイツの投げたい球を投げさせてもらえませんか?」
「え……!?」
勇次郎の予想外の言葉にネネは驚いた。
だが、勇次郎がそう言ったのは、ネネの気持ちを汲んだわけではない。スライダーを児嶋に教わったということに対しての無意識の嫉妬だ。ただ勇次郎自身はその感情に気付いていないが……。
「まあ、タツ、若いふたりがこう言ってるから、その意見を尊重しようや」
金田が間に入った。
「まあ、カネさんがそう言うなら……」
立浪は渋々了解した。
「勇次郎、ありがとう」
ネネは勇次郎に笑いかけるが、勇次郎はフンといった表情でサードのポジションに戻っていった。
そして、キャッチャーポジションに戻った立浪は、先程のベンチでの児嶋との会話を思い出していた。
『……立浪さん、羽柴寧々になるべくスライダーを投げさせてください』
児嶋からそう言われた。ワケが分からず「なぜや?」と聞き返すと、あることを耳打ちされて驚いた。
(しかし、ホンマにえげつないやっちゃなあ、児嶋は……まあでもええか、このオールスターが終われば、また敵同士に戻るわけやし、スライダーも二球投げさせたからな……)
そう考えながら、立浪はストレートのサインを出すと、マウンドのネネがあからさまに喜ぶ顔をするのが見えた。
サインに納得したネネは振りかぶって、第一球を投じた。ど真ん中に糸を引くようなストレートが決まる。
「ストライク!」
ストロベリーは悠然と見送り、スピードガンは142キロを計測。
ブレイブドームが騒めく中、ネネは気分良さそうにボールを受け取った。
(スライダーもいいけど、ストレートはやっぱり気分がいいなあ。それとスライダーを投げだしてから何か指のかかりがいい)
ネネは笑みを浮かべて指をボールに馴染ませた。
二球目は再びストレートを選択。アウトローに飛んでいくが、そのボールをストロベリーはフルスイング。
鈍い音とともに、三塁側スタンドにボールが飛び込んだ。ファールだ。スピードガンは143キロを計測し、ツーストライクと追い込んだ。
三球目、立浪はスライダーのサインだが、今度は明らかにボールのコース。ストロベリーは左バッター、内角を抉り、腰を引かせるのが目的だ。
ネネは頷き、握りを確認する。勝負球じゃないからスライダーを投げることに抵抗はない。
四球目、ストロベリーの内角にスライダー。ストロベリーは少し腰を引いた。スライダーはボールとなり、カウントは1-2、スピードガンは130キロを計測している。
(スライダー、悪くないなあ……シーズンに入ったら積極的に使っていこう)
ネネはボールを受け取ると微笑んだ。
そして勝負球。立浪は内角高めのストレートを要求。ネネは目を輝かせ頷く。
(これがオールスター最後の球……悔いのない一球にしなきゃ)
ネネはゆっくりと振りかぶった。右腕がしなり、指先から弾丸のような球が放たれる。
内角高めにうなりをあげストレートが飛ぶ。ストロベリーはフルスイング。
カキン!
ボールは高々とセンターに舞い上がり、スタンドからは「入る?」「どうだ?」と声が上がった。
しかし、上がりすぎた打球はスタンドには届かず、フェンスギリギリでセンター角谷のグラブに収まった。
スリーアウト、チェンジ。オールスターに延長戦はないため、これでゲームセット。今年のオールスターゲームは2対2の引き分けに終わった。
ネネはマウンドでガッツポーズしながらも、ストロベリーの大飛球に肝を冷やしていた。
(あ……危なかったあ……ボールがあまりホップしなかったのかな?)
ネネはバックスクリーンのスピードガン表示を見た。スピードガンは141キロを計測している。
(あれ? 指のかかりもよかったけど、あまりスピードが出てない……)
ネネは少し違和感を感じたが「おう、よう抑えたな」とファースト金田や他の内野陣が集まってきたので、ネネは気のせいか……と思い、笑みを浮かべた。
「やったあ! ネネのやつ、やりましたよ! パリーグの強打者を相手に三者凡退です!」
スタンドではネネの父は大喜び、祖父も大きな手で拍手をしている。
「あの……お父さん、さっきの話……おばあちゃんのことは、すぐに話すつもりですか?」
拍手をしながら父が祖父に尋ねた。
「まあ、頃合いを見てだな……すぐに話さんといかんわけでもないし……さあ、それじゃあ牧場に帰るか。ネネに宜しく言っといてくれ」
そう言うと祖父は席を立った。
こうして、夢の球宴は幕を閉じた。
引き分けのため、最優秀選手は選ばれなかったが、代わりに優秀選手が三名選ばれ、その中には起死回生の同点ホームランを打った勇次郎の名前があり、賞金の100万円をゲットした。
またネネも敢闘賞に選ばれ、10万円を手にした。
表彰が終わり、選手たちがベンチを後にする。一夜限りの共闘は終わり、明日からまた戦いが始まるのだ。
そんな中、勇次郎は児島に近寄った。
「児嶋さん、お疲れ様です」
「お疲れ、織田くん。ナイスホームランだったね、優秀選手おめでとう」
児嶋はニコニコしている。
「あの……」
「何だい?」
「ウチの羽柴にスライダーを教えたみたいですけど、何を企んでるんですか?」
「は?」
児嶋は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を見せた。
「ははは! 何も企んでないよ! 羽柴さんに合う変化球を伝授しただけだよ!」
「……」
「心配すんな」
児嶋は勇次郎の肩にポンと手を乗せた。
「キミが心配しているようなことは何もないよ」
そう言うと、手を上げて去っていった。
(気にしすぎか……)
勇次郎がため息をつき振り向くと、すぐ後ろにネネと由紀がいた。ふたりとも目を輝かせている。
「勇次郎ー! 優秀選手賞、おめでとうー!」
「織田くーん、私、毛蟹が食べたいなー!」
(全く……)
勇次郎は苦笑した。
「じゃあ、せっかくだから何か美味いもんでも食べに行くか」
「わ──い!」
ネネと由紀は両手を上げた。
勇次郎が荷物を持ち、ベンチを出ようとすると、ネネが勇次郎のユニフォームを引っ張った。
「どうした?」
「勇次郎、ありがとう。勇次郎の同点ホームランのおかげで、おじいちゃんの前で投げることができたよ」
ネネはニッコリと笑った。
「別に……大したことしてね─よ」
勇次郎は照れて顔を逸らした。
これにて、第七章「夢のオールスター編」完、となります。最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
次回、八章は「奪われたライジングストレート編」になります。
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