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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第7章 夢のオールスターゲーム編
135/207

第135話「ゾーン」

 八回裏のマウンドにTレックスの館山が立ったことで、スタンドはザワザワしだした。

 観客は知っているのだ。このままオールセントラルが負ければ九回裏はなく、羽柴寧々の登板がないことに。

 札幌ブレイブドームに詰めかけた観客たちは、女子プロ野球選手、羽柴寧々のピッチングを見ることを熱望していた。それ故に、これ以上、点を取られてはいけない思いから館山にゲキが飛んだ。

「館山──! 絶対に点を取られるんじゃねえぞ──!」


 そんな状況下のブルペンでは、ネネが児嶋相手にピッチング練習を行なっていた。

「羽柴さん、そろそろ新変化球いってみようか?」

 児嶋が合図をすると、ネネは頷き、握りを確認した。


 昨日、児嶋がネネの手を握り教えてくれた変化球……それは「スライダー」だった。

 ただ、本格的なスライダーではない。握りを少し変えてストレートと同じ指の弾き方をするだけだ。


 ネネは振りかぶった。

(この変化球を磨けば、実戦で使えるかもしれない。そうしたら、レジスタンスのためになる……)

 ネネは握りを変えてストレートと同じ感覚でボールを弾いた。


 ズバン!

 ボールは乾いた音を立てて児嶋のミットに飛び込んだ。

 マウンドから見ていると、そんなに変化はないみたいだが、児嶋は「いいよ、羽柴さん! 変化してるよ!」と褒めてくれる。

「ありがとうございます!」

 ネネはニッコリと微笑んだ。


 一方、グラウンドではTレックスの館山がオールパシフィックの攻撃を無得点に抑え、スコアは2対0のまま、九回表、オールセントラルの攻撃に入っていた。

「オールセントラル、絶対に二点取って九回裏までいけよ!」

「お願い! ネネちゃんの出番を作って──!」

 ドームからは、オールセントラルを応援する大声援が飛ぶ。


「ははっ、すげえなあの女、ドームの観客全員を味方につけやがった」

 初回無失点、先発お役御免のバンディッツ天海が声援を聞きながら楽しそうに笑った。

「すごい影響力だな。お前がストレート勝負にこだわったのも、アイツの影響か?」

 同じくお役御免のアスレチックスキャッチャー長瀬が天海に問いかける。

「さあ、どうだかね」

 天海は意味深な笑みを浮かべた。


 九回の表、オールパシフィックの抑えは「仙台レンジャース」の絶対的守護神「松田」が上がった。入団以来、クローザー一筋の選手だ。

 それに対するオールセントラルは三番からの好打順、三番は中西に代わり、広島エンゼルスの角谷だ。

 しかし、その角谷は松田のウイニングショット、スライダーの前に空振り三振。

 そして、四番に代打が告げられた。代打は同じく、広島エンゼルスの主砲の金田だ。


 若きクローザーと鉄人金田の戦いだったが、ここは金田に軍配が上がった。

 ストレートをセンター前に弾き返し、ワンアウト一塁になる。


 オールセントラルで、まだ試合に出ていないのはあとふたり、Tレックスの藤川とレジスタンスの織田勇次郎だ。

 鬼頭監督は迷わず、代打藤川をコール。大声援に迎えられ代打の切り札、藤川がバッターボックスに向かった。


「次、いくぞ」

 鬼塚監督から声をかけられて、勇次郎はバットを持ってベンチを出た。その直後だ──。


 藤川が松田の初球をひっかけるのが見えた。当たり損ないの弱いボールがショートへ飛ぶ。ショートはボールを掴むと、まずはセカンドへトスしてワンアウト。

「ま、まずい! ダブルプレーだ!」

 観客席から悲鳴が上がる中、セカンドはファーストへ送球した。


「う、うお──っ!」

 藤川は執念のヘッドスライディング。クロスプレーとなり、皆、固唾を飲んで判定に聞き入った。


「セーフ!」

 当たり損ないが幸いした。ファーストへの送球が遅れてバッターはセーフ。スタンドからは大歓声。藤川はベースを叩いて喜ぶ。ツーアウトにはなったがランナーは残った。


 そして、希望を残して、遂にこの男の出番が来た。

「オールセントラル、代打のお知らせです。大阪レジスタンス所属、織田勇次郎、背番号13」

「ワアアアア!」

 ブレイブドームが大声援で揺れる。


 その頃、ネネは肩が温まったのでベンチに戻り戦況を見つめていた。

「心配かい、羽柴さん?」

 ネネの心配そうな様子を見て、児嶋が話しかける。

「はい……でも、勇次郎は必ず打ちます。一軍との紅白戦、本拠地開幕戦、交流戦……勇次郎はここ一番の大事な場面で打ってきました。だから私は勇次郎を信じています」

 ネネは迷いなく答えた。


「勇次郎──! いけ──!」

 スタンドでは勇次郎の母と兄が声援を送っている。そして、少し離れた席で試合を見ていたネネの祖父が打席に立つ勇次郎を見て呟いた。

「あの織田勇次郎って男……物凄く気合いが入ってとるな。活火山のマグマのような闘志がここまで漂ってくるわい」

「そ、そうですか……? 頑張れ──織田くん──!」

 ネネの父も声を張り上げる。


「織田! 織田!」

 ドーム全体が織田コールに包まれる。そんな異様な雰囲気の中、松田は第一球を投じた。コースは外角のストレート。勇次郎は悠然と見送り、ワンストライクになる。


 二球目は再び外角へ逃げるスライダー。しかし、これは外れてボールになる。カウントは1-1。


 三球目は高めに力のあるストレート。この球を勇次郎は初めてスイングするが、打球は真後ろのバックネットに当たった。

 カウント1-2、追い込まれた勇次郎は大きく息を吐き出した。


「羽柴さん……織田くんは何を待ってるのかな?」

 ベンチで児嶋がネネに尋ねる。

「分かりません……でもただひとつ言えることは……」

 ネネも息を大きく吐き出す。

「勇次郎はいつもピッチャーの決め球を打ち込んできました」


 打席に立つ勇次郎の目に、松田がサインに首を振る姿が飛び込んできた。

(恐らく、次の球が勝負球だろう……)

 ……と、次の瞬間、周りの風景がぼやけて真っ暗になるような感覚を覚えた。

 先程まで聞こえてきた「織田」コールのボリュームが段々と小さくなり、目の前の松田の姿だけが浮かび上がり、やがて静寂の時間が訪れた。

(……久しぶりだな、この感覚)


 勇次郎が言う『この感覚』というのは、野球を問わずトップアスリートたちが集中力を極限まで高めることで到達する領域、いわゆる『ゾーン』と呼ばれるものだった。

 人によって『ゾーン』の状況は異なるが、勇次郎の場合は、風景が消え失せて音が聞こえなくなる状況だった。


 松田が振りかぶるのが見えた。勇次郎は松田とは交流戦で一度対戦している。その時は外角の縦に曲がるスライダーで三振を喫した。


 松田の動きがスローにみえる。勇次郎は外角のストライクゾーンからボールに落ちる縦スライダーにヤマを張り、左足でタイミングをとった。


 松田の投じたボールが外角低めに飛ぶ。コースはストライクゾーンギリギリだが、勇次郎はここから縦に落ちると予想して、左足を大きく踏み込むと、バットを思いきり振り抜いた。


 カキ──ン!

 快音を残し、ボールが右中間に舞い上がる。

 ピッチャーはボールの行方を見ない、外野手がバックしてフェンスに付く。勇次郎はバットを持ったまま打球を目で追う。


(いけ……いけ……!)

 ネネはボールに思いを込める。


 高く高く舞い上がったボールはグングンと伸び、やがてライトスタンドに飛び込んだ。











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