第133話「オールスター開幕」
「羽柴、すまんな。俺がワガママを言ったばかりに……」
試合前、横浜メッツの守護神佐々岡がネネに頭を下げてきた。
「あ、頭を上げてください。佐々岡さん。私は大丈夫ですから」
ネネは頭を下げる佐久間を必死で止める。投手陣全員で登板回の確認するミーティング中での出来事だった。
ミーティングが終わり、ネネがベンチに戻ると明智と勇次郎がいた。
「ネネ、気を落とすなよ。必ず勝ち越して、お前の出番を作るからな」
明智が励ましてくれる。
(そうだ……まだ私の登板が無くなったわけじゃない。皆を……オールセントラルの皆を信じなきゃ!)
「はい!」
ネネは笑顔で答えた。
「じいちゃんが見に来てるんだろ? いいところ見せたいもんな」
明智が笑顔でネネの背中を叩いた。
「そう言えば、お前のじいちゃんだけど……」
すると、勇次郎が会話に加わってきた。
「昔の人にしては大柄だよな。親父さんは小柄だけど」
そう、ネネの祖父、羽柴一朗は身長が180センチ近くあり、がっしりした体格。対照的にネネの父親、羽柴澄夫は身長165センチと小柄で痩せ型の体格なのだ。
「亡くなったひいおじいちゃんが小柄だったから、隔世遺伝だって、おじいちゃんは言ってたよ」
ネネが説明する。
ネネの祖父の父……つまり羽柴ルイの夫、羽柴藤吉は祖父の一朗が産まれて、すぐに亡くなった。藤吉は小柄で身体も弱かったが、温厚で優しい人だったという。
羽柴藤吉が亡くなった後、相次いで藤吉の両親も亡くなったことで、羽柴ルイは若くして産まれたばかりの子供、羽柴一朗を育てながら、羽柴牧場の経営もすることになったが、生来の気の強さと根性で羽柴牧場を繁栄させた、と祖父が教えてくれた。
(ホント、すごいよなあ……ひいおばあちゃんは。私と同い年のときに子供を産んで、ひとりで子供を育てて、更に牧場も経営して……それに結婚前には未来の暴力団の組長の命まで救って……)
ネネが感心していると、スターティングメンバーの発表が始まった。
1.岡本(二塁手、神宮ファルコンズ)
2.明智(遊撃手、大阪レジスタンス)
3.中西(中堅手、東京キングダム)
4.渡辺(一塁手、東京キングダム)
5.アレックス(左翼手、横浜メッツ)
6.西田(三塁手、神宮ファルコンズ)
7.藤本(DH、東京キングダム)
8.梅田(右翼手、神宮ファルコンズ)
9.児嶋(捕手、神宮ファルコンズ)
(う、うわあ……すごいバッターばかり。これぞ夢のオールスターだよ……!)
スタメンを見たネネは興奮を隠しきれない。また同じチームの明智はスタメン、勇次郎は後半から出場の予定だ。
試合時間が近づくと、全員グラウンドに出ての国歌斉唱、それから有名芸能人による始球式を経て、後攻のオールパシフィックの選手たちが守備に就き出す。
選手たちがサインボールをスタンドに投げ込む度に観客たちの声援が飛んだ。
「オールパシフィック、先発投手は……埼玉バンディッツ所属、天海──蓮──!」
最後にピッチャーの天海が悠然とした足取りでマウンドに向かい、午後2時プレイボールとなった。
先頭バッターはファルコンズの岡本、レジスタンスの明智と似たようなタイプで走攻守、揃った万能タイプだ。
投手陣はほとんどブルペンにいるが、ネネは登板が流動的なのでベンチで戦況を見つめていた。
すると、そんなネネの両隣にふたりの大男がドカッと腰をおろした。
「よう、話題の女ピッチャー。オールスターの雰囲気はどうや!?」
ひとりはキングダムの四番渡辺だ。
「え…? は、はい……」
「ははっ、ナベさん、そんな高圧的だと、この娘びっくりしちゃいますよ。どう? 楽しんでる?」
もうひとりはキングダムの主砲中西だ。中西はネネに優しく話しかけた。
「は、はい、楽しんでます!」
ネネはニッコリ笑って答えた。
「ウチの鬼塚監督は、キミのこと目の敵にしてるけど、気にせず頑張ってね」
いつの間にか後ろに、これまたキングダムの若手スター選手藤本がいて声をかけられた。ベテラン、中堅、若手……キングダムのクリーンナップに囲まれたネネは身が引き締まった。
(いつもは敵の選手と同じチームになって、こうして雑談できるなんて……やっぱりオールスターゲームって凄い!)
ネネが高揚している中、先頭バッターの岡本はいきなりツーベースを放ち、ドームを沸かせる。
「おっ、ランナーが出たな……それじゃあ、先制してくるかな」
三番を任されている中西はネクストバッターサークルに向かった。
「ケッ! カッコつけやがって!」
渡辺は笑っている。
次のバッターの明智は天海のスライダーをひっかけてセカンドゴロ。しかし、その間に二塁ランナー、岡本は三塁へ進み、ワンアウト三塁となり先制のチャンスを迎えた。
そして、キングダムの中西がバッターボックスに入った。いきなり球界を代表するバッターとピッチャーの戦いが始まり、観客のボルテージは上がる。
「しかし、すげえな……初回から中西さんと天海さんの対決なんてな」
ベンチの勇次郎がつぶやく。
「うん、ドキドキするね」
ネネもキラキラした目でグラウンドを見つめる。
「中西さんは僕の目標なんだ。この勝負、僕は中西さんが勝つと思うな」
ベーブことファルコンズ西田が口を開く。
「児玉さんは、どう思う?」
西田が同じチームの児嶋に問いかけると、児嶋は顎に手を当てながら考えこんだ。
「そうだな……この勝負、キャッチャーの長瀬さんが鍵を握ってるかな?」
(長瀬さん?)
ネネはグラウンドのキャッチャーを見つめた。背番号2が見える。オールパシフィックの先発キャッチャーは、現在パリーグ首位の福岡アスレチックスを牽引する長瀬だ。
「長瀬さんは日本一のキャッチャーだ。彼がどれだけ天海くんの力を引き出すリードをするか……そこが勝負の分かれ目だと思うな」
児嶋は嬉しそうな声を出した。
怪物ピッチャー天海対怪童中西。天海は初球、ストレートを選択。155キロのストレートがど真ん中に決まり、ワンストライク。いきなりの豪速球に観客がどよめいた。
「天海さん、ツーベースを打たれてギアを上げたみたいだな」
勇次郎がつぶやく。
「うん、それと天海さんのピッチングフォームも下半身が安定してるから、ストレートに伸びがあるよ」
ネネがそう分析する。
二球目は外角への縦スライダー、しかし、これは外れてボール。
三球目は外角にスローカーブが決まり、中西をツーストライクと追い込んだ。ここまで中西は一度もバットを振っていない。
「さて、追い込まれた。ベーブ、キミならどんな球を待つ?」
児嶋から西田に質問が飛んだ。
「お、俺っすか?」
「ああ、中西さんと同じ左バッターだから、シュミレーションしやすいだろう?」
「いや……まあ、来た球を打つだけっす」
ベーブらしいな、と皆がハハハと笑う。しかし、そんなアバウトな考えでセリーグホームランランキング2位にいるとは末恐ろしいバッターだ。
「織田くんは? 天海くんのジャイロボールをホームランしている織田くんの意見が聞きたいな」
児嶋が今度は勇次郎に質問すると、勇次郎は「そうですね……俺なら外角……低めの縦スライダーを待ちます」と答えた。
外角への落ちる変化球は勇次郎の苦手コースだからだ。
「そうか、そうか……」
児玉は頷くと、今度は「じゃあ羽柴さんなら、どんな球で中西さんを打ち取る?」と質問してきた。
突然、話を振られネネは驚いたが「え!? えーと……内角高めにストレートです!」と即答した。
「え? 羽柴ちゃん、ダメだよ。そこは中西さんの得意コースだよ」
すかさず藤本が突っ込んだ。
「いいんです! だってオールスターゲームですから! 相手の得意コースにズバッと投げ込んで真っ向勝負です!」
ネネの無邪気な発言に児嶋はプッと笑った。
「羽柴さんはホント、素直で気持ちがいい娘だなあ」
ネネはニコニコと笑い「あの……児嶋さんなら、どう攻めますか?」と逆質問した。
すると「僕かい? 僕ならあと二球はボール球を投げさせるかな。ワザと」と答えた。
「え? わざとボール球を投げさせるんですか?」
ネネは驚いた。バッテリーを組んでいる北条なら間違いなく次に勝負球を要求するからだ。
「うん、それで打者を惑わせて、最後はど真ん中からボールになる高速スライダーで打ち取るかな?」
(へえ……そんな考えもあるのかあ)
ネネは児嶋の配給論に感心した。
一方でマウンドの天海は長瀬のサインに二度首を振っていた。どうやら、意思の疎通ができていないみたいだった。
そして、どちらが折れたか分からないが、三度目のサインで天海はようやく頷き、四球目を投じた。
天海が選択したのは内角高めのストレート。そのストレートを中西はフルスイングした。
カキン!
155キロのストレートを叩くが、ボールの下を叩いたみたいで、打球はセンター定位置の少し前に上がった。三塁ランナーの岡本はタッチアップの構え。
センターの守備に付いているのは、札幌ブレイブハーツの人気選手、「北のエンターテイナー」こと「新垣翼」だ。
新垣は助走をつけてフライをキャッチ、と同時に三塁ランナーの岡本はタッチアップ。
新垣はレーザービームのようなボールをホームに向かって投げた。
低いボールはキャッチャーまで一直線。滑り込んだ三塁ランナーとキャッチャーが交錯し、クロスプレーとなり、しばしの沈黙の後、審判の手が上がった。
「アウト!」
ホームアウトでスリーアウトチェンジ。地元選手の新垣の強肩にスタンドからは大声援。
初回を無失点で抑えた天海はセンター新垣に向かって、感謝の意味を込めてグラブをパンパンと叩くとベンチに戻っていく。
(す、すご──い! 初回からこんな熱い対決なんて!)
ベンチで天海と中西の対決を見届けたネネは両者に拍手を送った。