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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第7章 夢のオールスターゲーム編
130/207

第130話「データマニア 児嶋」後編

 ネネとケンカした勇次郎に声を掛けたのは、交流戦で対戦した埼玉バンディッツのエース、天海蓮だった。

 ふたりはベンチに腰掛け、会話を始めた。


「なるほどなあ……」

 勇次郎からケンカの原因を聞いた天海は腕組みしながら頷いた。

「全くアイツは……敵に球を受けてもらうなんて、何てヤツだよ」

 怒る勇次郎を見た天海はプッと笑った。

「な、何かおかしいこと言いました?」

「いや……オールスターゲームらしいなあ、って思ってよ」

「どういうことですか?」

「オールスターゲームってなあ、出場する選手によってタイプが分かれるんだよ」

 勇次郎は天海の話に食いついた。

「お前みたいに周りは敵だとギラギラするタイプ。羽柴寧々みたいにニコニコと自分の手の内をさらけ出して仲良くなるタイプにな」

「え……?」

 勇次郎は言葉を失った。

「おっと、この行動に答えはないぞ。何が正解かは分からないからな。ちなみに俺は手の内を明かしたくないタイプだ」

 天海はニヤリと笑った。

「まあ、だからあんまり自分の意見を押し付けるな。相手がデータ野球の申し子、児嶋だから気になるのは分かるけどな」

 そう言うと、天海は立ち上がった。

「あと……本当にお前が怒ってるのは、本当に児嶋がデータを集めているからか?」

「ど、どういう意味ですか?」

「別に……お前、羽柴寧々が児嶋と仲良くしてるのが、ただ単純に気に食わないだけじゃないのか?」

「な……!?」

 呆気に取られる勇次郎を尻目に、天海はニヤニヤしながらグラウンドに出て行った。


 その頃、ブルペンでは児嶋相手にピッチング練習を終えたネネがベンチに腰掛けていた。

「はい、羽柴さん」

 児嶋がスポーツドリンクを持ってきて隣に座った。

「あ、ありがとうございます……」

 ネネは渡されたドリンクに口を付けた。

(……それにしても)

 ネネは隣に座る児嶋に目を移した。

(やっぱりすごいや、児嶋さんは)


 児嶋はネネの「ライジングストレート」と「懸河のドロップ」を初見にも関わらず難なくキャッチしてた。

 かなりのレベルのフレーミング技術で、守備力は北条さんより上かもしれない、とネネは思った。

 また、肩も強く、盗塁阻止率も高く、四番を打つくらいバッティングもいい。

 ネネは以前、明智が児嶋のことを近代的なキャッチャーと評したワケが分かった気がした。守備力が高いのは勿論のこと。打撃も良く攻守に優れたキャッチャーなのだ。


 ネネの目線に気付いたのか、児嶋はネネの方に振り返った。

「どうしたの?」

「え!? い……いや、何でもありません!」

 ネネは焦って目を逸らした。

「それにしても、羽柴さんの球はすごいよね」

「え? あ、ありがとうございます」

 ネネはペコっと頭を下げる。

「直に受けてみてよく分かったよ。ストレートは伸びるし、ドロップは鋭く曲がる。女の子の投げる球とは思えないよ」

 褒められたネネは、えへへ、と頭をかいた。


「……羽柴さん、僕がデータマニアだから、あまり近付くなって言われてない?」

 唐突に核心を突かれ、ネネは動揺した。

「え……い、いや……そんなこと……」

 言葉に詰まったネネを児嶋はフォローした。

「ははっ、羽柴さんは正直だね。でも全然いいんだよ。確かに僕はデータ重視の男だから」

 児玉はさみしそうに微笑んだ。

「でもね……僕にはこれしかないんだ。データで勝負しないと、プロの世界で生き残っていけないんだよ」

「そ、そんなこと……!」

 児嶋はスッと眼鏡を指さした。

「ただでさえ、目のハンデがあるからね」

「……!」

「コンタクトやレーシックも考えたけど、結局、慣れしんだ眼鏡に落ち着いたんだ」

 ネネは黙って話を聞いている。

「大学の時、スカウトから言われたんだ『眼鏡をかけたキャッチャーはプロで通用しない、だから指名はしない』って……」

「そ、そんな!?」

「悔しくてね……社会人のチームに入って必死で頑張った。いつかプロに入って見返してやる、眼鏡のキャッチャーでも活躍できるってことを証明してやる、ってね」

(……私と同じだ。私も、女でもプロの世界で活躍できる、って信じて頑張ってきた)

 ネネは児嶋の昔話に共感し、うんうんと頷いた。


「その甲斐あって、神宮ファルコンズに2位で指名された。でも、眼鏡のキャッチャーってことで冷遇された……それでも僕は諦めなかった。二年間……他球団の選手のデータを集め続けた。そして昨年、球界きっての頭脳派監督、田村さんがファルコンズに就任した」

 児嶋は何かを思うように天井を見上げた。

「田村さんは僕のデータ野球を認めてくれた。また監督は元キャッチャー……僕にキャッチャーのノウハウを全て伝授してくれて、レギュラーに抜擢してくれた。今の僕があるのは、田村さんのおかげだ……」


(そうだったんだ……児嶋さんは苦労人なんだ……あれ? でも確か、田村監督は……)

 ネネは田村監督の年齢のことを思い出した。田村監督は70歳を超えている球界屈指の高齢監督だ。


「でも、田村監督は高齢で体調を崩すこともある。多分、今年が監督業最後だろう。だから、今年は絶対に優勝したいんだ」

「児嶋さん……」

「あ、ゴメン、ゴメン! 羽柴さんにそんなこと言って、同情を買ったらダメだよね! 今の話は忘れてよ! 試合では全力できてね!」

「は、はい!」

 児嶋はニッコリと笑った。


(そっか……児嶋さんの今年の高いパフォーマンスにはそういう原動力があったのか……)

 ネネが感慨深げになった時だ。不意に児嶋がネネの右手を握ってきた。


(え……? えええ!?)

 戸惑うネネに児嶋は笑いかけた。

「羽柴さん……小さくて可愛いらしい手だね。この手からあんなすごいボールを投げるなんて信じられないよ」


「え? こ、児嶋さん……?」

 突然の児嶋の大胆な行動にネネの胸は高鳴った。


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