第129話「データマニア 児嶋」中編
ファルコンズとの食事会から一夜明けた土曜日。この日は午前中にミーティングがあり、その後は軽く練習。そして午後からはファンとの握手会が予定されていた。
数年前よりメジャーを習ってこのシステムになったが、選手やファンたちにはかなり好評だ。
「へ─、チームで統一したユニフォームを着るんですね」
ミーティング前に配られたオールセントラルのユニフォームをネネは明智と一緒に見ていた。
オールスターのユニフォームは、毎年デザインが変わり、今年はオレンジ色が主体のデザイン。前面にはオールセントラルの英文字が入り、各リーグ25名の選出のため、背番号は1〜25で自動的に振り分けられる。
ネネがユニフォームをクルッと裏返すと、背中に「HASHIBA」のネームと背番号「14」がプリントされていた。
「背番号は勝手に振り分けられるから、ランダムなんだよ。お前は41をひっくり返して14か」
明智はレジスタンスと同じ背番号6のユニフォームを手にしながら笑った。
ちなみに勇次郎の背番号は31をひっくり返した13だった。
ユニフォームに着替えるとミーティングがある。ネネはひとり女性用更衣室でユニフォームに着替えてミーティングルームに向かった。すると、通路で勇次郎と鉢合わせした。
ふたりは昨日のことがあるから気まずく、お互い無言でミーティングルームまで歩いていると、勇次郎が話しかけてきた。
「……昨日、結局ラーメン食いに行ったのかよ?」
「あ……うん。あとラーメンの後にパフェも食べに行ったけど……」
「は? 何だよそれ? 何で夜にパフェを食べるんだよ?」
「『夜パフェ』っていうのが、札幌の名物なんだって。児嶋さんが教えてくれたの。それでふたりで食べに行った」
「え? 西田さんは?」
「西田さんはラーメン食べてお腹いっぱい、って言って先にホテルに帰ったわ」
「それじゃあ、児嶋さんとふたりでパフェを食べにいったのかよ?」
「う、うん……」
それ以上は勇次郎も聞かなかったし、ネネも話さなかった。ただ、ミーティングルームに入ると、ネネの元に児嶋と西田が近寄ってきた。
「おう、ネネ! 昨日はラーメン美味かったな!」
西田がニコニコしながら話しかけてくる。西田は背番号25を背負っている。
「羽柴さん、おはよう」
児嶋がさわやかな笑顔を見せる。児嶋は背番号7だ。
「あ……児嶋さん、昨日はラーメンにパフェまで、ご馳走様でした」
ネネが頭をペコリと下げる。
「はは、いーよ、いーよ。それより帰りが遅くなっちゃってゴメンね」
「いいえ! こっちこそタクシー代まで出させてしまって、申し訳ございませんでした」
ネネが再び頭を下げて、児嶋はニコニコしていた。そんな姿を見て、勇次郎はなぜか胸の奥がモヤモヤした。
少し経つと、部屋に監督が入って来た。
オールスターの監督は前年の優勝監督が務めることから、今年は東京キングダムの鬼塚監督だった。
明日のスタメンやピッチャーの投げる回を確認してミーティングは終わった。
その後は明日の試合のために、札幌ブレイブドームで軽く身体を動かしたり、グラウンドの確認をしたりする。
ネネは八回を投げることになった。
オールセントラルは先攻のため、後攻のオールパシフィックが勝っていたら必然的に九回裏の守りはない。
またピッチャーは公平を期するため、ひとり必ず1イニングを投げなくてはならず、イニング途中交代は認められていない。それ故にこういうケースの場合はひとり「投げない」という状況もあり得るのだ。このルールに賛否両論もあるが、今のところは試合が白熱して面白い、という意見もあるため、改定はされていない。
ちなみにオールセントラルの九回を投げるのは「横浜メッツ」の守護神「佐々岡」であり、佐々岡もそのことは了解していた。
そして、キャッチャーはふたりいるため、前半を児嶋、後半を広島エンゼルスの立浪が務めることになった。
「羽柴さん」
グラウンドに出ようとするネネに児嶋が声を掛けてきた。
「あ……児嶋さん、明日はバッテリーを組むタイミングが合いませんでしたね。残念です」
ネネは残念そうな顔で話す。
「うん、実はそのことで話があって……」
「何ですか?」
「……羽柴さんの球を、今から受けさせてもらえないかな?」
「え?」
「オールスターの記念にしたくてね」
児嶋はネネに向かって深く頭を下げた。
「こ、児嶋さん! 頭を上げてください! 私でよければ、全然大丈夫ですから!」
その言葉を聞いた児玉は頭を上げて「ありがとう、羽柴さん」とニッコリ微笑んだ。
「じゃあ防具を持ってくるから、ブルペンに来てもらってもいいかな?」
「はい!」
ネネの返事を受けた児嶋はベンチ裏に走っていく。
(……ホント、礼儀正しくて、腰も低くてさわやかな人だなあ。レジスタンスにはいないタイプだよ)
ネネはニコニコしてブルペンに向かおうとした。その時だ。
「何、ニヤついてんだ」
「キャアアアア!」
いつの間にか勇次郎が近くにいて話しかけてきたので、ネネは驚き声を上げた。
「び、びっくりしたあ……いきなり声かけないでよ……」
「グラウンドに行かないのかよ?」
「う、うん……児嶋さんが、私の球を受けてみたいって言うから、今からブルペンに行くの」
「は、はあ!?」
勇次郎は思わず、大声を上げた。
「な……何、考えてんだよ、お前!? 何でわざわざ敵のチームのやつに手の内をさらすんだよ!」
「え……? そんなんじゃないよ。オールスターの記念に私の球を受けたいって言うから……」
「バカか! お前は! それはお前のデータを取る口実だろうが!」
昨日に引き続き「バカ」と言われたネネはムッとした顔をした。
「大体、何だよ、お前? 昨日だって、ノコノコ敵のチームの奴等に付いていきやがって! 断るってことを知らないのかよ!」
あまりの剣幕に普通の女性ならシュンとなるところだが、ネネは普通の女性ではない。当然、勇次郎以上の勢いで言い返した。
「関係ないでしょ! アンタこそ、何よ! 児嶋さんの悪口ばかり言って!」
「お前のガードが甘いから、忠告してるだけだろうが!」
「アンタにあれこれ指図される覚えはないわよ!」
ふたりは睨み合った。
「もういい! 私のことはほっといてよ!」
ネネはそう言い放つと、ブルペンに向かって走っていった。
(あ……チッ! 何てオンナだ!)
勇次郎は怒りに震えていた。その時だ。
「おいおい、何、痴話ゲンカしてんだよ、お前?」
勇次郎を茶化す声が聞こえてきたので、ムッとした顔で振り向いた。
「何ですか……? あ、ああ! アンタは!?」
そこにいた男を見た勇次郎は驚きの声を上げた。
「児嶋さん、お待たせしました」
一方のネネはブルペンにやって来た。ブルペンにはネネと児嶋以外は誰もいなかった。
キャッチャーのレガースを付けた児嶋は「全然いいよ、羽柴さん、来てくれてありがとうね」と言い、微笑んだ。