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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第6章 交流戦開幕編
124/207

第124話「私を野球に連れてって」前編

 女子プロ野球選手、羽柴寧々は三姉妹の次女である。

 長女の菜々はネネより三つ歳上で、地元の短大を卒業して地元の信用金庫に入社、今年で社会人二年目になる。

 三女の貴希キキはネネの三つ歳下で、今年から地元の女子校に通っている。


 野球好きの父は、初め長女の菜々に野球を教えようとしたが母に怒られ断念。それで今度は次女のネネに野球をするように仕向け、ネネは立派な野球少女に成長した。

 その後、三女のキキに野球を教えようとしたが、キキは野球に興味を持たなかったため、三姉妹の中で野球をするのはネネだけである。


 また、面白いことに三姉妹は全て性格が違う。

 特に長女の菜々はネネと顔も性格も似ていない。顔立ちは整ったキレイ系の顔で、性格は温厚でおとなしく、活発で気が強いネネとは正反対。また運動も得意ではなく、当然、野球には興味はない。

 趣味は料理と読書にカフェでお茶を飲むこと。ひとことで言えば、清楚なお嬢様タイプだ。

 今回はそんな彼女の物語──。


 六月の終わりの月曜日、菜々は職場の窓口で次々と来店するお客の対応をしていた。

 今年の四月から窓口を担当しており、決して明朗ではないが、正確な仕事ぶりと丁寧な接客で職場と窓口での評判は良い。


「羽柴さん、そろそろ食事に行ってね」

「はい」

 上司に指示されて、12時過ぎに菜々は2階の食堂に向かった。

 お昼ご飯は交代でとるので、時間はバラバラ。また守秘義務があるため外食は許されず、職員は弁当を持ち寄るか、近くのコンビニで弁当を買ったりして、支店内の食堂で食べるのがルールだ。


 菜々が食堂に入ると職員がふたりいた。貸付係の30代の係長吉川と、入社3年目大卒25歳の長田だった。

 長田は職場の野球部に所属しており、長身でイケメンのスポーツマン。

 外回りを去年から担当しているが、明るく元気があるため顧客や職員から人気があり、営業成績も良かった。

 そんなふたりはプロ野球の話をしている。昨日交流戦が終わったみたいで、その話題に夢中だった。


 菜々はテーブルに座ると、昨日、父が話していたことを思い出していた。

 交流戦最終戦、対パイレーツ戦でネネは完投勝利を上げて、交流戦で三勝、プロ通算では五勝を上げたという。

 また大阪レジスタンスは交流戦を二位で終えた上に、セリーグでも単独二位に浮上したらしく、父は大喜びしていた。

 一方で地元に本拠地を置く東海レッドソックス、通称「Tレックス」は下位に低迷しており、今までレジスタンスが指定席だった最下位に沈んでいる。


 吉川と長田のふたりは交流戦やTレックスについて、あーでもない、こーでもない、と話している。

 菜々は話題に加わらず、弁当のふたを開けた。その時だ。吉川が急に話しかけてきた。


「羽柴さんのとこの妹……ネネちゃんは昨日も先発で勝ったよねえ、すごいね、女の子なのに」

 突然、ネネの話題を振られた菜々は驚いたが、すぐに平静を取り戻した。物事を冷静に対処できるのが菜々の良いところだ。

「羽柴」という珍しい名字から、野球好きの人からは大体、あの「羽柴寧々」と関係あるのか聞かれる。そこで、ネネの姉と分かると色々ネネのことを聞かれるのだ。


「え、ええ……すごいですよね。男ばかりのプロ野球の世界で活躍して……」

 菜々は愛想笑いで返す。

「羽柴さん、機会があったらネネちゃんに会わせてよ。僕の親戚も昔プロ野球選手だったから、色々話してみたいなあ」

 吉川は空気を読まず話を続けてくるので「妹は最近忙しいみたいで、全然連絡とってないから……」と菜々は苦笑いしながら返答する。


(困ったなあ……早く話題変わらないかなあ……)

 菜々がそう思っていると「あ、係長、そういえば支店長が夏のボーナス獲得運動に向け、決起会をやりたいって言ってましたよ。場所はどこにしましょうか?」と長田が話題を変えてくれた。

「おお、そうか、せっかくだから高い店がいいな」

 吉川の頭は飲み会に切り変わり、話題も変わった。


(……助かったあ)

 菜々は長田に頭を下げると、長田はニッコリ笑った。


 長田に助けてもらったのは二回目だった。

 菜々は今年の四月に行われた会社の飲み会での出来事を思い出した。

 その日、ネネが丁度、初勝利を挙げた頃で、皆もお酒が入っていたこともあり、菜々はネネのことを色々と聞かれた。

 係替えで慣れない窓口に代わったばかり、心身ともに疲弊していたところにネネのことを根掘り葉掘り聞かれて、正直、疲れていた。

 そんな中、上司から嫌なことを言われた。

「羽柴さんは、もうちょっと愛嬌がほしいよなあ、笑顔が固いからお客さんも緊張しちゃうぜ。もっと妹を見習ったら」

 初めは愛想笑いで済ませていたが、人格を否定されたみたいで涙が出そうになった。

 菜々は基本的おとなしく平和主義のため、妹のネネみたいに気が強くなく、キキみたいに上手くあしらうことができない。すると、そんな菜々を見た長田がフォローしてくれた。

「そんなことないですよ。羽柴の接客はすごく丁寧で親切だって、俺のお客さん、めちゃ褒めてましたよ」

 菜々はそれから、長田のことが気になりだした。


 食堂では、長田と吉川の会話はまだ続いているが、長田が「そういえば、ずっと野球を見に行ってないなあ。久しぶりにドームに行きたいなあ」という声が聞こえてきて、菜々はその言葉が頭に残った。


 ……その日の夜、菜々がお風呂に入って部屋で髪を乾かしていると、久しぶりにネネからLINEが来た。

 内容は「7月に名古屋で試合があり、名古屋に行くから、お姉ちゃんの誕生日祝いも兼ねて久しぶりにご飯に行かない?」というものだった。


(そうか……来月、7月7日は私の誕生日か……)

 菜々は壁に掛けられたカレンダーを見て、少し迷ったあと、ネネに電話をかけた。


 コール音が少しすると、ネネが電話に出た。

「もしもし」

「あ……ネネ、今、電話大丈夫かな?」

「うん、いいよ」

「7月の名古屋の試合なんだけど、ドームのチケット取れないかな?」

「え? お姉ちゃんが野球観戦なんて珍しいね」

 電話の向こうでネネがびっくりしている。それも当然だろう。野球に興味がない菜々からチケットの問い合わせがあったのだから。

「う、うん……実はお世話になってる先輩がいるんだけど、野球が好きだから、お礼にドームのチケットをプレゼントしたいの……」

「へ──、そーなんだ。ちなみにその先輩って、男の人?」

「う、うん、一応……」

 菜々はモジモジしながら話す。

「わ──! お姉ちゃん、デートかあ!」

 電話の向こうでネネがはしゃいでいる。

「ち、違うの! 会社の先輩で、そのチケットも本当にプレゼントなの!」

 菜々は焦りながら説明する。

「本当かな〜? ちなみに席はTレックス側でいいの?」

「うん……Tレックス側で欲しいんだけど……」

「了解、お姉ちゃんと先輩の分ね」

「あ……ううん、私は行かない……本当にプレゼントなの…」

「え? お姉ちゃんは行かないの?」

「うん……」

 菜々は事の顛末を説明した。


「……ということなの、ごめんねネネ。面倒なことをお願いして」

「い─よ、オッケーオッケー。ちょっと球団に頼んでみるから、また連絡するね。日にちは土日のどっちかでいいよね?」


 翌日、ネネからLINEが来た。

「7月7日、日曜日のTレックス戦、チケット二枚分確保したから送るよ」というものだった。

 菜々が「チケット代、払うよ。いくら?」と返信すると「私からの誕生日プレゼントだから要らないよ」と返ってきた。


 その二日後、自宅にチケットが送られてきた。菜々はその日の業務後、勇気を出して長田を呼び出すと、支店の給湯室でチケットを渡した。


「え? 羽柴、本当にいいのか? このチケット」

 長田は思わぬプレゼントに驚いている。

「は、はい……長田さんにはいつも助けて貰ってるから……お礼です。二枚あるから、誰か誘って観に行ってきてください」

 チケットを見て喜ぶ長田を見て、勇気を出して渡して良かった、と菜々は心から思った。


 すると、長田から予想外の答えが返ってきた。

「あ、じゃあ羽柴、一緒に行こうよ」

「はい……え? えええ!?」

 思わぬ誘いに菜々は思わず声を上げた。

「このチケット、7月7日のだろ。この日は七夕だから特典があるんだよ。女の子は無料ユニフォームが貰える日なんだ」

「な、長田さんは彼女さんと行かないんですか?」

「ははっ、残念ながらいないんだよ。せっかく妹さんがくれたんだ。一緒に行こうぜ。それとも俺と一緒じゃ嫌かな?」

「い、いえ……私で良ければ……」

 菜々は反射的に返事をした。

「よし! じゃあ行こう! 待ち合わせ場所とか決めるから、羽柴のLINE教えてもらっていいかな?」

 長田はニコニコしながらスマホを出した。


(予想外な展開になってきてしまった……)

 菜々はドキドキしながらスマホを出して、長田とLINE交換をした。



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