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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第6章 交流戦開幕編
123/207

第123話「Can you celebrate?」

 六月末になり、交流戦もほぼ全試合が終わった。

 埼玉バンディッツ戦から始まったレジスタンスの交流戦だったが、初戦にネネが完投勝利を収めたことで勢いがつき、それ以降はパリーグ相手に勝ち越して好調をキープ。

 交流戦の順位は、一位が福岡アスレチックス、二位が神宮ファルコンズで、三位がレジスタンスだった。

 また交流戦で、セリーグの各球団がパリーグ相手に軒並み苦戦する中、レジスタンスはファルコンズに次ぐ好成績をあげ、セリーグ全体での順位も二位に浮上していた。


 そして、交流戦の最終試合、対「千葉京浜パイレーツ」三連戦が敵地千葉で始まり、一勝一敗の五分で最終戦を迎えていた。

 最終戦の先発はネネ。「幕張パイレーツスタジアム」は日曜日のデーゲームということもあり満員御礼だ。


 海風が吹くスタジアムからは潮の香りがする。ネネは試合前のウォーミングアップで、外野で島津とキャッチボールをしていた。

「このスタジアムはセンターからライトに向けて潮風が吹くから、左バッターには気をつけろよ」

 島津はパイレーツに所属していたことから、この球場のことは知り尽くしている。

 パイレーツスタジアムは海に面して建てられており、特にライト側のスタンドの後ろは、東京湾に流れ込む入江に面していることから、特大の場外ホームランは海に飛び込む「スプラッシュヒット」と呼ばれており、入江にカヌーを浮かべ、ホームランボールをキャッチしようとする観客たちが波に漂っていた。


 キャッチボールを終えて、ベンチに戻ろうとしたネネだったが、三塁側スタンドから声をかけられて振り返った。

「羽柴さーん」

 ネネがスタンドを見ると、綺麗な女性が手を振っていた。

 それはレジスタンスの中でも強面で寡黙な打撃の職人、斎藤の知人である詩織だった。傍には男性がいた。婚約者の沖田だ。

 ネネは笑顔を見せ、頭を下げた。キャンプ中、沖縄で暴力団「千野組」とのトラブルがあったが、元気そうな詩織の姿を見て、ネネはほっとした。


「羽柴さん、沖縄では本当にありがとう。私たちね、この前、結婚したの!」

 詩織は左手の指輪を見せる。

「あ……おめでとうございます!」

 ネネは笑顔で答えた。

「ねえ、羽柴さん。誠くん……斎藤選手の調子はどうかなあ?」

 詩織の問いかけにネネは少し口籠った。実は斎藤はこのところ不調でこの二試合ノーヒットだったからだ。

 口籠もるネネを見た詩織は笑顔で言った。

「羽柴さん! 誠くんに言っといて、今日は私たちが見にきてるから、絶対にヒットを打つのよ、って」

「はい! わかりました!」

 ネネは笑顔で頭を下げた。


 試合前のミーティングが終わり、ベンチでバットを磨いている斎藤を見つけると、ネネは近寄って先程の詩織とのやり取りを伝えた。

「……変わらねえな、アイツは」

 斎藤はフッと笑う。

「昔からアイツはそうだ。俺の調子が悪い時には厳しいんだ」

「……斎藤さんは結婚式に出てないんですか?」

「ああ、色々あったからな。遠慮させてもらった」

 色々……沖縄での暴力団絡みの件だ。ネネは少し暗い表情になる。

「アイツが来てるなら……今日はいつも以上に気合いを入れないとな」

 斎藤は磨いていたバットを見つめた。


 午後2時にプレイボール。ネネは初回に1点を取られるが、2回の表、レジスタンスの攻撃に勇次郎がヒットで出塁し、黒田のボテボテのファーストゴロの間に勇次郎は二塁に進み、ワンアウト二塁になる。


 打席には六番斎藤が向かう。そして、フルカウントからの六球目を叩くと、右中間へのツーベースヒットとなり、同点に追いついた。


 その後、パイレーツが一点を取り、2対1のまま試合は七回に入り、斎藤の三打席目を迎える。

 斎藤は前の打席でヒットを放っており、ここまで二安打と調子は戻りつつある。

 そんな斎藤は内角の球をフルスイング。浜風でライトが目測を誤る間に斎藤は二塁ベースを蹴って果敢に三塁に走る。

 ライトから好返球を掻い潜り、三塁を陥れてスリーベースヒット。斎藤は何と三安打の猛打賞。次にホームランが出ればサイクルヒットの達成だ。


 三塁内野スタンドの詩織は目の前で斎藤のスリーベースを見て大はしゃぎだ。

「すごい、すごい! 誠くん、完全に復活したね!」

 そんな詩織を隣に座る沖田は優しい目で見つめていた。


 その後、七番バッターDH島の犠牲フライで斎藤はホームに帰ると、一点を返し2対2の同点に追いついた。


「斎藤さん、ナイスバッティングです! ありがとうごさいます!」

 ベンチではネネが笑顔で斎藤を出迎えた。

「やるじゃねーか、斎藤。こりゃあマジでサイクルヒット狙ってみるか?」

 今川監督が笑いながら声をかけるが、斎藤は口元を少し動かし、笑みを浮かべるだけだった。


 その後、試合は同点のまま、九回表に入った。ツーアウト、ランナーなしで斎藤がバッターボックスに入った。


「誠くん、頑張れ──!」

 詩織は三塁側スタンドから声援を送る。

「ねえねえ、誠くん、サイクルヒット達成できるかなあ?」

 詩織はキラキラした目で隣に座る沖田を見つめた。

「あ、ああ……どうかな?」

 沖田は曖昧な返事をして、高校時代のことを思い出していた。


 高校三年生の夏──。野球部だった沖田と斎藤は夢の甲子園出場に向け練習に打ち込んでいた。

 しかし、斎藤のケガでその夢は絶たれた。

 詩織が貧血で倒れたと聞き、沖田は病院に走った……と同日に斎藤は利き腕をケガしていた。

 ふたりに何があったのか問いただすも、詩織は記憶を失っており、斎藤も不注意でケガをしたとの一点張りだった。

 それ以上は聞かなかったが、二月の沖縄旅行の時に元チームメイト長濱による詩織の誘拐事件があった。

(あの時「何か」があったのだ。そして、それを斎藤や詩織は隠している……)

 沖縄の件以来、詩織は結婚を急ぐようになった。それはまるで結婚という既成事実で、自分との関係を無理して続けているように……。

(斎藤はもしかして、詩織のことをずっと想っていたのかもしれない。しかし、自分と詩織が付き合っていたから、自ら身を引いたのでは……と、なると、この打席で斎藤の真意が分かる。今日の斎藤は何か思い詰めている。何かを振り切ろうとしている……)

 沖田は打席に立つ斎藤を見つめた。


 斎藤はツーストライクに追い込まれていた。すると、ここで今川監督がタイムをかけて斎藤を手招きした。

「どうしました監督?」

 斎藤は打席を外して監督の元へ行く。

「……お前、サイクルヒット狙いかチームバッティングかどっちだ?」

 今川監督に言われて斎藤は驚いた。自分の記録かチームのためのヒットか悩んでいたことを見透かされていたからだ。


 斎藤はこの日、詩織のために何か残したかった。記憶に残るバッティングをしたかった。そして、詩織への思いを断ち切ろうとしていた。

 だが、この一打逆転の場面で二者択一の選択を迫られることになった。

 サイクルヒットを狙い一発狙いのバッティングをするか、それともチームのためにヒット狙いで塁に出るか、をだ。


「まあ、お前が何を背負ってるか分からんけどよ」

 今川監督は頭をかく。

「悔いを残す打席にはすんなよ。それとお前が倒れても後には頼れる仲間がいる。仲間を信じろよ」

 そう言って、肩を叩いた。


(悔いのない打席……それに仲間……)

 斎藤はベンチに帰る今川監督を見つめ、決意を固めた。


 斎藤は打席で大きく構えた。ピッチャーが振りかぶり、ストレートを投じる。斎藤はインハイ高めのストレートを強振した。


 カキ──ン!

 フルスイングしたバットはストレートを捉え、打球はライトに舞い上がった。球場にいるすべての人々が斎藤の打球の行方を目で追った。


 高々と舞い上がった打球は場外に消えると、東京湾に繋がる入江に飛び込み、水しぶきが上がった。

 特大の場外ホームランは「スプラッシュヒット」になり、またこのホームランで斎藤はサイクルヒットを達成した。


「や、やった! やった──! 斎藤さーん!」

 ベンチではネネをはじめ、皆が大喜びしている。

 ベースを回る斎藤は三塁ベースを蹴る瞬間、スタンドの詩織が目に入った。詩織は涙を流している。斎藤は視線を落としてホームベースに向かった。


(じゃあな、詩織。俺からの結婚祝いだ)

 斎藤はさみしく笑みを浮かべた。

(監督の言う通りだ。ウチには頼れる仲間たちがいる。そしてお前には沖田がいる。幸せになれよ……)


 スタンドでは詩織が涙を流し続けていた。

「詩織……やっぱりお前、斎藤のことが……」

 その姿を見た沖田が恐る恐る声をかけた。

「ううん」

 詩織は首を振った。

「安心したの……誠くんは昔から本当に欲しいものを言わない人だったから……でも今日のサイクルヒットで、本当にほしいものを手に入れたんだなあって思って……」

「詩織……」

 詩織は沖田の手を握った。

「……安心して。私が一番大事なのは、あなたよ」

 詩織はニッコリと微笑み、沖田も笑顔を返した。


(さよなら……誠くん、素敵なお祝いをありがとう)

 詩織はベンチで祝福を受ける斎藤をいつまでも見つめていた。




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