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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第6章 交流戦開幕編
122/207

第122話「天海の挑戦状」

 8回2/3、球数125、自責点3、という内容で天海はマウンドを降りた。

 その後、代わったピッチャーが後続を抑えたので、スコアは3対2、レジスタンス一点リードのまま九回裏、バンディッツの攻撃を迎えることになった。

 最終回のマウンドにはネネが上がる。バンディッツは三番からの好打順だ。


「よく投げたな」

 バンディッツベンチでは伴がベンチに座る天海に声をかけていた。天海は大きなタオルを頭からかけて無言で下を見つめていた。


 ピッチャーとして速球派でないことを否応なしに突きつけられた。

 自慢のジャイロボールをルーキーにホームランにされた。

 そして……女の羽柴寧々より先にマウンドを降りた。

 球界を代表するピッチャー天海のプライドは粉々に打ち砕かれていた。


「天海……そう落ち込むな。お前は素晴らしいピッチャーだよ」

 その言葉を聞いた天海は「ふざけんな……」と呟いた後、タオルを叩きつけて怒号を発した。

「ふざけたこと言ってんじゃねえよ! 何が素晴らしいピッチャーだよ! そんな慰めなんていらねえよ!」

 天海は入団した五年前から、ずっと伴に球を受けてもらっていて気心が知れている。それゆえに伴に怒りの矛先が向いた。


 ガキン!

 グラウンドでは三番宇野の打球が上空に上がっていた。北条がマスクを脱ぎ捨てボールをキャッチする。キャッチャーフライでワンアウトになっていた。


「なあ、天海……最近、ちゃんと柔軟やランニングやってるか? アウトローへの投げ込みも意識してるか?」

 伴が天海に尋ねると、天海はその問いかけに沈黙した。


 下半身の柔軟に走り込み、そして、アウトローへの制球力。それは入団当初から伴が口を酸っぱくして、天海に言い続けてきた課題だった。

 入団当初、天海のピッチングを見た伴は度肝を抜かれた。

 天海のピッチングは完成されていた。全てが完璧だった。しかし、バッテリーを組んで公式戦を戦っていくと、天海の課題をふたつ見つけた。


 ひとつ目は下半身……特に足首と股関節の硬さだった。しなやかな上半身の動きとは正反対に下半身の動きは硬く、力を100パーセントボールに伝えているとは言い難かった。また、練習嫌いで走り込みも少ないため、バテるとフォームが崩れ球威が落ちた。


 もうひとつの課題はアウトローへの制球だった。球威があるため、投手の原点、アウトローへの制球力を重要視してなかった。そのため、いざというときのウイニングショットは変化球に頼らざるを得なかった。


「天海……お前は確かに入団当初は本格派の速球ピッチャーだった。だが、知らないうちに、お前は変化球に頼るピッチャーになってたんだよ……」

 伴はさみしそうに言った。

「そ……それでも、俺は最多勝や沢村賞を獲ってきたぜ!」

 天海は反論する。

「ああ、でも忘れたか? その代償にお前は無理なフォームで投げて、去年、身体を壊した」

 伴の指摘に天海は沈黙した。

「天海……もう一度言う。お前は素晴らしピッチャーだ。だが、このままではお前はいずれ勝てなくなり、選手生命を脅かす怪我をするぞ……羽柴寧々を見てみろ」

 伴に言われた天海はマウンドのネネを見つめた。


 ネネは四番の与那覇を0-2と追い込んでいた。ゆっくり振りかぶると、左足を高く上げて、しなやかなフォームからストレートをアウトローに投げ込んだ。

「ストライク!」

 厳しいコースに与那覇はバットが出ず見逃し三振。スピードガンは142キロを計測している。


「今のでちょうど球数は100球。軽自動車って言われているが、逆に燃費がいい投球だよな?」

 伴はマウンドを見ながら話す。

「それから、このドームのマウンドはお前に合わせて、硬く整備されているが、今のお前は下半身が固いため、後半になると踏ん張ることができなくなりスピードが落ちる。だが羽柴寧々は逆だ。恐らく下半身をかなり鍛えているんだろう。だから九回になってもフォームは崩れず、スピードが落ちない」


 天海は思わず息を呑み、ネネを見つめた。

 今まで、女ということで色眼鏡で見ていたが、そのしなやかなフォームに目を奪われている自分に気付いた。自分以外のピッチャーが投げる姿を初めて美しいと思った。


「見ろよ、アウトローへの制球力も抜群だ」

 伴に促され、天海はオーロラビジョンに映し出された先程のリプレイを見た。

 ネネのストレートはアウトローいっぱいにコントロールされていて、確かにあのコースに決まればバッターは手も足もでなかった。


 そして、ツーアウト、ランナーなしで五番のクルーズが打席に入った。

 ネネは振りかぶり投球モーションに入る。

 天海は再びネネの姿を見つめた。腕の振り、下半身の使い方……すべてが美しかった。その動きは幼い頃に見た肉食獣の狩りの姿を彷彿させた。


 ガキン!

 クルーズは初球を打ち上げ、打球がフラフラとセンターに上がるのが見えた。

 センター毛利が落下地点に入るとボールをガッチリ捕球した。これでスリーアウト、ゲームセットだ。

 スリーアウトを見届けたマウンドのネネは両手を上げた。

 九回を投げ切り、球数は101球、自責点2の完投勝利だった。


「伴さん……」

 バンディッツベンチで皆が片付けを始める中、天海は伴に話しかけた。

「伴さん……悪かった……俺、伴さんの言いつけを守ってなかったよ」

 天海は皆から祝福されるネネを見つめた。

「なあ伴さん、俺……今からでも、まだ本格派の速球ピッチャーに戻れるかな?」

 伴はフッと笑うと天海の肩に手を置いた。

「当たり前だ。お前は天下無二の怪物ピッチャーじゃないか」

 その言葉に天海は笑みを浮かべた。


 そして、試合終了のバンディッツドームの通用口。ネネと勇次郎が一緒に歩いていた。

「敵地でもヒーローインタビューってあるんだね」

「ああ、お立ち台はないけど、レジスタンスファンも応援に来てるからな」

 初完投勝利を収めたネネと勝ち越しホームランを放った勇次郎は、一緒にヒーローインタビューとマスコミの対応を受けていたのだ。


 送迎用のバスに向かう二人は壁にもたれかかる大きな男の姿を見た。それは伴だった。

「よう」

 伴が手を上げて挨拶してきたので、ネネと勇次郎は立ち止まり頭を下げた。

「試合が終わったばかりで疲れてるのに悪いな。ふたりにどうしても、礼が言いたくてな」

 伴の言葉にネネと勇次郎は顔を見合わせた。

「お前らのおかげで、天海はまた進化することができる。ありがとな」

「え……? 私たち何もしてないですよ?」

 キョトンとするネネに伴は笑いかけた。

「いや、お前らのプレイがアイツに火を点けたんだ」

 伴の言っていることが理解できず、ネネと勇次郎はふたりして首を傾げた。


「それだけ言いたかった。じゃあな」

 伴はそう言うと、背を向けたが、何かを思い出したかのように振り向いた。

「おっと、忘れてたぜ。天海からお前らに伝言があった」

「天海さんから?」

「ああ、『勝ち逃げは許さねえ、今年中にリベンジさせてもらう』ってな」

「今年中……って、明後日で今季のバンディッツ戦は終わりですよね……?」

 不思議がるネネと勇次郎に伴は笑いながら言った。

「ははっ、確かに交流戦は終わりだ。だが秋にもう一度対戦できるよな。『日本シリーズ』で」


「に、日本シリーズ!?」

 ネネと勇次郎は同時に声を上げた。

 セリーグの覇者とパリーグの覇者が日本一の座を賭けて戦うのが日本シリーズだ。

「じゃあな、秋にまた会おう」

 そう言って伴は去っていった。


「そ、そりゃあ、確かに優勝すれば日本シリーズで戦えるけど……」

 ネネがポカンとした顔をする。

「そうだな……それにしても、またえらい挑戦状を叩きつけられたな」

 勇次郎もあまりに突飛な話に驚き、ふたりは去っていく伴の背中をずっと見つめていた。


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