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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第1章 プロ野球入団編
12/207

第12話「波乱の入団会見」

 ネネの入団テストから一週間後、羽柴家に伊藤スカウトが訪れた。

 織田勇次郎との勝負に勝ったことで、ネネは大阪レジスタンスの入団が正式に認められ、今日はその契約のために伊藤スカウトが来訪したのだ。


 今後の流れとして、ネネはレジスタンスに『育成選手』として契約する。

 しかし、プロの選手として試合には出場できるが、それは二軍の試合までで、一軍の試合に出るには『支配下登録選手』にならないといけない。

 また、育成選手に契約金はない。年棒も安く240万円の最低賃金契約だ。

 だが、ネネに不満は全くなかった。何の実績もない自分をレジスタンスは育成とはいえ、プロとして契約してくれた。それだけで今は十分だった。


 契約書に目を通し、ネネと父親が署名捺印をする。これで、晴れてネネは大阪レジスタンスに入団することになった。

 母はネネがプロ野球選手になることに納得がいかない様子だが、野球好きな父は喜んで、伊藤スカウト談笑をしていた。


 ネネは伊藤スカウトが持ってきてくれた関西のスポーツ新聞に目を通した。一面は織田勇次郎の記事だった。

『織田勇次郎の大阪レジスタンスへの入団はほぼ合意』と書かれている。


 ドラフト会議以降、頑なに入団拒否の姿勢を貫いてきた織田勇次郎が、ここにきて態度を軟化し、レジスタンス入団の方向で調整していることにマスコミも驚いており、交渉に直接出馬した新監督の今川の手腕を称賛している。

 実はその裏にはネネとの勝負があったわけだが、流石にそのことを公表するわけにはいかず、公然の秘密となっていた。


「織田勇次郎との交渉は近日中にもまとまるよ。これもみんなネネのおかげだ」

 伊藤スカウトは上機嫌な様子だ。

「いや……しかし、ネネが織田勇次郎くんから二回も三振を奪ったなんて、信じられませんな」

 ネネの父も驚きと喜びを隠しきれない。伊藤スカウトは続けてネネに話しかけた。

「あ、そうそう、来週の土曜日に大阪のホテルで織田勇次郎の入団会見を行うことで調整を進めているんだけど、ネネも一緒に会見に出てくれないか?」

「え、ええ! 私もですか!?」

 いきなり話を振られたネネはソファーから飛び起きた。

「うん、球団の上層部から頼まれてね。何せ育成選手とはいえ、女性がプロ野球選手になることは初めてのことだ。それで今年のドラフトの目玉の織田勇次郎と一緒に記者会見をすることで、世間に大々的にアピールしたいらしい……申し訳ないが、頼むネネ!」

 伊藤スカウトは両手を合わせ、頭を下げてきた。


(き、記者会見か……正直、気が進まないが、大恩ある伊藤スカウトの頼みだ。仕方ない……)

「い、いいですよ」

 ネネは渋々と了解した。


「え! えええ!? プロ野球選手!?」

「しっ! 声が大きい!」

 翌日、学校への登校中、ネネは幼馴染の石田にレジスタンスと育成契約を結んだことを打ち明けた。

「し、しかし、とんでもない話だな……女子野球をすっ飛ばして、いきなりプロ野球選手になるなんて……」

 あまりの衝撃展開に石田は驚きを隠しきれなかった。

「まだ、誰にも言っちゃダメよ!」

 ネネは石田に口止めをした。


 その後、学校で担任の先生に事情を話したが、石田と同じリアクションをされた。

 当然だ。何の実績もない、ただの女子高生がいきなりプロ野球の選手となるのだ。驚かない方がおかしい。

 学校側も記者会見が開かれて、公になるまでは黙っていてくれると約束してくれた。


 そんなこんなで時は流れ、ネネの入団会見の日がやってきた。

 早朝、ネネは高校の制服を着て名古屋駅にいた。

 待ち合わせ場所である新幹線の改札口前に立っていると、伊藤スカウトが現れた。

 その後ろには学生服を着た男……織田勇次郎がいた。昨日の新聞で、織田勇次郎はレジスタンスへの入団を正式に合意したとの記事があった。


 大阪行きの新幹線に乗り込むと、三人掛けの席に窓際から、勇次郎、伊藤スカウト、ネネの順番で座った。


「今日の入団会見はふたり同時に行うんだ。ふたりは同じ県の出身だし、同い年。高校生ナンバーワンスラッガーと、彗星のように現れたとてつもないストレートを投げる女子高生……これはインパクトあるぞ!」

 伊藤スカウトはテンションが高く、嬉しそうに話している。

 ネネは伊藤スカウトの話を聞き、はは……と苦笑いしているが、勇次郎は興味がない、といった様子で、会話に加わらず、ずっと窓の外を見ていた。


 プルル……。

 突然、伊藤スカウトの携帯が鳴った。

「ちょっと失礼」

 伊藤スカウトが席を外したので、ネネは勇次郎とふたりきりになった。


(き、気まずいなあ……)

 勇次郎とは駅で会った時、軽く会釈をしただけで、それ以降、ひと言も会話をしていない。伊藤スカウトの戻りを待つが、全然帰ってこない。すると、突然勇次郎が話しかけてきた。

「おい」

「は、はい!」

 ネネは驚き、思わず敬語で返事をした。

「……これ」

 勇次郎はネネに白いタオルを差し出した。

(あ……これ、この前の勝負の時、私が渡したタオルだ……)

 ネネはタオルを受け取った。

「ちゃんと洗っておいたから」

 勇次郎はぶっきらぼうに話すと、また窓の外に顔を向けた。

 その姿を見たネネはタオルを握りしめると、少し考えた。

(意外といい人かも……よし、これを機に親交を深めてみよう……)


「ね、ねえ……織田……勇次郎……くん」

 ネネが話しかけると、勇次郎は見るからに面倒くさそうな顔でネネを見た。

「タ、タオルのこと覚えていてくれて、ありがとね。それと、これからはチームメイトだね。よ、よろしくね」

 ネネは精いっぱいの笑顔を見せて、できるだけ、おしとやかに挨拶をした。しかし……。


「一緒にするなよ。お前は育成契約だろうが。ヘタしたら結果が出ずにすぐクビかもしれんぞ」と、勇次郎は冷たく言い放った。

 ピキッ……。その冷たい言い方にネネの精いっぱいの笑顔が凍り付いた。

「あ、あはは、そうだね。一緒にしてゴメンね。私、早く支配下登録選手になれるように頑張るね」


(怒るな……怒るな……)

 引きつった顔で、再び笑顔を作った。

「何だ? 今日はえらい謙虚だな。この前の化け猫みたいなピッチングしたヤツとは思えないな」

(ば、化け猫……!?)

 笑顔は更にピキピキと引きつった。

「まあ、今日はマスコミも大勢集まる入団会見だからな。凶暴な本性が出ないように、猫の皮は何枚も被っておいたほうが賢明だぜ」

 勇次郎はそう言うと、再び窓の外に顔を向けたが、その無礼な発言の連発に、ネネの怒りは頂点に達した。


 バシッ! 

 ネネの投げたタオルが、窓の外を見ている勇次郎の頭に当たった。

「……何すんだよ」

 勇次郎は怒った顔で振り返るが、ネネはそれ以上の怒りの形相で勇次郎を睨んでいた。

「ひ……人が謙虚な態度に出れば、化け猫だの猫被るだの……何なのよアンタは!? 何様のつもりよ!」

「ああ? 誰が謙虚にしろって頼んだよ? それより、ようやく本性を現しやがったな! この化け猫が!」

「何が化け猫よ! 失礼ね! アンタなんか、無愛想、無口で、デリカシーのない、お地蔵さんみたいな男のくせに!」

「な……何だと、テメー!」


「はいはい、ストップ、ストップ」

 すると、いつの間にか伊藤スカウトが席に戻ってきて、ふたりの間の席に座った。

「ふたりとも仲が良いのはいいけど、ここは新幹線。他の乗客もいるから迷惑だよ」

 フン! ネネと勇次郎はふたりとも、そっぽを向いた。


 その後、ネネと勇次郎は一言も口を聞かずに、新幹線は新大阪駅に着いた。

 駅に到着後、三人は球団が用意したタクシーで記者会見場のホテルへと向かった。

 ホテルに到着すると、すでに記者会見場が設けられていた。正午にも記者会見は始まる予定で、マスコミが続々と集まりだしていた。


(ヤバい……)

 用意された控え室に入ると、ネネは緊張してきた。それに比べると、勇次郎は落ち着いて備え付けのコーヒーを飲んでリラックスしている。

 織田勇次郎は一年生の夏から甲子園に出場しており、今年の夏の大会では主将としてチームを優勝に導いたスーパースターだ。マスコミの前で話すことは慣れている。一般人のネネとは実績も経験も桁違いに違うのだ。

 ネネはそんな勇次郎の姿を見て、勇次郎から三振を奪い、対等の存在になったと勘違いしていたことを恥ずかしく思った。


 正午ちょうどになると、ネネと勇次郎は記者会見のある広間の扉の外で待機させられた。扉の向こうで司会を進行する女性の声が聞こえてくる。

「皆様、お待たせしました。それではただいまより、大阪レジスタンスに入団する新人選手の会見を始めさせていただきます。織田勇次郎選手、羽柴寧々選手、どうぞ壇上に上がってください」


 記者たちの拍手に迎えられ、勇次郎、ネネの順番で部屋に入ると、用意された壇上に上がった。カメラのシャッター音がパシャパシャと聞こえてくる。

(ひ、ひえ~……すごい人だよ……)

 ネネは緊張のあまりオドオドしていたが、勇次郎は堂々と歩き、壇上に上がった。


 壇上の席に座ると、マスコミ各社の顔が見えて、ネネは更に緊張が増してきた。

「織田選手、羽柴選手はお互い愛知県の出身、学年も同じということで、本日こうして同時に会見を開くこととなりました。まずは、ドラフト一位入団となる織田勇次郎選手の紹介です」

 司会の女性と記者たちの拍手とカメラのシャッター音に迎えられた勇次郎は立ち上がり一礼。続いて球団社長からレジスタンスのユニフォームを背中にかけられた。

 レジスタンスのユニフォームのデザインは白地に黒の縦縞のピンストライプ。

 勇次郎の背番号は「31」、一昨年まで今川監督が二十年近く付けていた背番号だ。


「織田勇次郎です。よろしくお願いします」

 マイクを持った勇次郎は堂々と挨拶し、その後の記者たちの質問にも淀みなく答えていった。


(す、すごいなあ……)

 勇次郎の堂々とした態度に、ネネは感心した。

 そして、勇次郎への質問が終わると、遂にネネの出番がやって来た。


「続いて、レジスタンスと育成契約を結んだ羽柴寧々選手です。羽柴選手は女性として初めて、NPBのプロ野球選手として入団します」

 ネネが立ちあがると、先程以上にカメラのシャッター音が鳴り響いた。

(う、うわ~……)

 緊張がマックスのネネにレジスタンスのユニフォームがかけられた。背番号は「011」、育成選手のため番号は三ケタだ。

 マイクを手渡されると、ネネは「は、羽柴寧々です。頑張りますので、よろしくお願いします」と震える声で挨拶をして、頭をペコリと下げた。


「織田選手に続き、羽柴選手に何か質問がありましたら、どうぞ」

 司会の女性がそうアナウンスすると、記者たちから一斉に手が上がった。

(……えっ、何で? 何でこんなに手が上がるの?)

 ネネは動揺したが、それは至極当然のことであった。育成選手とはいえ、長いプロ野球の歴史の中でも女性が入団することは初めてのこと。しかも何の実績もない女子高生が入団することから、皆、ネネに興味津々だったのだ。


 あまりの挙手の多さに司会の女性が気を使った。

「え──、羽柴選手はこういう場に慣れていないので、質問は三社までに絞らせていただきます」


(た、助かった! お姉さん、ありがとう!)

 ネネは心の中で感謝した。そして、記者たちとの質疑応答が始まった。


「羽柴選手、女性初のプロ野球選手ということで、今の率直な気持ちを教えてください」

「あ……えっと……嬉しさ半分、不安が半分です……」


「ピッチャーとしての入団ですが、自信のある球は何ですか?」

「は、はい……ストレート……です……」


「ストレートに自信があるみたいですが、プロの男性相手に自分のボールは通じると思いますか?」

「わ、分かりません……とにかく、頑張ります……」


 予定の三社の質疑応答が終わったが、ネネは緊張のあまり声も小さく、また、応答もありきたりのコメントになってしまった。

 ……あんな覇気の無い声で大丈夫かね? 

 記者たちの間からネネを嘲笑する声や失笑が聞こえてきた。ネネは頭が真っ白になり、マイクを持ったままうつむいた。


「で、では、予定の人数の質疑応答も終わりましたので、次へ……」と司会の女性が締めようとした時だった。

 ひとりの記者が「はい! はい!」と手を上げて司会を中断させ「姉ちゃん、姉ちゃん! オマケであとひとつ! 俺にも質問させてよ!」と強引に会見に割り込んできた。


(ワガママな記者だなあ……)

 と、ネネが呆れて顔を上げ、その記者の姿を見て驚いた。

 何とその記者は今川監督だった。いつの間にか記者席に潜り込んでいた。今川監督は強引にマイクをぶんどると、進行を無視して話し出した。


「え~、羽柴選手、プロ野球の世界は男ばかりです、そんな中、女のあなたが本当にやっていけるんですか? あ、それとも、とりあえず話題作りで入団してみて、通用しなかったら、やっぱりや──めた、とか考えていませんかあ?」

 今川監督は茶化すようにヘラヘラと質問した。

(な……何て、無礼な質問……)

 ネネはあ然とした。


 また、記者たちもざわめいていた。自分たちが聞いたらセクハラや男女差別とも捉えられない質問だったからだ。だが聞いてみたいという好奇心もある。記者たちはネネが何と答えるか耳を立てた。


 ヘラヘラしている今川監督を見て、ネネの頭に血が上り、生来の気の強さが戻ってきた。

 ネネはマイクを握りしめると、キッと顔を上げて、今川監督を睨みつけた。


「ふざけたこと言わないでください! 覚悟がなければここにはいません! 男ばかりの世界でも、女の私が活躍できることを、きっと証明して見せます!」

 ネネは怒りに任せて、思いのたけをすべてぶつけた。先程の覇気のない声とは思えないくらい、その声は力強く、会場に響き渡った。


 すると、会場がシーンと静まり返った。その光景を見たネネはハッと我に返った。

(し、しまった……怒りに任せて、言い過ぎた……)

 ネネは猛反省し、うつむこうとした。しかし……。


 パチパチパチ……。記者席に座る女性記者たちから拍手が起こった。

(わあ……)

 同性の記者たちが応援してくれた気がして、ネネはにっこり微笑んだ。


「だ、そうだ! みんな羽柴寧々の決意表明を聞いたな? これから、応援頼むぜ!」

 今川監督が笑顔で記者たちを煽ると、今度は皆が一斉に拍手をした。


 そして、壇上に上がり、ネネと勇次郎の間に立つと、三人での記念撮影が始まった。

 パシャ、パシャ……と、カメラのシャッター音が響き渡る。

「全く……何であんな所にいるんですか……」

 ネネが呆れたように今川監督に話しかけた。

「はっはっはっ。お前があまりにも緊張してるから助け船だよ」


(はあ……)

 ネネはため息をついたが、助かったのは事実だ。これからプロでやるにあたり、しっかり自分の意思を伝えることができた。


「なあ、勇次郎、ネネのコメントはどうだった?」

 今川監督が勇次郎に話題を振ると、勇次郎はチラリとネネの方を向き「まあまあじゃないですか」と答えた。


(こ、この男は~!)

 ネネはムッとした。すると……。

「まあでも、プロでやる覚悟は伝わってきましたよ。自分から三振を奪ったヤツだから、あれくらいは言ってもらわないと困りますけどね」と勇次郎は付け加えた。


「はっはっは、素直じゃないねえ。良いコメントだった、って言えばいいのに。なあ?」

 今川監督がガハハと笑った。

「羽柴選手、こっち向いてくださ──い!」

 カメラマンの声が飛ぶ。


 ネネは満面の笑みでカメラの方に振り向いた。


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