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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第6章 交流戦開幕編
118/207

第118話「ジャイロボールの正体」

 六回裏、ネネはピンチを迎えていた。

 この回、先頭の八番バッターを四球で歩かせ、九番バッター伴に送りバントを決められ、ワンアウト二塁。

 そして、打順は一番に戻り、青山が打席に入っていた。


 この回、ピンチを招いたのはネネのピッチングに異変が起こっていたからだった。

 六回表、レジスタンス攻撃時に天海が勇次郎に対してジャイロボールを投げ、ピッチャーゴロに倒れた。

 勇次郎は手元でボールが動いたと話していたが、斎藤が話していたように、ジャイロは手元で浮いたに違いないとネネは推測した。

 自分以外にもホップするストレートを投げるピッチャーがいた……その事がネネの心の奥底に暗い陰を落とし、ピッチングに悪影響を与えていたのだ。


 そんな中、ネネは青山に対してボールが先行し、カウントは2-0となる。

 北条は真ん中高めにストレートのサインを出したが、ボールは地面に叩きつけられて、3-0(スリーボール)となる。


 マウンドでネネは汗を拭った。今日は六月の頭だというのに季節外れの暑さで全国で夏日を記録したという。日が暮れているにも関わらず、ドーム内には熱がこもり蒸し暑く、ネネからボディーブローのように体力を奪っていた。


「ネネ、大丈夫かしら、すごい汗だわ……」

 汗を拭うネネを見て、ベンチの由紀が心配した。

「疲れからくる汗か動揺の汗なのか分かんねえな」

 今川監督が足組しながら口を開く。

「え? どういう意味ですか?」

「この回に入ってからネネの様子がおかしい。多分、自分以外にもホップするストレートを投げる奴がいたことを気にしてるんだろう」

「え……!?」

「アイツは女だ。そんなアイツが男だらけのプロの世界でやっていくには、絶対的な武器が必要だ。それがアイツにとってはホップするストレートだったが、その自分の専売特許を天海も投げていることが判明した。今、アイツは自分のストレートに自信を失っている」

「そ、そんな……一体どうしたら……?」

「何もできねえし、自分で立ち直るしかねえ。俺らはネネを信じて見守るだけだよ」

 今川監督はそう言うとグラウンドに目を移した。


(カウント3-0、ここでランナーを出したら厄介だ……)

 ネネは流れる汗を拭いながら、サインを確認した。するとレジスタンスベンチから声が聞こえてきた。

「ネネ、ガンバレ──! ここが正念場だよー!」

 由紀の声だった。

(あの由紀さんが大声を張り上げている……)

 ネネは汗を拭うと、大きく息を吐き出すとセットポジションに構えた。

(ありがとう由紀さん! 大丈夫、心配しないで!)


 ネネは素早いクイックから四球目を投じた。内角低めにストレートが飛ぶ。しかし、その球を青山は叩きつけた。

 カキン!

 ネネの足元を鋭い打球が抜けていく。ネネも反応したが届かない。


 センター前に抜ける! と思われた打球だたが、セカンドの蜂須賀が横っ飛びで抑えた。

 しかし、蜂須賀はボールを止めるのに精一杯だ。

「吾郎!」

 すると、明智が素早くセカンドベースに入り、蜂須賀の名前を呼んだ。蜂須賀は明智にボールをトスして、まずはワンアウト。

 次いで、明智はボールを一塁に送球するが、瞬足の青山は瞬く間に一塁ベースを駆け抜けてセーフ。

 状況はワンアウト、一、三塁となり、先程のレジスタンス攻撃時と同じシチュエーションになった。


「タイムだ!」

 北条がマウンドへ駆け寄り、内野陣も集まった。


「ネネ、さっきの球は悪くない。打った青山を褒めるべきだ」

 ネネの異変を察知した北条がフォローするが、ネネは「は、はい……」と覇気がなく、また顔色も良くない。


「ははっ、俺のジャイロボールが相当ショックだったみたいだな、あの女」

 レジスタンスナインがマウンドに集まる中、バンディッツベンチでは天海が足を組んで笑っていた。

「ジャイロねえ……」

「何だよ伴さん、何か気になってんのか?」

「いや……」


 天海の横顔を見ながら伴は目を伏せた。

(ジャイロボール……本人がそう思うなら、そう思っておけばいい。この男はそれで結果を出してきたんだから。だが、これだけは言える。ジャイロボールなんてものは存在しない。天海がジャイロボールと言っているのは……)


「カットボールだ」

 マウンドに集まった勇次郎がそう言った。

「カットボール?」

 ネネが勇次郎に聞き返す。

「ああ、間違いない。さっきの天海さんの球は俺の手元で内角に変化した。あれはカットボールの動きだ」

「え? ホップしたんじゃないの?」

「ホップはしていない。スピードがあるから俺も惑わされたけど、本当にホップしてたなら、空振りするかボールの下を叩いてフライになるはずだ」

「あ……!」

(そうだ、確かにさっきの打席。勇次郎はピッチャーゴロだった。それは、ボールの上を叩いたためであり、ボールがホップしてない証拠だ……!)

「天海さんのジャイロボールの正体はカットボールだ」


 勇次郎がもう一度、そう言い切ると、ネネは微かな笑みを浮かべた。

(ホップしてない。天海さんのジャイロボールはカットボールで、ホップするストレートじゃない……)


「笑ってんじゃねえよ。この状況がピンチであることに変わりないんだからな」

 勇次郎が笑みを浮かべるネネに釘を刺す。

「……しかし、勇次郎、よくネネがジャイロボールのことで悩んでるって分かったな」

 明智がそう尋ねると「あ……いや、コイツのことだから、そうじゃないかなあって思って……」と勇次郎は目を逸らしながら答えた。

「ふーん……」

 明智は勇次郎を見てニヤニヤした。


「よし、そうと分かったら、切り替えろよ、ネネ!」

 北条が発破をかけ、ネネは「はい!」と元気良く返事をした。


 全員がポジションに戻り、試合が再開される。ワンアウト、一、三塁で迎えるのは二番バッターの大島だ。

 ネネは一塁ランナーを牽制しながら、第一球を投じた。ど真ん中のストレートが決まり、ワンストライク。

 二球目はドロップが外角いっぱいに決まり、ツーストライク。追い込まれた大島はバットを短く持った。


「ありゃ? 大島さん、バットをあんなに短く持って、そんなにあの女のストレートを警戒してんのかね?」

 バンディッツベンチでは、天野が呆れたように口を開いた。

「……ったく、天下のバンディッツ打線がストレートしかない女ピッチャーを打ち崩せなくて、恥ずかしくないのかよ」

「……恥ずかしくはない。アイツはただの話題作りの女ピッチャーじゃないぞ、天海」

 天海の発言に対して伴がそう返した。

「あん?」

「女という色眼鏡を外して、羽柴寧々のピッチングをよく見てみろ。あれが本当のホップするストレートだ」


(石投げと一緒、大事なのは球をリリースする時の指の使い方……)

 マウンドのネネは石投げを思い出し、右腕を引き絞る。

(いけえ!)

 石を投げるように球を弾き、ライジングストレートを投じた。


 コースはど真ん中に飛ぶ。対する大嶋はミート力には自信がある。

(もらった!)

 バットをコンパクトに振り抜くが、ネネのストレートは唸りを上げてホップした。


 ガキン!

 鈍い音がして、打球はフラフラとレフトに上がった。タッチアップには微妙な位置だ。レフト斎藤は少し助走をつけてボールをキャッチする。


 打球の行方を確認した三塁ランナーは果敢にタッチアップを試みるが、斎藤は勢いをつけてホームへ返球。レーザービームのような低い弾道の返球はキャッチャーまで一直線。元ピッチャーだけあって素晴らしい送球だ。

 本塁でサードランナーと北条が交錯する。クロスプレーだが……。


「アウトォ!」

 タッチアウトでスリーアウト、これでチェンジだ。


(よし!)

 六回も無失点で切り抜けたネネはグラブをポンと叩きベンチに戻る。


「見たか? ど真ん中のコースだがボールがホップしたから、大島はボールの下を叩きフライになった。さっきの織田勇次郎の打席とは正反対だよな」

 伴がレガースを着けながら天海に話しかけるが、天海は伴の話を最後まで聞かずスタスタとマウンドに向かっていった。


(……ふざけんなよ、何が本当のストレートだ。女の分際で調子に乗ってんじゃねえ)

 天海は怒りの形相で、ベンチに戻るネネの後ろ姿を睨みつけた。







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