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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第6章 交流戦開幕編
117/207

第117話「ジャイロボール」

 両チーム無得点のまま試合は六回へ。スコアは2対0とレジスタンス二点のリードだ。


 陽が落ちたマウンドで天海は汗を拭っていた。

(しかし、今日は蒸し暑いな……中途半端なんだよ、この球場は。快適なドーム球場がうらやましいぜ)

 しかし、帽子を被り直すと、口元に笑みを浮かべた。

(まあ、しかしそれは相手も同じことだけどな。涼しいドームを主戦場にしているピッチャーは大体ここらでバテて滅多撃ちに遭う。あの女もここらが限界だろうな)


 その頃、ネネはベンチ裏でアンダーシャツを着替えていた。簡易的な衝立を作り、由紀が衝立の前に陣取っている。


「由紀さん、ありがとう。もういいよ」

 着替えを終えたネネが出てくる。由紀はネネの球数をスマホでチェックした。五回を終えての球数は60球。九回に換算すると約108球のペースで、いわゆる完投ペースだ。

「ネネ、肩とヒジはどう?」

「うん、全然大丈夫。それよりホント、暑いね。この球場は……」

 バンディッツドームは夏は暑く、春秋は寒いため、他球団からは夏は「サウナ」、春秋は「冷蔵庫」と揶揄されている。

「熱中症にならなきゃいいけど……」

 由紀はネネにスポーツドリンクと栄養補給の飲むゼリー、バナナを渡した。

「全然、大丈夫。私、冬生まれだけど、夏は大好きだし、暑さにも強いのよ」

 ネネは飲み物を口にしながら笑う。そんなネネを見て由紀はあることを考えていた。

(これから六回に入る。ネネにとっては未知の領域だ……ネネは身体に異常があっても絶対に自分からは体調が悪いとは言わない。自分しかいない。ネネに異常があったら止めるのは自分しかいない……)


 その時だ。グラウンドから歓声が聞こえてきた。ネネと由紀が急いでベンチに戻ると、三塁に毛利、一塁に明智がいるのが見えた。

「ランナーがふたり塁に出てる……何があったの!?」


 ベンチの話だと、先頭バッターの毛利が四球、その後、二番蜂須賀送りバント。三番明智の内野安打で、ワンアウト一、三塁になったという。そして、このチャンスにバッターボックスには勇次郎が立っていた。


「タイムだ」

 伴がタイムをかけてマウンドに向かった。

(天海のストレートのキレが悪くなっている……元々、コイツは今日は調子が良くない。加えて季節外れの暑さ……体力の消耗は半端ないはずだ)

 天海を見ると、かなり呼吸が荒かった。ここまでで球数は100球近い。普通のピッチャーなら交代してもよい状態だ。


「満塁にしてもいいぞ」

 そう告げると、天海はギロっと伴を睨んだ。

「冗談じゃねえ。ルーキー相手に敬遠なんかできるか」

「しかし……」

 伴の言葉を天海は手で遮った。

「心配すんな。いざとなったら『あの』球を投げるからよ」

 天海は伴をグラブでポンと叩いて、早くポジションに戻れ、というリアクションを見せた。


 伴がポジションに戻ると、試合は再開された。

 ワンアウト、ランナー、一、三塁。天海はセットポジションからアウトローにストレートを投じるが外れてボール。


 二球目は高めのスライダー。しかし、これも外れてボール。カウントは2-0。


(……しかし、コイツ、本当にルーキーか?)

 伴は打席に立つ勇次郎を観察しながら驚いていた。勇次郎は表情ひとつ変えずにバットを構えている。

(見逃し方に貫禄がありすぎるし、何を待ってるかが全く分からねえ。まるで、ベテラン選手を相手にしてるみてえだ)

 

 三球目、バッテリーは大胆にど真ん中にストレートを投じる。唸りを上げる豪速球だったが、勇次郎は迷わずスイングを開始した。

 ガキン!

 ボールは三塁線上に鋭く飛んでいく。僅かにラインを切れてファール。スピードガンは151キロを表示しているが、勇次郎はこのスピードに完全に対応しているようだった。


(それなら、これはどうだ?)

 四球目、伴のサイン通り、外角低めにボールが飛び鋭く縦に落ちた。天海のウイニングショットのひとつ「縦に曲がるスライダー」だったが、勇次郎の出しかけたバットは止まる。

「ボール!」


(何い? このコースのスライダーを振らないだと!?)

 伴は驚愕した。カウントは3-1となる。

(コイツ、天海のボールを見極めてやがる……それならどうする……?)

 伴がサインに困っていると、逆に天海がサインを出すのが見えた。

(あ……あのサインは……!?)


「すごい、すごい! 勇次郎、天海さんのボールに完璧に対応してますね!」

 レジスタンスベンチではネネが身を乗り出して興奮している。

「いや、まだ安心はできんぞ」

 すると、普段無口な斎藤が珍しく口を開いた。

「あの天海にはスライダーとは別にもうひとつのウイニングショットがあるという」

「え?」

「……ジャイロボールか?」

 今川監督が口を挟むと、斎藤は無言で頷いた。

「ジャイロボール?」

 ネネが首を傾げた。


「ああ、普通のストレートはこういう回転をする」

 斎藤が近くにあったボールを手にしてクルクルと回した。

「いわゆる縦スピン。ボールは指で弾かれてこういう回転をする。だが……」

 斎藤は今度はボールを斜めに……螺旋のように回した。

「コレがジャイロと言われるボールの回転だ」


「な、何? この回転……?」

 ネネはその回転を見て驚いた。

「俺が高校の頃、話題になったんだよ。弾丸のように螺旋の軌道を描くストレート。『ジャイロボール』ってな」

(そうか……斎藤さんは高校時代、ピッチャーやってた……だから詳しいのか)

 ネネは沖縄での出来事を思い出し、納得した。

「……それで斎藤さん、このジャイロボールはどういう変化をするの?」

「変化というか……空気抵抗を受けにくいから、手元で伸びてホップするって言われてる」

「え……それって……?」

「ネネのストレートと同じだ」

 自分と同じホップするストレートを投げる投手が他にもいたことに、ネネは思わず言葉を失った。


「だが斎藤、専門家によるとジャイロボールなんてものは無いって話だぜ」

 今川監督が口を挟む。

「はい……だから自分もジャイロのことは信用していません。球を斜めに弾いてストレートを投げるなんて絶対に無理だと思います。でも……」

「でも何だ?」

「現に天海と対戦したバッターが証言してるんです。ここ一番で天海が投げるボールが変な動きをする。手元でホップした……と」


(え……? も、もしそうなら、今から勇次郎に投げる球はまさか……)

 ネネは再びグラウンドを見た。


 マウンド上の天海は握りを確認していた。

(ルーキーのくせにはよくやったぜ、織田勇次郎。だがな……これでトドメを刺してやる……)

 天海はセットポジションから右腕を引き絞ると、思い切りボールを弾いた。

(くらえ! ジャイロボールだ!)


 ど真ん中にストレートが飛んで来るのを見て、勇次郎は一瞬、失投!? と戸惑ったが、すぐにスイングを開始した。タイミングは合っていた。しかし……。


 ガキン! 鈍い音がして勇次郎が打ったボールはピッチャーの前に転がった。

 天海は難なくボールをキャッチすると、素早くセカンドに送球しワンアウト、セカンドからファーストにボールが渡りツーアウトとなった。

 ダブルプレーとなり、この回スリーアウトチェンジ。ワンアウト一、三塁のチャンスは潰され、レジスタンスの六回表の攻撃は無得点に終わった。


「いいぞ──! 天海──!」

 バンディッツドームが歓声に揺れる中、天海は笑みを浮かべながらマウンドを降りた。


 一方、ベンチに戻ってきた勇次郎に皆が声をかけた。

「勇次郎、何ださっきの球は? どういう軌道だった?」

 勇次郎はバットとヘルメットを置き、帽子とグラブを手にしながら答えた。

「……分かりません。手元で変化しました。それでバットの芯を外されました」


(あの勇次郎が打ち損じた。やっぱり、天野さんはホップするジャイロボールを投げることができるの?)

 勇次郎の答えにネネは言葉を失った。





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[一言] ジャイロボールって沈むんじゃなかたっけ?
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