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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第6章 交流戦開幕編
114/207

第114話「軽自動車とスポーツカー」

 伴からのサインに天海は渋々頷いた。それは「もっとギアを入れろ」というサインだったからだ。

(はいはい、了解、了解……)

 天海はセットポジションから、素早いモーションで二球目を投じた。


 ガキン!

 天海の152キロのストレートを勇次郎のバットが捉えた。しかし、ボールは一塁側スタンドに入る。ファールだ。


(へえ……高卒のルーキーのくせに良い振りしてんじゃん。ウチの与那覇みてえだな……)

 天海は伴からのボールを受け取りながら感心した。

(……それじゃあ、これはどうかな? ゴールデンルーキーくん)

 天海は力を込めて三球目を投じた。


 ストレートが唸りを上げて内角へ飛ぶ。勇次郎はスイングを開始するが、それより早くボールはミットに飛び込んだ。

「ストライク!」

 勇次郎のバットは空を切り、空振りの三振。スピードガン表示は155キロを表示。スタンドからは大歓声が沸いた。


「え……ええ!?」

 勇次郎の空振り三振を見たベンチのネネは思わず立ち上がりそうになった。

(な、何? 今のストレート……さっきまでと全然球威が違う。しかも、勇次郎がストレートを三振するなんて……)


 ベンチに戻ってきた勇次郎に今川監督が声をかける。

「勇次郎、どうだった?」

「……速いです、想像以上に」

 勇次郎は不機嫌な表情でヘルメットを脱いだ。

「こりゃあ、奴さん、真剣モードに入っちまったかな?」

 今川監督は苦々しそうに頭をかいた。


 続くバッターは五番の黒田。黒田に対しても天海は150キロ台のストレートを連発し、黒田を三球三振に仕留める。


 ツーアウト二塁に変わると、次は六番の斎藤。

 天海は斎藤に対してもストレートで押し、あっという間にツーストライクに追い込むと、最後は伝家の宝刀、スライダーが決まり空振りの三振。

 天海は何とノーアウト二塁のピンチから、バッターを三者連続三振に仕留めて、悠々とベンチに戻った。


(す……すごい!)

 天海の圧巻のピッチングを見たネネは武者震いした。

(これが……これが球界を代表するピッチャー、天海蓮……!)


 そんなネネに北条が声をかける。

「さあいくぞ、ネネ」

「は、はい!」

 ネネはグラブを手にマウンドへ向かった。


 一方の一塁側バンディッツベンチ、マウンドから戻ってきた天海はベンチ奥のど真ん中にどっかりと腰を下ろした。そこは天海のお気に入りの指定席だ。

「……三番まではダメダメだったが、その後は良かったぞ」

 キャッチャーの伴が声をかける。

「はは……さ─せん」

 スポーツドリンクを飲みながら天海は陽気に答える。

「それで、ゴールデンルーキー織田勇次郎はどうだった?」

 北条がそう尋ねると、天海はドリンクから口を離して「良い振りをしてるが、まだまだ俺と対戦できるレベルじゃないね」と笑みを浮かべた。


 天海と伴が話している中、ネネはバンディッツドームのマウンドに立った。

 噂に聞いてはいたが、バンディッツドームは「暑い」。今日は季節外れの夏日ということもあり、グラウンドには熱気がこもっている。

 しかし、バンディッツドームのマウンドは天海仕様と言われ硬いが、それが逆にネネには合っていて、実に投げやすかった。


 一回裏、バンディッツの先頭バッターはショート青山、左打席に入る。

 ネネは振りかぶり一球目を投じる。

「ストライク!」

 内角低めにストレートが決まりワンストライク。スピードガンの表示は140キロ。


「140か……女にしたら速い部類だが、あの程度のストレートなら、ウチの打線の餌食だな」

 天野は足を組みながら、ネネのピッチングを見つめているが、ふと隣に座る伴の顔が強張っているのに気付いた。

「どうした、伴さん?」

「あ、ああ……ちょっと、あのピッチャーが気になってな」

「ハハッ、止めとけよ伴さん。ありゃあ、未成年だ。ヘタに手を出したら犯罪者だぜ」

 天海が笑いながら伴を茶化した。


 伴は苦笑したが、胸中は穏やかでなかった。それはネネのピッチングフォームが原因だった。

(何て滑らかでスムーズなフォームなんだ……振りかぶり、リリースまでの動きに無駄がない……)

 思わず目を奪われた。力づくの天海のピッチングフォームとは対照的だった。


 天海とネネはストレートを軸にする同じタイプのピッチャーだが、体格が違うため、車に例えると「スポーツカーと軽自動車くらいの違い」があると、試合前マスコミに言われていた。

(軽自動車がスポーツカーに勝てるわけない。だが、軽は軽でも……)

 伴は再びネネに目を移した。


 一方、マウンドのネネは試合前の北条と杉山コーチの指示を反芻していた。

(完投するにはライジングストレートだけでは最後まで持たない。沈むストレートと懸河のドロップと五本指カーブを織り交ぜていかないとダメだ。そして覚えたばかりの「あの球」も……)


 ネネは振りかぶって二球目を投じた。タイミングを外す五本指カーブが決まり、ツーストライクとなる。


(よし、完投するには、こうしてストライク先行させて球数を少なくするのが大事だ)

 ネネは勝負球にライジングストレートを高めに投じるが、これは外れてボールになる。


 カウント1-2、ネネはストレートの握りを変えた。四球目はアウトローへストレート。

 ガキン!

 青山が手を出すが、ショートにボテボテのゴロが飛ぶ。

 ショート明智がダッシュして捕球するが、当たりが悪かったことが幸いした。俊足の青山は一塁を駆け抜ける。いきなり内野安打だ。


 ノーアウト一塁、青山は当然走る気満々でリードをとる。

 情報では羽柴寧々はクイックが苦手とのこと。ベンチから青山に「走れ」のサインが出る。

 ネネが牽制を二回繰り返した後、二番バッターにストレートを投じると同時に青山は盗塁を仕掛けた。

 外角に外したボールを北条は素早く二塁へ。ショート明智が二塁に入り、青山にタッチを試みた。判定は……。


「アウト!」

 北条がランナーを刺し、ノーアウト一塁は一転してワンアウトランナーなしに変わった。


(か、改善されている……!)

 バンディッツベンチの伴は驚いた。ネネのクイックモーションがサマになっているのだ。その証拠に肩が強くない北条にリードオフマン青山が刺された。

(これは戦前のデータと違うぞ……)

 伴は再びグラウンドに目を向けると、ネネを観察しだした。


 ネネはその後、二番バッターを空振り三振に仕留め、三番バッターである宇野を迎えた。センターを守っているこのバッターの身体能力は高い。しかし、ネネはストライク先行で1-2と追い込んだ。


 五球目、唸りをあげるライジングストレート。宇野は外角高めの球を強振するが、ボールはフラフラとライトに上がり、ほぼ定位置で斎藤がキャッチした。

 天海とは対照的にネネは0点で一回裏を切り抜けた。


「大した奴だな。ウチの打線を三者凡退とは」

 伴が感心するのを尻目に、天海は気だるそうにグラブを持って立ち上がった。

「ま、だが、もって三回か四回だろうな。所詮、奴は軽自動車。スポーツカーには勝てねえぜ」

 天海は笑いながら帽子を被ると、マウンドにゆっくり歩いていった。


 そんな天海を見て、伴はレガースを着けながら、あることを考えていた。

(確かに、あの羽柴寧々は軽自動車だ。だが中身が……中に積んでるのがスポーツカーのエンジンなら……)

 伴の顔は強張り、マウンドから降りるネネを見た。ネネは軽やかな足取りでベンチに戻っていく。

(ただの軽自動車じゃない。軽のスポーツカーだ……)



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