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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第5章 先発転向編
109/207

第109話「10年越しの約束」

 五回表、勇次郎のソロホームランで4対3と勝ち越したレジスタンス。

 勝ち投手の権利を得たネネは五回裏のマウンドに上がった。


 キングダムは七番からの打順だったが、ネネはテンポ良いピッチングで、あっという間にツーアウトを取る。

 九番には代打を送られるが、ネネはツーストライクまで追い込み、最後の1球……インハイのストレートで空振り三振を奪った。


 ベンチに戻ったネネを今川監督が出迎えて「よく投げたな。今日はここまでだ」と告げた。

 五回を投げて、球数は75球、被安打2、四球1、三振5、自責点3。これがネネの初先発の内容だった。


 六回からブルペンは全員総動員。僅か一点のリードを守るため、杉山コーチの指示で中継ぎ陣が次々と投入され、クローザーを任されている島津は身震いした。

(へっ……興奮してきたぜ……)

 そんなブルペンにアイシングを終えたネネがやって来た。


「よう、ネネ。初先発ご苦労だったな」

 島津が声を掛ける。

「はは……ありがと」

「見てろよ、ラスト九回、ビシッと抑えて、オメーに勝ち星を付けてやるからよ」

「ありがとう。でもそんな気負わなくていいよ。リラックスして投げなよ」

「バカ言え、誰かのために投げるなんて、深見先生の時以来だ。気合い入りまくりだぜ」

「深見先生って、試合前に話してた中学校の担任の先生のこと?」

「ああ、良い機会だから話してやるよ」


 島津はベンチに座って深見先生との思い出を話し出した。

 島津は中学校の頃からヤンチャだったが、唯一の理解者が担任の深見先生だったらしい。

「大学出たばかりの若い女の先生でな。俺が問題を起こす度に、周りにペコペコ頭を下げてたよ」

 島津は苦笑いした。

「俺は一応野球部に籍を置いてたんだが、ある時、俺が試合で投げる姿を見た先生がすごく褒めてくれたんだ。それで柄にもなくヤル気になっちまってな。三年生の時には猛練習して県大会の決勝まで行ったんだ」


 島津は昔を懐かしむように話した。

 決勝の相手は県下でも有名な強豪校。そして、その日は深見先生が旅立つ日でもあったという。

「先生は結婚が決まってたんだ。それで学校を辞めて、その日に婚約者と一緒に関西に行くことになっていた。だから、俺、約束したんだ。絶対に試合に勝って、先生の結婚祝いにウイニングボールをプレゼントする、ってな」

「そうなんだ……で、試合には勝ったの?」

「ああ、勝った。そして俺は試合後、約束していた駅に向かった。でも先生はそこにはいなかった……」

「え!? 何で!?」

「分かんねえ……先生は専業主婦になるって言ってたから、連絡先もわからず、それっきりさ」

「そんな……」

「でもな、その時の試合が俺の転機になった。試合での好投が認められて、地元の野球の強豪校に推薦で行けることになったんだ。だから先生は俺をプロに導いてくれた恩人なんだよ。先生がいなかったら、俺は野球をやってねえからな」


 そう言うと島津は遠い目をした。

 先生は言ってくれた「ピッチャーをやってるときの島津くんはカッコいい」と。先生に褒めてほしくて、野球をやっていたようなものだった。

 中学校の全国大会、甲子園……そして、プロの試合。活躍すれば先生に会えるかも、と淡い期待はあったが、何の連絡もないまま月日は流れた。


 島津はフッと笑った。

(いいさ、便りがないのは先生が幸せになってる証拠だ。それよりも今日はネネだ。アイツに勝利を付けてやりたい)


「島津、そろそろ出番だ」

 杉山コーチがやってきた。

「よっしゃ……そんじゃあ、行ってくるかな」

 島津はベンチから立ち上がった。

「栄作! 頑張ってね!」

 ネネの声援に島津は振り返らず、右手を上げて応えた。


 スコアは4対3とレジスタンスリードのまま、九回裏キングダムの攻撃を迎え、クローザーの島津はマウンドに上がった。

 キングダムは二番の東からの攻撃。

 島津は気迫のピッチングでグイグイ押し、まずは東をセカンドゴロに仕留めてワンアウトを取る。


 次は三番の「怪童中西」、強力なバッターだが、島津は強気のピッチングで内角の厳しいコースをグイグイ攻める。

 島津のストレートのスピードは145キロ前後だが、気持ちの入ったピッチングだ。昨日とまるで違う内容に、受けるキャッチャーの北条も感心していた。


 中西をカウント2-2と追い込み、島津は外角低目にボールを投げるが、コースは甘い。

 中西はバットを強振した。しかしボールはストンと落ち、バットは空を切った。

 島津の決め球「フォークボール」だった。これでツーアウトとなる。


(す、すごい……! ストレートと同じ軌道で落ちた)

 ネネは島津のフォークに驚きながら、昨日、深夜の公園で話していた島津のフォークの秘密を思い出していた。

 島津は人差し指と中指の間に無理矢理ボールを入れて、指の関節を外してボールを握ると言う。

 手に負担がかかるから1試合で何球も投げれないが、短いイニングであれば問題なく使えるウイニングショットだと話していた。


 そして、最後のバッターに、四番「番長渡辺」を迎えた。

 昨日、乱闘騒ぎになったきっかけを作っているので、お互い意識していてバチバチに睨み合っている。

 ネネはそんなふたりを見ながら、島津と渡辺の因縁を思い出していた。


 島津と渡辺は互いにパリーグ出身であり、島津は渡辺に二回にボールを当てていると話した。

 昨日、渡辺が立てた三本指は『三回目だぞ』というジェスチャーだったのだ。

 ネネは固唾を呑んでふたりの対決を見守った。


 その因縁の対決。島津の初球は内角を攻め、ストレートがズバンと決まり、ワンストライク。

 二球目、北条は外角のサインを出すが島津は首を振る。あくまで内角を攻める気だ。

 北条は折れて内角に構える。島津の二球目は厳しく内角へ。しかしボールとなり渡辺はのけぞった。

 カウント1-1、渡辺は執拗な内角攻めに睨むが、島津も負けじと睨み返す。


 三球目、再び内角のストレートを渡辺が強振。ボールは一塁ファールゾーンへ飛んでいき、カウント1-2と追い込んだ。

(よし、これで決め球のフォークを……)

 そう考えていた島津だったが、次に北条が出したサインを見て驚いた。

 北条は内角高目のストレートを要求していたからだ。島津は『フォークで勝負じゃないのか?』と驚き、昨夜ネネと交わした会話を思い出した。

『北条さんのリードを信じて投げれば間違いない』と。

(へっ……それなら俺も信じてみるか)

 島津は北条の要求通り、勝負球に内角高目のストレートを投じた。


(なっ……!?)

 バッターボックスの渡辺は島津の投じたインハイへのストレートに戸惑った。

 勝負球は落ちるフォークと読んでいて、ストレートの頭がなかったからだ。しかもストライクゾーンへ飛んでくる。

 慌ててバットを出す渡辺だったが、打ち損なったボールはフラフラとセンターへ舞い上がった。


「オーライ!」

 ほぼ定位置で、センター毛利ががっちりボールを掴み取った。渡辺は悔しさのあまり、グラウンドを蹴り上げた。

 これでゲームセット。レジスタンスが4対3で何とか逃げ切った。


(か、勝った……!)

 ネネが胸を撫で下ろしていると「やったな!」「初先発で勝利だ!」と皆が祝福してくれた。

 グラウンドにいた選手たちが続々とベンチに戻ってきてハイタッチで出迎える。

 島津はニヤッと笑って、ネネにボールを手渡した。

「ホラ、先発初勝利の記念ボールだ」

「あ、ありがとう……」

 ネネは照れながら笑った。


「だから、いらねえって言ってんだろ。コレは記念にとっておけよ」

「ううん、私、初勝利のボールはあるから……それより、このボールはレジスタンスに来て初セーブの記念球だよ。栄作がとっておきなよ」

 キングダムドームの通路をネネと島津がボールを譲り合いながら歩いている。

 このボールには、ネネの先発初勝利、島津の初セーブ、と両方の価値があるからだ。


「あ、いたいた! 島津くん、探してたのよ」

 そんな島津に通路で待っていた由紀が声を掛けてきた。

「俺っすか?」

「うん、深見さん、って女性の人が、島津くんに会いたいって言ってるの」

「深見さん……?」

 島津は首を傾げた。由紀が柱の陰にいた女性に声を掛けた。そこには小柄でスーツを着た細身の女性がいたのだが、島津はその女性の顔を見て思わず叫んだ。

「せ、先生! 深見先生じゃねえか!?」


 深見先生と呼ばれた女性は、おずおずと島津の前に出た。

「栄作くん……久しぶり……」

「な、何でここに……?」

「深見先生、今は九州の中学校で先生をやってるんだって。それで今日は偶然にも修学旅行の社会見学で野球観戦に来てたみたい」

 由紀が説明する。

「え……? でも先生、深見って……結婚して名字が変わったんじゃあ……それに関西に行ったはずだろう?」

 島津がそう尋ねると、深見先生はうつむいたまま口を開いた。

「……色々あって離婚したの。それで実家のある九州に戻って、また教師を始めたの」

「そ、そうなんだ……」

「本当に立派になったね栄作くん……私ね、あなたが甲子園に行ったことや、プロ野球選手になったことも知ってたのよ……陰ながら、ずっと応援してたの」

「だったら先生、会いに来てくれても良かったじゃねえか。俺はいつでも大歓迎だったぜ」

 島津はカッカッカッと明るく笑ったが、深見先生はうつむいたまま肩を震わせた。

「ううん……私、あなたに会う資格がなかったから……」

「はあ? 何でだよ?」

「ゴメンなさい、栄作くん……」

「な、何、謝ってんだよ、先生?」

「10年前……約束の場所に居なくて……」

 先生はポロポロ涙をこぼした。

「な、泣くことねえだろう! 俺は全然気にしてねえぜ!」

 先生の涙を見た島津が慌ててフォローするが、深見先生は首を横に振った。

「彼が……元結婚相手が許してくれなかったの……それであの場所に行けなくて……栄作くん、本当にゴメンなさい……」

「だ、だから全然いいって!」

「私……その事がずっと負い目になってた……栄作くんは怒ってるんじゃないかって……怖かったの……それに、昔、ちょっと担任だったからって理由で会いに行くのが厚かましいと思って……」

「そ、そんなこと言うなよ先生! でも、なら何で今日こうして会いに来てくれたんだよ……?」


 深見先生はバッグから取り出したハンカチで涙を拭った。

「私ね、いつも生徒たちに言ってるの。『悪いことをしたら謝りましょう』って。それで今日、栄作くんが必死で投げる姿を見て気付いたの。生徒たちにそう言いながら、私は栄作くんに謝ってないって……生徒たちの見本になってないって……栄作くん、本当にゴメンね……」

 先生はそう言うと、うっうっ、と泣き出した。そんな姿を見た島津は笑いながら声を掛けた。


「カッカッカッ、先生、さっきから言ってるじゃねえか。俺は全然怒ってねえって。それより嬉しいぜ、先生にこうしてまた会えてな」

「栄作くん……」

「だからもう泣くなよ先生。それより俺のほうこそ、ずっとお礼を言いたかったんだぜ」

 先生は涙で濡れた顔を上げた。

「先生がいなかったら俺はプロになれなかった。先生は俺の恩人なんだ。先生、ありがとう」

 島津のその言葉を聞いた先生は再び泣き出した。そんなふたりの姿を見たネネは島津にボールを手渡した。

「いいのか?」

 島津が聞くと、ネネはニッコリと頷いた。


「先生……コレ、もらってくれねえか?」

 島津は先生の手にボールを握らせた。

「俺がレジスタンスで初めて上げたセーブのボールなんだ」

「え……? も、貰えないわ……そんな大事な記念のボール……」

 先生は涙を拭きながら島津にボールを返そうとしたが、島津は先生の手をそっと押し戻した。

「先生にもらってほしいんだ。先生が学校を去る時にウイニングボールを渡せなかったからよ……」

「栄作くん、ありがとう……覚えていたんだ……」

「もちろんだ! でも10年もかかっちまったよ。先生、悪いな!」

 島津は明るく笑い、深見先生は涙を流しながら微笑んだ。


 ネネと由紀はそんなふたりを温かい目で見つめていた。












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