第104話「牙を向くキングダム」
二回表、ネネが初ヒットを放ちワンアウト一塁なると、続く毛利、蜂須賀も連続ヒットでワンアウト満塁となった。
ここで、キングダム鬼塚監督が動いた。牧野に見切りをつけ、変則的左腕岡島をリリーフに送ったのだ。
岡島は三番明智をセンターフライに仕留めるが、これが犠牲フライとなり、三塁ランナーのネネがタッチアップしてホームイン。レジスタンスが一点追加し、スコアは3対0となった。
更にツーアウト、一、二塁で迎えるのは四番の織田勇次郎。
勇次郎は岡島のスライダーを狙い打ちし、ボールは三遊間を抜けて行く。
二塁ランナーは俊足の毛利、ツーアウトなので自動的にスタートを切っており、三塁を蹴ってホームに向かった。
しかし、レフトを守るフィッシュバーンが、素早くそのボールを処理するとメジャー仕込みの強肩でホームへ返球。
本塁はクロスプレー。惜しくも毛利はアウトとなりチェンジとなるが、この回はネネが攻撃の起点となり、レジスタンスが追加点を奪った。
三点のリードをもらい、ネネは二回裏のマウンドへ。この回は四番渡辺からの好打順だったが、三人とも淡白なバッティングで三者凡退となる。
そして三回表、レジスタンスの攻撃は無得点。
その裏のキングダムの攻撃をネネは三者凡退に抑え、キングダム相手にヒット1本も許さないパーフェクトピッチングを披露する。
「すげ──な! ネネ!」
ベンチで島津が大声でネネを迎えた。ネネは照れて、えへへ、と笑う。
しかし、キャッチャーの北条はある不安を抱いていた。
(確かに今日のネネはストレートが走っている。だが、それ以上にキングダム打線がおとなしすぎる。ヤツら一体何を企んでいる?)
四回表、レジスタンスの攻撃は無得点に終わった。最後のバッターが打ち取られると、島津はベンチの椅子から立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ俺はブルペンに行くぜ。ネネ、後ろは任せとけ」
「うん、ありがとう」
島津がブルペンに向かうのを見届けると、ネネは四回裏のマウンドに向かった。
「北条……」
すると、同じくグラウンドに向かおうとする北条を今川監督が呼び止めた。
「どうかしましたか? 監督」
「何か怪しいなアイツら」
今川監督が一塁側ベンチに目を移すと、キングダムナインはまだ四回裏なのに円陣を組んでいた。
「そうですね。何か攻撃が淡白な気がします……」
北条の言葉を聞いた今川監督は帽子を取り頭をかいた。
「俺の勘だと何かヤバい気がする。北条、この回、気をつけろよ」
「分かりました」
会話が終わると、今川監督はブルペンに電話をかけ、中継ぎ陣の肩を早急に作るように指示を出した。
一方のキングダムベンチ前の円陣の中心には鬼塚監督が立っていた。
「打順も一巡したが、どうだ?」
キャッチャー矢部に声を掛けると、矢部は「ピッチャーの球筋、球種ともに確認終了。問題ないです」と答え、皆も頷いた。
「よし、では見の時間は終わりだ。この回から反撃に移る。先ずは先頭の牧村、頼むぞ」
「はい!」
鬼塚監督の言葉に、牧村は力強く返答した。
四回裏のキングダムの攻撃はルーキー牧村からの打順だ。
牧村が打席に立つのを見て、ベンチの鬼塚監督はほくそ笑んだ。
(ホップするストレートに騙されるなよ。あの女ピッチャーは所詮付け焼き刃の素人だ)
ネネは振りかぶって、初球、外角に沈むストレートを投じる。
牧村はそのストレートをカットする。その後も牧村は甘い球はカットし、厳しいコースは見送った。
(コイツ、ネネを揺さぶる気だな……)
カウントは3-2のフルカウントになり、北条は内角高めにストレートのサインを出した。
ネネは大きく振りかぶると、ホップするライジングストレートを放った。
ズバン!
ホップしたストレートが内角高めに決まった。牧村のバットは動かない。しかし……。
「ボール!」
審判の手は上がらず、ネネは先頭バッターを塁に出してしまった。
(え? あのコースがボール……?)
厳しい判定にネネは少し不満気な表情を見せた。
(くそ……相変わらず、キングダムドームはジャッジが辛い)
「ネネ、切り替えろ!」
北条が声をかける。次は二番バッターの東が打席に入る。
一塁上では牧村が大きなリードを取っている。ネネは背中に牧村の気配を感じ、牽制を繰り返す。バッター東はバントの構えをしている。
(走ってくる。一球、外すぞ)
北条からのサインを確認したネネがクイックから第一球を投じる……と同時に一塁ランナーの牧村がスタートをきった。
北条は二塁に送球するが、牧村は滑り込み、悠々セーフとなる。
(ククク……)
牧村の盗塁を見て、鬼塚監督はしてやったり、という顔で笑みを見せた。
(羽柴寧々には弱点が三つある。まずはその1「クイックモーション」。北条はリードは抜群だが、ベテランのため肩はそこまで強くない。故に盗塁を阻止するにはピッチャーのクイックが必要不可欠だが。羽柴寧々のクイックはまだ未熟だ)
「すまん、ネネ!」
北条が謝りながらボールを返す。
(大丈夫……これくらいの揺さぶりは紅白戦で経験している)
ネネは大きく深呼吸をして、笑顔でボールを受け取った。
ノーアウト二塁。ネネがセットポジションからドロップを投じた時だ。二塁ランナーの牧村が走った。
(え!? 三盗!?)
ネネと北条が気をとられたその瞬間、バッター東がバントをした。
バントしたボールがネネの前に転がった。意表を突かれたネネはダッシュでマウンドを駆け降りる。
(いける! サードで刺せる!)
ネネは素早くボールをミットに収めるとサードを見た。
「ネネ! 一塁だ!」
北条が叫ぶが、ネネは三塁に投げた。
「セーフ!」
しかし、間一髪、三塁はセーフ。
ネネのフィルダースチョイスで、ノーアウト一、三塁になってしまう。
(フフ……弱点その2は「経験値が浅いこと」だ。故に状況判断が甘くフィルダースチョイスも起こりやすい)
鬼塚監督は笑みを浮かべると、次のバッターの中西を呼んだ。
(そして、弱点その3……)
「タイムだ!」
北条がタイムをかけ、マウンドに向かうと「ネネ、落ち着け。まだ3点差もあるんだぞ」と声を掛けた。
「は、はい……すいません」
(過去にも何度かこういう揺さぶりはあったが、流石は球団の盟主キングダムだ。揺さぶりの精度が高く、またしつこいくらい徹底している。一巡目、バッティングが淡白だったのは、この布石のためか……)
北条はキングダムベンチを見て眉間にシワを寄せると「とりあえず、バッター集中でワンアウト取ろう」とネネに声掛けして守備に戻った。
マウンドにひとり残ったネネは落ち着かない様子で足元をスパイクで慣らした。
(北条さんの言う通りだ。大丈夫……まだ3点勝ってる。自分のピッチングをするだけだ)
「え? それ本気で言ってます?」
その頃、鬼塚監督に呼ばれた中西は、ある指示を聞いて驚いていた。
「ああ」
「まあ、意識はしますけど……監督の狙い通りいくとは限りませんよ」
鬼塚監督は戸惑う中西の尻を叩くと「まあ、狙ってバッティングしてくれ」と言い、打席に送り出した。
(フフ……羽柴寧々よ。KOどころではない。二度とプロのマウンドに立てないくらいの恐怖を味あわせてやる)
鬼塚監督は打席に向かう中西の大きな背中を見つめながら、不気味な笑みを浮かべた。