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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第5章 先発転向編
102/207

第102話「羽柴寧々、初先発」

 ネネの初先発が近づく中、ドームにアナウンスが入った。

 それは九州から来た修学旅行生が、社会勉強も兼ねて観戦に来ているというアナウンスだった。団体や学校での野球観戦は珍しくなく、各球団も企画することが多いイベントだ。


 そして、午後六時、対キングダム戦がプレイボールとなった。先攻はビジターのレジスタンスだ。

 キングダムの先発は、エース沢村に次ぐ先発の柱、牧野、歳は30歳、背番号は17。

 150キロ超の豪速球が決め球の速球派投手で、スタミナもあり、過去にはノーヒットノーランも達成している。


 ベンチで戦況を見つめるネネだったが、あることが気になっていた。それは隣に島津が座っていることだ。

「あ、あの……何でベンチにいるの? ブルペンには行かないの?」

 ネネが尋ねると島津は「ああ? いいんだよ、俺の出番は最終回だから、今日のバッターの調子を見ておきたいんだよ」と答えた。


 実は昨日、この島津の独特の調整法で杉山コーチと言い合いになったらしい。

 そのため、ネネのアドバイス通り、理論的に話してみたら、コーチからベンチでの観戦を認められたという。

「オメーの言う通り、冷静に話してみたら、あっさりOKがでたよ」

 島津はグラウンドを見ながら口を開く。

「だから言ったじゃない。ちゃんと話せば分かってくれるって。栄作はただでさえ威圧感あるんだから、ケンカ腰にさえならなければ、皆、話を聞いてくれるよ」

 ネネはニッコリ笑った。


 だが、島津は視線をグラウンドに戻しながら、あることを考えていた。

(……いや、そんなことはない。こんな球団は稀だし、異質だ。しかも、レジスタンスは昨年までは12球団イチ暗くて陰湿な最低な球団と言われてたが、今季は違う。とにかく雰囲気が明るい)


「さあ、先制だ! 先発のネネを楽にさせるぞ!」

 黒田がベンチで手を叩きながら士気を上げる。


 島津は黒田を横目で見た。

(この黒田って人も評判は最悪だったが、実際に見てみるとそんなことはない。チームプレイに徹してるし、面倒見もいい……)

 そして、ベンチをぐるりと見渡し、並んで談笑している蜂須賀と明智を見た。

(それから、このふたりも自己中心的で、チャンスに弱いバッターだと言われていたが、今季は違うし、チーム全体の雰囲気も明るい。なぜだ? なぜこんなにチームが変わったんだ? 監督が変わったからか?)


「毛利さん、頑張って──!」

 島津の隣では、ネネが先頭バッターの毛利を応援している。

(毛利……コイツもパリーグではフライが取れないイップスに悩まされていた。それが今では克服している……なぜだ?)

 その時、島津はハッとした。


(コイツか!?)

 思わず隣に座るネネを見た。ネネは笑顔で声援を送っている。

(コイツが居ることで場が明るいんだ……ただの話題作りの女選手じゃねえ。さっき見た男顔負けの肩といい、天性のムードメーカー……コイツの存在がレジスタンスを変えたのか……)

 島津はネネの横顔をじっと見つめた。


 そんな島津の思惑の中、試合は進み、レジスタンス初回の攻撃は一番毛利が四球で塁に出て、蜂須賀が送りバント。

 三番、明智の当たりは良かったが、ショートが好捕し一塁アウト。ツーアウト三塁になる。


「四番サード、織田、背番号31」

 この先制のチャンスに四番織田勇次郎に打席が周ってきた。勇次郎は期待に応えて牧野の150キロのストレートを叩き、ボールは三遊間を抜けて行く。先制のタイムリーヒットだ。


 動揺した牧野は五番バッター黒田にフォアボール。続く六番斎藤にはタイムリーを打たれ、レジスタンスが2点を先制した。


「幸先いいな、2点先制とは」

「はい」

 ベンチ前でキャッチボールをしていたネネと北条はスコアを見て微笑む。

 七番バッターが打ち取られ、レジスタンスの攻撃は終わったため、ネネはマウンドへ向かった。


 キングダムドームの先発マウンドに立ったネネは足元を見つめた。牧野しか投げてないマウンドはまだキレイだ。ネネはマウンドの感触を確かめながら投球練習を行なった。


 ネネは女性初のプロ野球選手として色々な記録を作ってきた。

 そして、今日もひとつの記録を作ることになった。それは「公式戦に初めて先発した女性選手」という記録だ。


 審判から試合開始の合図がかかり、ネネはバッターと対峙した。先頭バッターはルーキーの牧村だ。

 ネネはゆっくり振りかぶると、キレの良いストレートを外角低めに投げ込んだ。

 牧村のバットが空を切り、北条の構えたミットにボールが吸い込まれる。まずはワンストライクを奪う。


(しかし、恐ろしい打線だよ……)

 気分良く投げるネネとは対照的に、北条は返球しながら、ため息を吐いた。

 キングダムは1番から7番まで強力なバッターをズラリと並べている。

 特に3番から6番は別格だ。全員がホームランを40本打てるバッターが揃っていて、代打も他球団ならレギュラークラスがゾロリと揃っている。


(ネネの武器はストレートとドロップの二種類のみ。そこに、沈むストレートと曲がりの少ないカーブを交えて打ち取るしかない。今日、ネネが先発でやっていけるかどうかは俺のリードに賭かっている……)

 北条は頭脳をフル回転した。


 北条のリードは冴え、ネネも北条のリードに応えて、一番二番を打ち取った。しかし、次に強烈なバッターが現れた。


「東京キングダム、三番センター中西、背番号10」

 そう『怪童中西』だ。中西は巨体を揺らしながら、左バッターボックスに入った。


 中西には先の対決でツーベースを打たれているため、ネネと北条は慎重にサインを確認した。

 中西には弱点らしきコースはない。強いて言えば、左投手を若干苦にしているくらいだと言われている。


 初球、ネネは「懸河のドロップ」を外角低めに投げ込み、ワンストライク。

 次は内角低めのストレートをコーナーギリギリの膝元に投げ込み、ツーストライクを奪い、中西を追い込んだ。


(最後はここだ。ボールでもいい。その代わり全力で腕を振れ)

 北条のサインにネネは頷く。


 三球目、唸りを上げるネネのストレートは外角高めに飛んでいく

 ズバン! 外角高めにストレートが決まった。中西は見送るが、審判のコールは「ストライク」。

 これでスリーアウト、チェンジだ。

 中西は苦笑いしながら、外角のコースを見ていた。


「ネネ、ナイスピッチ!」

 立ち上がりを三者凡退で切り抜け、ベンチに戻ってきたネネを由紀が笑顔で出迎えた。


「オメー、すげえな! あのキングダム打線をあっさり三人で片付けて!」

 島津はネネのピッチングに興奮している。

「はは……ありがとう」

 そして、ネネはベンチに戻るなり、ヘルメットを被りバットを持ってグラウンドに出た。

 そう、ネネは投げるだけではない。今日は先発なので、九番目のバッターとして打席に立たないといけないのだ。


 先頭バッターの北条がセカンドゴロに倒れるのが見えた。ワンアウトだ。


「9番、ピッチャー、羽柴」

 名前がコールされ、ネネがバットを持ち打席に向かう。

 プロ野球史上初、女性選手が打席に立つ瞬間だ。

 ネネの打席を捉えるため、カメラマン席からシャッター音が鳴り響いた。



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