第101話「千葉の暴れん坊将軍」後編
遂にネネの初先発の日が来た。相手は東京キングダム。
午後六時にプレイボールのため、午後二時にはキングダムドームへ向かう。
昨日、公園で島津と色々話し、眠りについたのは午前四時になってしまったが、話したおかげかぐっすり眠れた。
ドームに着き、グラウンドに向かおうとすると島津に出会った。
「おう、ネネ」
「おはよ─、栄作」
初めとっつき難いと思っていた島津だったが、話してみると気さくな兄ちゃんってカンジで、すっかり打ち解けていた。
ネネは島津をまず今川監督の元へ連れて行った。昨日の殴打事件を手打ちにするためだ。
ネネは昨日、島津から事件の経緯を聞きだしていた。
試合後、北条とサインの確認をしていたら、島津の口調があまりに激しいため、黒田が参戦してヒートアップし、そこに今川監督が現れ、茶化してきたので頭にきて暴言を吐き、殴られたらしい。
監督の待機室に行くと、今川監督が居たので、まずは島津が帽子を取って謝った。
「監督、昨日はすんませんでした!」
「おお、俺も悪かった。今日も抑えでいくから頼むぞ」
今川監督は昨日のことは全く気にしてないみたいで笑っていた。
「何か全然気にしてねえみたいで、意外だったな」
監督室を出た島津がネネに話しかけた。
「慣れてるのよ。殴るのも口答えされるのにも。あ、それより、次にいくよ!」
ネネは島津のユニフォームの袖を引っ張った。
(とりあえず、北条さんと黒田さんにも謝らせなきゃ……)
ネネはそう思い、二人の元に連れて行った。
「まあ、気が強いのは良いピッチャーの条件だ。気にすんな」
「監督に殴られたお前の方が心配だよ」
北条も黒田も島津が素直に謝ると、笑って許してくれた。
「パイレーツとは全然違うんだな……あそこで、こんなことしたら、口も聞いてもらえなかったぜ」
皆の謝罪を終えた島津は、皆があっさりしてるので拍子抜けしていた。
「レジスタンスは皆、見た目が怖いだけで、本当はいい人ばかりだよ」
ネネはニッコリ笑った。
その後、ふたりはキングダムドームのグラウンドに出てウォームアップを始めた。ひと通り身体をほぐしたら、次はキャッチボールだ。
「お、おい? 本当にこの距離でやるのか!?」
ネネはレフトに立ち、島津をライトファールラインの外に立たせた。
「うん」
ネネは笑いながらボールを投げる。外野での長い距離のキャッチボールが始まった。
ネネの投げる球はあくまで低い。そして、その低いボールはグングン伸びて、島津のところまでしっかり届く。
(……何ちゅう、バカ肩なんだよ、あの女)
島津は驚愕した。こんな距離をキャッチボールするなんて、男相手でも経験したことないからだ。
一方でネネはキャッチボールをしながら、昨日の島津との会話を思い出していた。
島津は中学時代ヤンチャだったが、たまたま好投した試合で見そめられ、地元千葉の強豪校にスカウトされた。
その時、就任していた監督が理論派の監督だったため、島津はそこで徹底的に「考える」野球を叩き込まれたという。
そのため、島津は見た目とは裏腹に理論派のピッチャーである。
「考える野球」とピッチャー島津の好投で、三年の夏に甲子園に出場し、ベスト4まで進んだことで、プロのスカウトの目に留まり、地元の千葉京浜パイレーツにドラフト4位で入団した。
当時のパイレーツの外国人監督ヒルトンは理論派の監督で島津には合っていた。
しかし、今季、監督が代わった。新監督はその場限りな采配で、島津は常に頭にきていた。
そして、ヤンチャな島津は目をつけられ、先発、中継ぎ、抑え、と役割はコロコロ変わった。投手起用も一貫性がなく、投手コーチも監督へゴマスリばかり、そんな積もりに積もった不満が爆発した結果が、今回の監督暴言事件に繋がったのだ。
(栄作は見た目や言動がヤンチャだから白い目で見られてるけど、本当は自分に正直なだけなんだよなあ……レジスタンスでは皆と仲良くやってくれるといいなあ)
ネネはキャッチボールしながら、そう考えていた。
キャッチボールを終えたふたりはベンチに戻ろうとしていた。
「オメー、本当にいい奴だな。まるで深見先生みてえだ」
「深見先生? 誰、それ?」
「中学校で担任だった女の先生でな。俺が問題起こすと、いつも一緒に謝りに行ってくれたんだ……先生のおかげで、俺はプロになれたようなもんだ」
「そ─なんだ。で、その先生は?」
「結婚して関西に行ったよ。中学校以来、会ってないなあ、元気にしてっかなあ」
島津は遠い目をした。
ベンチに戻ると勇次郎がいた。
「おはよ─、勇次郎」
「おう、今日先発だな。いつもの化け猫みたいなピッチング期待してるぜ」
勇次郎はいつものように憎まれ口を叩いてきた。すると……。
「おう、オメ─、織田勇次郎っていったっけな? 何だよ、ネネに化け猫って?」
何と島津が勇次郎に絡み出した。
「ちょ……栄作、この人、いつもこんなカンジだから気にしないで……」
ネネが島津のユニフォームを掴んだ。
(栄作……? 何だコイツ、何でこの問題児と急激に親しくなってんだ?)
勇次郎は少し驚きネネを見た。その視線を見た島津は勇次郎にニヤニヤしながら話しかけてきた。
「はは──ん。何だ何だ、織田勇次郎、オメー、俺がネネと仲良くしてることに嫉妬してんのか?」
「は、はあ!?」
冷静な勇次郎にしては珍しく動揺した声を出した。
「カカカ! 俺もガキの頃、好きな子に意地悪して、よく怒られたもんよ!」
島津は豪快に笑った。
「心配すんな、ネネと俺は戦友だ。オメ─の邪魔はしねえ」
島津は、そう言うと勇次郎の肩をポンポンと叩き、笑いながらベンチ裏に下がっていった。
残されたネネと勇次郎は気まずくなり、お互い、顔を合わせることなく呆然としていた。