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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第5章 先発転向編
100/207

第100話「千葉の暴れん坊将軍」中編

 島津の渡辺への死球をきっかけに、両チームは乱闘騒ぎに発展。

 その後、ランナーをふたり残したまま、島津は降板し、試合は再開されたが、後続のピッチャーが打ち込まれ、結局、レジスタンスはサヨナラ負けを喫した。


 ネネはひと足早くホテルに戻ってきたのだが、夜食を食べようとロビーに降りてくると、帰ってくる選手たちと鉢合わせした。

 皆、一様に疲れた顔をしているが、その中でも島津は口から血を流していた。

(あれ? 乱闘で何かあったのかな?)

 ネネがそう思っていると、選手の中に先発した前田の姿を見つけたので、ネネは前田に駆け寄った。

「前田さん、今日は残念だったね」

「あ、ああ……僕のことより、今川監督のほうが大変で……」

「え?」


「ま、また殴ったの──!? あの人──!?」

「ね、ネネ! 声が大きい!」

 前田がネネの口を塞いだ。


 前田の話を要約するとこういうことだった。

 試合後、北条が島津に配球のことで説教をしたが、逆に島津が反論。あまりの態度の悪さに黒田も参戦したが、更に島津はヒートアップ。

 そこへ今川監督が間に入り、例の感じでヘラヘラしながら止めようとしたら、島津が暴言を吐いたらしく、今川監督が頭にきてぶん殴ったという。


「あ……呆れた……キャンプの頃から全然進歩してないじゃん、あの監督……それに島津さんって人、何? あの北条さんと黒田さんに刃向かうなんて……」

 話を聞いたネネはあ然としていた。

「杉山コーチも困ってた。想定以上に気性が荒いって……」

 前田も疲れた様子で呟いた。


 その後、部屋に戻ったネネだったが、前田と話していたことでレストランが閉まってしまい、夜食が食べれず、お腹が空いてきた。

(確か、近くにコンビニがあったよなあ……)

 ネネはサイフを持ってコンビニに向かった。


 ホテルから少し離れた場所にコンビニはあった。日付が変わろうとしている時刻のせいか商品の陳列は少ないが、ネネは目を輝かせて陳列棚を眺めた。

(えっと……おにぎりとサンドイッチはマストでしょ。それからスイーツ……あ! それと、何か甘い物もほしいな)

 ネネがコンビニ内をウロウロしてると、アルコールコーナー近くで、ひとりの男性とぶつかってしまった。男は弾みで手に持っていた缶ビールを床に落とした。


「ご、ごめんなさい!」

 ネネが慌てて、缶ビールを拾おうとすると、相手もしゃがみ込んでいて、缶ビールの上で指が触れた。

 ネネが顔を上げると、そこには目付きの悪いリーゼントの男がいた。ネネはその男の顔を見て息を呑んだ。

(し、島津さん!?)

 ネネが驚きのあまり固まっていると、島津はニカッと笑顔を見せた。

「おう、確かお前、羽柴って言ったよな?」


 コンビニ近くには公園があり、ネネは島津と横並びでベンチに座っていた。

「あ……島津さん、お金払わせちゃって、申し訳ございません」

 ネネはペコリと頭を下げた。島津がネネの分も全て払ってくれたのだ。

「お? いい──って、いい──って! 男が女に払わせるわけにはいかねえからな!」

 島津はカッカッカッと笑うと、手にしていた缶ビールのプルトップを開けて、ビールを飲みだしたので、ネネはビニール袋から、紙パックのミルクティーとサンドイッチを取り出した。

 ネネは何となくだが島津に対し、人懐っこいイメージを覚えた。


「……っ! 痛っ!」

 黙ってビールを飲んでいた島津だったが、急にビールから口を離して、口元を抑えた。

 ネネはそれを見て、島津が今川監督から殴られたことを思い出した。

「あ……あの……大丈夫ですか……?」

「ああ?」

「殴られたんですよね? 今川監督に……」

「ああ、ったくよ……何だよあの男。このご時世に殴るなんて、頭おかしいんじゃねえのか?」

 島津は口元を触っている。ネネが何かフォローをしようかと考えていると「でもまあ、殴られても仕方ないわな。先に反抗したのは俺だからな」と島津は豪快に笑ったので、ネネは驚いた。

「え? え? 怒ってないの?」

「怒ってるぜ、最終回、抑えることができなかった自分自身にな」

 島津はそう言うと、ビールをぐいっと飲んだ。

「こうして、アルコールを入れねえと、今日は寝れる気がしねえ……」

 ネネは島津の態度を見て、島津という人間を誤解していたかもしれないと思い、じっと見つめた。

「何だよ?」

「あ……いや、意外だなあって思って。島津さんは、もっと自分勝手な人だと思ってましたから……」

「あん? 何、言ってんだ!? 俺はいつも言いたいことを言ってるだけだぜ!」

 島津はネネの肩をバンバン叩いた。

「あ、悪い悪い、ピッチャーの肩を叩いちまった。大丈夫か?」

「左肩だから大丈夫ですよ。私、島津さんのこと誤解してました、本当は優しい人なんですね」

「ば、バカ言うな!」

 照れているのか、島津は顔を背け、ネネはフフッと笑った。


「なあ、お前、今日先発だった前田ってのと仲良いんだよな?」

「はい」

「お前からさあ、アイツに謝っておいてくれないか? 勝ち星を消して悪かったってよ……」

 その言葉を聞いたネネは首を横に振った。

「それは……自分の口から言った方がいいと思います……」

「あん?」

「島津さんの気持ちも分かりますが、直接言った方がいいと思います……それが……抑えを失敗した人の責任ですから……」


「ははっ、何を分かったようなこと言ってんだ。女のオメ─に抑えの気持ちが分かるわけ……」

 そう言いかけて、島津はネネが同じプロ野球選手だということを思い出した。

「わ、悪い、お前も同業だったな……」

 ネネはうつむきながら口を開いた。

「自分のせいで、誰かの勝ち星を消してしまうのは本当に辛いですよね……」

 その発言に島津は無言で頷いた。


「私……柴田さんが怪我をしたのは、自分のせいだと思ってるんです……」

 ネネは両手でミルクティーの紙パックを包みながら、声を絞り出した。

「柴田さん……? ああ、この前引退したレジスタンスの200勝投手か。でも、何でその人の怪我がお前のせいなんだよ?」

「私……柴田さんの200勝が賭かった試合で抑えを失敗してるんです……それで、私が泣いてたら柴田さんが『200勝は完投で決めてみせる』って言ってくれたんです……」

 ネネは紙パックを持つ手に力を入れた。中身は空だったので紙パックはクシャッとひしゃげた。

「私があの時、落ち込んでたから、柴田さんは次は完投しようと頑張ったんです。そうしたら怪我を……」

「……」

「もし、私が抑えに失敗してなかったら、柴田さんはあんな無理をしなかったかもしれない……そう考えると柴田さんの怪我は私のせいだと思ってしまうんです……」

 ネネは目線を落とした。


「そっか……」

 島津は星も見えない東京の真っ暗な夜空を見上げた。

「俺には、柴田さんって人の気持ちは分かんねえけどよ……元気出せよ、元気イ!」

 島津はネネの背中をバンバン叩きながら、ニヤッと笑った。

「島津さん……」

「柴田さん、200勝達成したじゃねえか! それはオメーのおかげだろうが!」


 島津の前向きな言葉にネネは「はは……」と笑った。ほんの少しだが、何か心が軽くなった気がした。


「オメー、いい奴だな。俺のことは栄作って呼んでくれ。これから仲良くしようぜ!」

「あ、じゃあ、私もネネでいいですよ」

 ふたりは顔を見合わせて笑った。


「話したら、何か腹減ってきたな! おいネネ、コレ一個貰うぜ!」

 島津はネネのビニール袋の中から、おにぎりを一個取った。

「ちょ……ちょっと! それ最後に食べようと楽しみにしてたシャケのおにぎりなのに!」

「気にすんな、気にすんな! また買ってやるよ!」

「もう無いわよ! 最後の一個だったんだから──!」

 

 ネネの言葉を無視した島津は、シャケのおにぎりをほおばりながら豪快に笑っていた。


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