第100話「千葉の暴れん坊将軍」中編
島津の渡辺への死球をきっかけに、両チームは乱闘騒ぎに発展。
その後、ランナーをふたり残したまま、島津は降板し、試合は再開されたが、後続のピッチャーが打ち込まれ、結局、レジスタンスはサヨナラ負けを喫した。
ネネはひと足早くホテルに戻ってきたのだが、夜食を食べようとロビーに降りてくると、帰ってくる選手たちと鉢合わせした。
皆、一様に疲れた顔をしているが、その中でも島津は口から血を流していた。
(あれ? 乱闘で何かあったのかな?)
ネネがそう思っていると、選手の中に先発した前田の姿を見つけたので、ネネは前田に駆け寄った。
「前田さん、今日は残念だったね」
「あ、ああ……僕のことより、今川監督のほうが大変で……」
「え?」
「ま、また殴ったの──!? あの人──!?」
「ね、ネネ! 声が大きい!」
前田がネネの口を塞いだ。
前田の話を要約するとこういうことだった。
試合後、北条が島津に配球のことで説教をしたが、逆に島津が反論。あまりの態度の悪さに黒田も参戦したが、更に島津はヒートアップ。
そこへ今川監督が間に入り、例の感じでヘラヘラしながら止めようとしたら、島津が暴言を吐いたらしく、今川監督が頭にきてぶん殴ったという。
「あ……呆れた……キャンプの頃から全然進歩してないじゃん、あの監督……それに島津さんって人、何? あの北条さんと黒田さんに刃向かうなんて……」
話を聞いたネネはあ然としていた。
「杉山コーチも困ってた。想定以上に気性が荒いって……」
前田も疲れた様子で呟いた。
その後、部屋に戻ったネネだったが、前田と話していたことでレストランが閉まってしまい、夜食が食べれず、お腹が空いてきた。
(確か、近くにコンビニがあったよなあ……)
ネネはサイフを持ってコンビニに向かった。
ホテルから少し離れた場所にコンビニはあった。日付が変わろうとしている時刻のせいか商品の陳列は少ないが、ネネは目を輝かせて陳列棚を眺めた。
(えっと……おにぎりとサンドイッチはマストでしょ。それからスイーツ……あ! それと、何か甘い物もほしいな)
ネネがコンビニ内をウロウロしてると、アルコールコーナー近くで、ひとりの男性とぶつかってしまった。男は弾みで手に持っていた缶ビールを床に落とした。
「ご、ごめんなさい!」
ネネが慌てて、缶ビールを拾おうとすると、相手もしゃがみ込んでいて、缶ビールの上で指が触れた。
ネネが顔を上げると、そこには目付きの悪いリーゼントの男がいた。ネネはその男の顔を見て息を呑んだ。
(し、島津さん!?)
ネネが驚きのあまり固まっていると、島津はニカッと笑顔を見せた。
「おう、確かお前、羽柴って言ったよな?」
コンビニ近くには公園があり、ネネは島津と横並びでベンチに座っていた。
「あ……島津さん、お金払わせちゃって、申し訳ございません」
ネネはペコリと頭を下げた。島津がネネの分も全て払ってくれたのだ。
「お? いい──って、いい──って! 男が女に払わせるわけにはいかねえからな!」
島津はカッカッカッと笑うと、手にしていた缶ビールのプルトップを開けて、ビールを飲みだしたので、ネネはビニール袋から、紙パックのミルクティーとサンドイッチを取り出した。
ネネは何となくだが島津に対し、人懐っこいイメージを覚えた。
「……っ! 痛っ!」
黙ってビールを飲んでいた島津だったが、急にビールから口を離して、口元を抑えた。
ネネはそれを見て、島津が今川監督から殴られたことを思い出した。
「あ……あの……大丈夫ですか……?」
「ああ?」
「殴られたんですよね? 今川監督に……」
「ああ、ったくよ……何だよあの男。このご時世に殴るなんて、頭おかしいんじゃねえのか?」
島津は口元を触っている。ネネが何かフォローをしようかと考えていると「でもまあ、殴られても仕方ないわな。先に反抗したのは俺だからな」と島津は豪快に笑ったので、ネネは驚いた。
「え? え? 怒ってないの?」
「怒ってるぜ、最終回、抑えることができなかった自分自身にな」
島津はそう言うと、ビールをぐいっと飲んだ。
「こうして、アルコールを入れねえと、今日は寝れる気がしねえ……」
ネネは島津の態度を見て、島津という人間を誤解していたかもしれないと思い、じっと見つめた。
「何だよ?」
「あ……いや、意外だなあって思って。島津さんは、もっと自分勝手な人だと思ってましたから……」
「あん? 何、言ってんだ!? 俺はいつも言いたいことを言ってるだけだぜ!」
島津はネネの肩をバンバン叩いた。
「あ、悪い悪い、ピッチャーの肩を叩いちまった。大丈夫か?」
「左肩だから大丈夫ですよ。私、島津さんのこと誤解してました、本当は優しい人なんですね」
「ば、バカ言うな!」
照れているのか、島津は顔を背け、ネネはフフッと笑った。
「なあ、お前、今日先発だった前田ってのと仲良いんだよな?」
「はい」
「お前からさあ、アイツに謝っておいてくれないか? 勝ち星を消して悪かったってよ……」
その言葉を聞いたネネは首を横に振った。
「それは……自分の口から言った方がいいと思います……」
「あん?」
「島津さんの気持ちも分かりますが、直接言った方がいいと思います……それが……抑えを失敗した人の責任ですから……」
「ははっ、何を分かったようなこと言ってんだ。女のオメ─に抑えの気持ちが分かるわけ……」
そう言いかけて、島津はネネが同じプロ野球選手だということを思い出した。
「わ、悪い、お前も同業だったな……」
ネネはうつむきながら口を開いた。
「自分のせいで、誰かの勝ち星を消してしまうのは本当に辛いですよね……」
その発言に島津は無言で頷いた。
「私……柴田さんが怪我をしたのは、自分のせいだと思ってるんです……」
ネネは両手でミルクティーの紙パックを包みながら、声を絞り出した。
「柴田さん……? ああ、この前引退したレジスタンスの200勝投手か。でも、何でその人の怪我がお前のせいなんだよ?」
「私……柴田さんの200勝が賭かった試合で抑えを失敗してるんです……それで、私が泣いてたら柴田さんが『200勝は完投で決めてみせる』って言ってくれたんです……」
ネネは紙パックを持つ手に力を入れた。中身は空だったので紙パックはクシャッとひしゃげた。
「私があの時、落ち込んでたから、柴田さんは次は完投しようと頑張ったんです。そうしたら怪我を……」
「……」
「もし、私が抑えに失敗してなかったら、柴田さんはあんな無理をしなかったかもしれない……そう考えると柴田さんの怪我は私のせいだと思ってしまうんです……」
ネネは目線を落とした。
「そっか……」
島津は星も見えない東京の真っ暗な夜空を見上げた。
「俺には、柴田さんって人の気持ちは分かんねえけどよ……元気出せよ、元気イ!」
島津はネネの背中をバンバン叩きながら、ニヤッと笑った。
「島津さん……」
「柴田さん、200勝達成したじゃねえか! それはオメーのおかげだろうが!」
島津の前向きな言葉にネネは「はは……」と笑った。ほんの少しだが、何か心が軽くなった気がした。
「オメー、いい奴だな。俺のことは栄作って呼んでくれ。これから仲良くしようぜ!」
「あ、じゃあ、私もネネでいいですよ」
ふたりは顔を見合わせて笑った。
「話したら、何か腹減ってきたな! おいネネ、コレ一個貰うぜ!」
島津はネネのビニール袋の中から、おにぎりを一個取った。
「ちょ……ちょっと! それ最後に食べようと楽しみにしてたシャケのおにぎりなのに!」
「気にすんな、気にすんな! また買ってやるよ!」
「もう無いわよ! 最後の一個だったんだから──!」
ネネの言葉を無視した島津は、シャケのおにぎりをほおばりながら豪快に笑っていた。