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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第1章 プロ野球入団編
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第1話「野球少女、羽柴寧々」

 それは秋の気配が漂う十月の終わり。明け方の土手の遊歩道をひとりの少女が髪をなびかせてランニングしていた。


 少女の名前は羽柴寧々(はしば ねね)、地元の高校に通う女子高生で、現在三年生、愛嬌ある顔立ちに、ごく普通の標準体型。しかし、その走る姿は美しく、まるで猫のようにしなやかだった。


 朝早くにネネが走っているのは理由がある。それはランニングが小学生から続けている日課だからだ。

 ランニングしている土手には大きな川が流れていて、遊歩道の途中には川辺に降りる階段がある。階段まで来るとネネは息を整えて川辺に降りた。川は対岸まで約百メートルはあり、岸には石がたくさん転がっているので、その石の中からなるべく平らな石を探し出した。


 ネネには小学生の頃から続けている日課がランニング以外にもうひとつある。

 それは『石投げ』だ。

 小学生の頃から、お転婆だったネネは男子と遊ぶことが多く、川の対岸に向かって石を投げる遊びは大きくなってからも続いていて、いつしか毎日の日課になっていた。


 ネネは地面に転がる無数の石の中から、平らな石を探し出すと、右手に石を握り込み、川の対岸を見つめ軽くステップを踏んだ。

 そして、全身の身体を猫のようにしならせ、女性とは思えないダイナミックなフォームで、石を指先から弾くようにして川の対岸に向かって投げた。


 ネネの指先から放たれた石は風に乗り、グングンと伸びていく。

 石を遥か向こうの対岸に届かせるにはコツがある。なるべく平らな石を真上から弾くように投げて、風に乗せるのだ。子供の頃からネネはこの石投げで誰にも負けたことがない。

 

 上空に舞い上がった石はやがて対岸に落ちた。石の行方を見届けたネネは満足気に笑みを浮かべると、土手に上がりランニングを再開した。


 その後、十キロのランニングを終えたネネは閑静な住宅街にある自宅に帰ってきた。

 シャワーを浴びて汗を流し、台所に行くと、母親が朝食の用意をしていた。

 父親はテーブルに座り地元のスポーツ新聞を読んでいる。

 姉は母親を手伝いながら職場に持っていくお弁当の準備をしている。朝が弱い妹はギリギリまで寝ていてまだ起きてこない。

 父と母、そして社会人の姉と中学三年生の妹、これがネネの家族だった。


 地元の自動車メーカーに勤める父は温厚で優しく野球好き。子供が産まれたら、キャッチボールをするのが夢で、長女に野球を教えようとしたが、妻に猛反対されて敢え無く撃沈。

 そこで、次に産まれた次女のネネに野球に興味を持つように仕向けたところ、父の思惑通りネネは野球に興味を持ち、父のキャッチボールの相手を務めることになった。

 だが、ネネはキャッチボールだけでなく、大きくなるにつれ男子に混ざりリトルリーグに入ったり、父の参加する草野球に参加したり、と立派な野球少女に育っていった。


 そんな野球好きな父は本日行われるプロ野球のドラフト会議の記事に夢中で地元のスポーツ新聞に目を走らせている。

 スポーツ紙の一面には端正な顔立ちの高校生が載っていて、その高校生は『織田勇次郎』と言う名前だった。

 織田勇次郎はネネたちが住む愛知県名古屋市にある「聖峰高校」に在学している。ポジションは三塁手サード、今回のドラフト会議の注目選手のひとりだ。

 また聖峰高校は県内屈指の野球の強豪校で甲子園の常連校。その中でも織田勇次郎は別格の存在で、一年生の夏から四番に座り、春夏合わせて甲子園に計四回出場した上、通算十本のホームランを放っている。

 特に今夏は甲子園で大活躍。決勝戦で二本のホームランを放ち、聖峰高校を優勝に導いたスーパースターだ。

 そんな地元のスター選手を愛知県を本拠地とするプロ野球球団『東海レッドソックス』が放って置くわけがない、当然、今回のドラフトでは、織田勇次郎の一位指名を早々と公言していた。


「織田くんは実力だけでなく、性格もストイックで真面目だと聞く。是非ともTレックスに入団してチームを盛り上げてほしいなあ」

 父親が新聞記事を見ながら、そう呟いた。

『Tレックス』とは、東海レッドソックスの愛称、名前の通り、恐竜打線がウリの猛打のチームだが、ここ近年は下位に低迷している。

 それ故に、織田勇次郎は久しぶりに地元に現れたスター選手であり、Tレックスやファン達は織田勇次郎の入団を心から願っていた。


 しかし、織田勇次郎の獲得はそう簡単ではない。なぜなら織田勇次郎の評価は高く、他球団も一位指名を公言しているからだ。

 その中でも相思相愛と言われているのは、東京に本拠地を置き、球界の中でも人気・実力ともにナンバーワンと言われる王者『東京キングダム』だった。

 巷の噂では、織田勇次郎は東京キングダムへの入団を熱望していると言われていて、キングダムも次世代のスター選手候補として、織田勇次郎の一位指名を公言していた。


 ネネはトーストをかじりながら、対面の父親が広げた新聞の一面に写る織田勇次郎の顔を見つめた。写真の中の織田勇次郎は、ニコリともせずに鋭い眼光を放っている。

(そうか、今日はドラフト会議か。各球団が一位指名を公言しているなんて、この人、やっぱり凄い選手だったんだなあ……)

 ネネは新聞の織田勇次郎から目を逸らすと、手元の牛乳を一気に飲み干して席を立った。


 十月らしく爽やかな秋晴れの空の下、高校への通学路を自転車でゆっくり走っている男がいた。

 男の名前は「石田雅治」、身長百七十五センチで、がっしりした体型の短髪。イケメンとは言い難いが、人当たりの良い顔をしている。

 石田は夏までは野球部に所属していたこともあり、トレーニングを兼ねて全力で自転車を漕ぐこともあったが、引退した今はそこまで力を入れることもなく、リラックスした様子でのんびりと学校に向かっていた。


 学校へと続く道を走っていると、前方に見慣れたシルエットの女性が歩いているのが見えた。

 肩まである黒髪にスレンダーな身体付き。背筋をピンと伸ばして軽やかに歩いている。

「よお! ネネ!」

 石田が声を掛けると、前を歩いていた女性……ネネは振り返った。


「おはよ」

 ネネは笑みを浮かべて石田に挨拶をした。石田は自転車を降りると、ネネの横に立ち、一緒に歩き出した。


 ふたりは並んで学校への道を歩く。

 時折、石田が冗談を言うと、ネネはクスクスと笑った。

 ネネと石田は小学校のリトルリーグからの付き合い、いわゆる幼馴染であった。

 幼い頃から野球に親しみ、肩が強く、男子顔負けのボールを投げていたネネはリトルリーグでピッチャーを務めており、石田とバッテリーを組んでいたのだ。

 その後、中学に入ると、ふたりは硬式球を使用する地元のシニアチームに入団した。

 石田はそこでもネネとバッテリーを組めると思っていたが、その思いは打ち砕かれた。なぜなら、ネネは女子であることを理由にピッチャーをはく奪されたからだ。

 代わりに与えられたポジションは外野手だった。だが、それでもネネは男子に混ざって野球を続けた。野球が大好きだったからだ。


 そして、高校に進む際、ネネは女子野球部のある高校の入学も視野に入れていたが、石田はネネにある提案をした。

 それは『マネージャー兼部員として一緒に野球をやらないか? 野球部のない高校に行き、ふたりでイチから野球部を作って甲子園を目指さないか?』と、いうものだった。

 悩んでいたネネだったが、最終的には石田の考えに賛同して、野球部のない公立の英徳高校に入学した。


 高校入学後、ネネと石田は一緒に部員を集め、同好会から部に昇格させると、今夏、初めて夏の甲子園予選に参加した。

 しかし、結果は1回戦コールド負け。ふたりの高校野球は終わったが悔いはなかった。やれることはすべてやったからだ。


 その後、石田は大学でも野球を続けようと、東京にある大学の野球部のセレクションを希望。

 そして、ネネは女子野球部のある大学に進学して野球を続けるか、それとも野球は趣味として続け、普通に県内の大学に進学するか迷っていた。


「いいじゃないか、大学で女子野球部に入れば」

 気楽に話す石田に対して「そう簡単に言わないでよ」と、ネネはため息をついた。

「女子野球部のある大学は限られているの。もし入学するなら家を出なくちゃいけないし……」

「それなら、俺と一緒に地元を出て頑張ろうぜ」

「はは、何で雅治と一緒なのよ」

 石田の提案にネネは大笑いしたが、そんなネネを見て、石田はこっそりため息を吐いた。

 なぜなら、石田はネネのことを異性として意識していたからだ。この言葉も冗談ぽく言っていたが実は本心だった。


 石田は肩を落としながら、並んで歩くネネの後ろ姿に目を落とした。肩に少しかかるくらいの長さの髪が揺れていた。

「……大分、伸びたな」

 石田の言葉にネネは「え?」とキョトンとした顔をしたが、髪の毛のことを言っているに気付くと「あ、ああ、髪の毛のことね」と言って笑った。


 石田は風に揺れるネネの髪の毛を見て、五か月前の野球部の練習試合での出来事を思い出していた。


 ネネが今年のドラフト会議の目玉である織田勇次郎から『三振を奪った』あの日の出来事を──。


 

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