新しい『みーちゃん』候補の店にはお時さんと言うファンタースマの守り神がいた…そして俺とユキが散歩をしていると又新しい驚きが。
「うひ~!どんなお店なのか楽しみですぅ~!」
いきなり加奈の声が聞こえて俺が上を見るとスライディングルーフから加奈が顔をのぞかせていた。
「うわ!加奈!なんでぇ?」
驚いた俺はハンドルを切り損ねてレガシィが少しぐらついた。
「きゃっ!何よ彩斗!」
「事故に気を付けて!」
後席に座ったユキと『みーちゃん』ママが悲鳴を上げた。
幸い俺が加奈と叫んだのに気が付いていないようだった。
加奈が屋根をすり抜けて助手席に座った。
そして俺の耳に口を近付けると後席のユキと『みーちゃん』ママに聞こえない様に囁いた。
気を使ってくれているようだが、どっちにしても加奈の声は二人に聞こえない。
「加奈はまだ新しい『みーちゃん』候補のお店に行った事無いから見学に来たですぅ~!」
あ~そうですか、はいはい…。
ともかく俺達は不動産屋に着き、もう一度店舗を見た後で納得したら契約する運びになった。
不動産屋の車の後についてゆき、新しい『みーちゃん』候補の前で車を降りて改めて外から店舗を見た。
多少草臥れて所々直さないといけない部分はあるが、それでもなんというか、懐かしい感じがしてお客を呼び込みそうなオーラを感じる店だった。
加奈は一足早く店の中に入って色々見て廻っているようだ。
不動産屋が鍵を開けて俺達は店に入った。
不動産会社の社員の男が改めて色々と説明をしてくれている。
ユキと『みーちゃん』ママは社員の説明そっちのけでガスや水道、トイレキッチン、そして2階の住居部分を丹念に見て廻っていた。
その間も男の物件説明が進み、賃料を多少割引できると言う事と、貸主が高齢でそろそろ老人ホームに入居するかも知れないので、何なら格安で売却しても良いと貸主が思っていると伝えた。
手持ち無沙汰の俺は丹念に店内部を見て廻るユキ達の代わりに店を購入する場合の値段を尋ねた。
土地建物の所有権で1250万円、多少値引きの相談に乗ると言う事だった。
社員はごゆっくりと見てくださいと言って店の外に出た。
ユキ達は2階に上がり、俺は1人店舗のカウンターの椅子で座って待っていた。
その時、加奈が壁の中からひょっこりと顔を出した。
「うわ!加奈いきなり壁の中から!
びっくりするじゃないか!」
「彩斗、レトロな感じだけどなかなか良い店ですぅ!
それで加奈はこの店の主みたいなファンタースマを見つけたですぅ~!
こっちこっち、どうぞ~!怖がらなくて良いですよ~!
今までは誰かが来ると恥ずかしくて隠れていたそうですよ~!」
加奈にそして、あの『紅』美佐子ママに手を引かれて壁の中から老婆が出て来た。
明治頃の様な和服、あちこち擦り切れた洗いざらしの紺の和服に白い割烹着を付けた昔のカフェの女給さんの様ないでたちだった。
老婆は顔を赤くして俺をじろじろ見て、少し口をもごもごさせた後で俺に挨拶した。
「よういらしてくれたですじゃの。
とき、お時と呼んでくだされ。」
「あ、初めまして…お邪魔しています。
吉岡と言います。」
老婆が丁寧に頭を下げるのにつられて俺も挨拶を返しながら深く頭を下げた。
「お時さんは初代のこの店の主ですよ~!
この店は何回か代替わりしてお店も何度か建て直したけど、明治の中頃から居酒屋としてやっていたと言う事です~。
お時さんはこの店の守り神みたいになったそうですぅ~。」
「あらあら、加奈ちゃん、守り神なんて大層な物じゃないですよ~。」
加奈の説明を聞いてお時は恥ずかしそうに顔の前で手を振った。
人懐こい笑顔の持ち主だった。
「ただ私にはこのお店が子供のような物でねぇ~。
お店が気になってずっとここに居ついているんですよ。
何度か昇天するように昔の友達が誘いに来たけど…どうもこのお店が気になってね~。」
「お時さんはお店が繁盛するように、居心地の良いお店にするために今までも質が悪いお客さんを追い払ったり、気持ちが良いお客さんを呼び込んだりと頑張って来たそうですよ~!」
「加奈ちゃん、そんなに凄い物じゃないですけどね。」
お時はまた顔を赤らめた。
「うふふ、彩斗君、私とお時さんで一緒にこのお店を守る事にしたのよ~!」
美佐子ママがお時さんの手を握って笑顔で言った。
素晴らしいな…加奈も美佐子ママもお時も嘘を言っていないだろう。
守り神付きの物件か…しかもダブルの死霊が守り神。
俺の心が決まった。
俺はお時に少し失礼しますよと言って店の前でタバコを吸っていた不動産会社の社員の横に立って煙草に火をつけた。
そして購入する場合どれくらい値引きが出来るのか、金額次第では今日直ぐに買い付けを出して現金一括で購入すると告げた。
社員は初め驚いた表情になり、それから笑顔になって俺が出した名刺を手に取って細かく見た後でスマホで貸主に電話を掛けた。
少し時間を下さいと言われ、俺は店に戻った。
加奈とお時はカウンター席に座って世間話をしていた。
「お時さん、金額の条件が合えば俺達がこのお店を購入します。
どうぞよろしくお願いします。」
俺が頭を下げるとお時さんが笑顔になった。
「あらまぁ!それはありがたいですね!
今2階を見ているお二人も良い人らしいから、是非お願いします。」
お時は深々と頭を下げた後、顔を上げて俺を見た。
「今の持ち主は私の子孫です。
何とか格安で売るように伝えてきます。」
そう言ってお時と美佐子ママは壁の中に入って行った。
「彩斗、良かったですね~!」
「うん、加奈のおかげだよ!
ありがとう!」
「彩斗、誰と話しているの?」
そう言いながらユキと『みーちゃん』ママが2階から降りて来た。
『みーちゃん』ママがメモを見ながら呟いた。
「少し手直しをしないといけない所が幾つかあるけど、コンディションは合格ね…。
後は手直し代をどれくらい貸主さんが持ってくれるかと…家賃をもう少し値切られるか、私の腕の見せ所よ!」
俺は『みーちゃん』ママとユキを見てうふふと笑った。
「ママ、ユキ、俺がこの店を買う事にしたよ。
勿論『みーちゃん』をここで開いて良いし、家賃や入居時のお金も格安にするよ。」
ユキと『みーちゃん』ママが顔を見合わせてから俺を見つめた。
「彩斗、そうしてくれればありがたいけど、大丈夫なの?」
「ユキ、ママ、さっきこの店に住む死霊…ファンタースマと話して決めたんだ。」
ユキと『みーちゃん』ママが店内を見回して不安そうな顔をした。
「え…彩斗このお店に幽霊がいるの?
この前来た時は何もいないと言っていたじゃない。」
「恥ずかしがりのようで隠れていたんだよ。
加奈が見つけて俺に会わせてもらったんだ。
大丈夫、100年以上前からここでお店をやっていたおかみさんでね、良い人だったよ。
この店の守り神のような感じの存在だから大丈夫。
その人もユキとママを気に入っているようだし…。」
「え、そうなんだ…加奈もここに来ているの?」
「うん、新しいお店を見たいと言ってついて来ているんだ。
加奈も太鼓判推しているから大丈夫だよ。
それで、美佐子ママと加奈でお時さんを話した様なんだよ。
俺達の持ち物になるから店の修繕とかも任せて欲しいな。
今、不動産屋さんが値引き交渉している。」
『みーちゃん』ママが少し気が抜けた顔をした。
「へえ…幽霊が見えて話せるって便利なのね…。」
確かにママが言う通りかもしれない。
死霊、ファンタースマと話せるってとても良いですね!
やがて不動産屋の男が店に入って来た。
「吉岡さん、貸主の片は現状渡しで良いなら100万円値引きの1100万円なら良いと言ってくれましたが…一応もう一声と伝えたんですが…。」
う~ん、確かにもう一声って感じかな、そうすれば店の修繕にもっとお金を掛けられるし…俺がそう思っていると、不動産屋のスマホが鳴った。
「あっちょっと失礼しますよ。」
不動産屋はスマホを耳に当てて店を出たが、暫くして笑顔で戻って来た。
「吉岡さん、1000万円で良いと今電話が入りましたよ!
この辺りでは結構破格です!
社に戻って契約をしていただけますか?」
不動産屋の後ろで、お時がオッケーサインを出して俺達に微笑んでいた。
きっと何か値段を下げるようにお告げでもしてくれたんだろうか。
俺は笑顔でお時に頭を下げ、不動産屋に戻り仮の売買契約書を作成した。
手付金を後で振り込み、その一週間後に本契約をする事になった。
「さあ、あとは俺達の契約をするだけだよ。
ママ、希望する家賃とか遠慮なく言ってね。」
「吉岡ちゃん、ありがとう。
なんて言って良いか判らないけど凄くラッキーだわ!
…あのお店の守り神になっている幽霊さんにお時さんだっけ?何か御礼が出来るかしら?」
ママの問いに助手席で寛いでいる加奈が答えた。
「お時さんは和菓子の道明寺が大好物だそうですよ~!
お時さんの命日が4月18日だから毎月18日に道明寺を神棚にお供えしてお祈りしてから神棚の前で食べて欲しいそうですよ~!」
ファンタースマの声が聞こえないユキと『みーちゃん』ママに加奈の言葉を伝えた。
ママはお安い御用だと請け負い、ユキは毎週でも道明寺を食べるわぁ!と叫んだ。
俺達はルンルン気分で死霊屋敷に戻った。
ママは貰ってきた店の図面を抱えてダイニングで色々と検討をはじめ、まだ陽が昇っているので俺とユキは少し散歩をする事にした。
「今日は彩斗と加奈のおかげで凄く助かったわ!
ありがとう!」
「いや、お安い御用だよ。」
俺はユキと手を繋いで幾分陽が伸び、寒さが和らいできた草原を歩いた。
「あれ?彩斗。
あれなんだろう?」
ユキが指差す先に何かコウモリか大きな鳥のようなシルエットが空を旋回しているのが見えた。
しかし、コウモリや鳥と違ってシルエットが少し変だった。
俺とユキは目を凝らしてそれを見つめた。
俺は用心の為にいつでもSIGを抜けるようにジャケットの前のボタンを外した。
シルエットが近づいて来て、俺とユキは同時に声を上げた。
それはペガサスに化身した凛がいささか長めの槍を持ったクラを乗せて飛んでいる姿だった。
凛のペガサスは俺達の近くで着地して大きな翼はみるみると折りたたまれて、軽いギャロップで俺達に近づいて来た。
笑顔のクラが言った。
「ああ、見られてしまいましたね!
凄いでしょ?
凛がねペガサスになれるんですよ!
『ひだまり』が早番で終わった俺達は凛と飛ぶ練習をしてたんですよ!」
実は俺とユキは前にペガサスになった凛を見ていた。
その時はまだ空を飛ぶのにおぼつかない感じだったが、今はクラを背に乗せて悠々と飛んでいた。
勿論俺達はその事をクラに言わなかった。
「へぇ!凄いねクラ!」
「かっこ良いわ!なんか神話に出てくる戦士みたいよ!」
「えへへ、刀だと凛の翼に刃が当たるかもしれないから、今は槍で空中襲撃の練習していたんですよ。
見られちゃいましたね~!」
凛から降りたクラがさらに笑顔をほころばせて言った。
凛がクラに顔を寄せて何か言っているようだ。
「ん?凛、何?
ああ、そうか、話してみるよ。」
そう言ってクラが俺達に向き直った。
「彩斗リーダーとユキさん、2人一緒に凛に乗って見ませんか?
凛が2人を乗せてどれくらい飛べるか試したいそうですよ。」
「…ええ!えええ!良いの~?」
ユキが頬に手を当て、顔を赤くして叫んだ。
「彩斗リーダーが前に裁判所で乗せて走った事があるからコツは掴んでいるそうです。」
「え。良いのかい?クラ、凛。」
俺が尋ねると凛がいなないて頭を振った。
「凛も是非にって言っていますよ。」
俺はおずおずと凛の背中に乗り、顔を赤くしているユキの手を取って後ろに乗せた。
きっと俺の顔もユキ同様に紅潮しているのだろうな。
ペガサスに乗って空を飛ぶなんて…生まれて初めてだ。
「凛、準備は良いよ。
ユキ、しっかり捕まっていて。」
凛が草原を走り出して大きな翼を展開させた。
そして風上に頭を向けて走るスピードを上げた。
「ひゃぁあああ!
彩斗、なんか怖いよ~!」
ユキが俺の背中にしがみ付いて悲鳴を上げた途端に凛の足が地面を蹴る振動が消えた。
俺が周りを見ると少し浮いていて、凛の翼の羽ばたきの度に高度を上げて行った。
「凄い!ユキ!飛んでるよ!飛んでるよ!」
俺の背中に顔を埋めていたユキの顔が離れた。
周りの景色を見回しているのだろう。
「ひゃあ!凄い!彩斗!凛!凄いよ!
ああ~!気持ちいい~!」
ユキの叫びに答えてペガサスの凛がいななき、また空高く飛んで行った。
富士の樹海に向かう時に大型ヘリコプターでここを飛び立った時は死霊屋敷で俺達を見送る圭子さんと司と忍だけを見つめていたが、今は俺達死霊屋敷の敷地が広く空から見渡せた。
俺もユキも、感動の声を上げ、そして凛も満足げにいなないた。
夕暮れの最後の光に照らされた死霊屋敷の敷地の景色は涙が出るほど美しかった。
下を見ると、凛の服と長い槍を抱えたクラが俺達に手を振りながら草原を走って死霊屋敷に向かっていた。
それを見たペガサスの凛が野太い声で俺達に言った。
「死霊屋敷に飛ぶ…皆にお披露目…。」
そしてペガサスの凛が再びいなないて力強く翼をはばたかせて、俺とユキを乗せたまま死霊屋敷の方向に頭を向けた。
死霊屋敷に近づくと、鐘楼の鐘が鳴っていた。
真鈴と圭子さんが鐘楼から俺達を見つめ、圭子さんがSR25を俺達に向けていた。
「ああ!やばいやばい!
圭子さん!俺だよ!俺だよ~!」
俺が慌ててて手を振るとSR25を構えてスコープを覗き込んでいた圭子さんがライフルを空に向けて俺達に手を振ると真鈴と共に屋根裏に降りて行った。
死霊屋敷では明石や四郎やジンコと『みーちゃん』ママ、それに司と忍が出て来て俺達を見上げている。
司と忍が興奮して何か叫びながら飛び跳ねていた。
続く