文学少年である僕は、罵倒少女であるセツナギに勝てない!
「セツナギ──」
雪凪。神楽鐘雪凪。
僕と同じ丹治高等学校に通う、二年生徒だ。
「なに?」
「勝負だ、勝負をしよう」
「嫌です」
丹治高校敷地内の隅にあるオンボロ旧校舎三階にぽつんと入っている『創作部』の部室の中で。
僕は彼女にそう提案していた。
もっとも、一瞬で断られたけれど。
「なんでだよ、僕は君のことをこんなにも憎んでいるのに」
「逆にその理由で、どうして了承してくれると思ったのか私は知りたいわ」
「確かに」
金髪ツインテールに、絶壁、整った顔出ち。
まさに『高嶺の花』過ぎる同級生──セツナギは、容姿だけでは終わらず成績も優秀であった。
雑学に精通していたり、語彙力が豊富であったり、理路整然とした言葉を吐き連ねる、才色兼備、文武両道の高嶺で、高値の花。
とにかく、知識量が豊富であセツナギ……。
「ともかく、僕はあの時の因縁を晴らしたいんだ──」
「果たして、因縁を晴らすことは出来るのか」
「……それ、もしかして韻を踏んでるつもり? 踏んでないんだけど」
「踏んでるわ、地団駄をね」
「怒ってるじゃん。なんでだよ」
彼女がそんな膨大な知識を持つ要因として、最も大きいのが”本”だろう。
幼い頃からの仲である僕は知っているが、彼女は読書家であったのだ。
本一冊で得られる知識というのは、膨大だが確かに限られている。
それなのに、膨大な知識を溜め込む彼女は──確かに、しっかりと本を読み、知識を積み上げてきたのだろう。
そして彼女は、勤勉家でもあった。
現に今も、僕と会話している今も。
生真面目に姿勢正しくパイプ椅子に座って、読書に勤しんでいるセツナギ。
そういう積み重ねによって、現在に至り、優秀な少女がいるのだ。
「別に怒ってはない、ただ悔しいだけ」
「なんて──?」
「悔しいだけ。そう、キミのあそこを踏めなかったことに対して」
「何の脈絡もない変態的な話だなそりゃあ。いや、前人未踏と言ってもいい!」
いきなり何を言い出すかと思えば、彼女はとても健全な女子高生とは思えない……爆弾発言をかましてきた。
もしかして変態病でも発現したか?
ハツゲン、違いで。
「別に何の脈絡もないわけじゃないわ。いま、私が読んでいるこの本の一節にそう書いてあったのよ」
「どういう小説だよ」
「カンノウ小説」
「官能小説? そりゃあ、そりゃあ。学校でそんな聖書を読むなんて……いかがわしい」
「違うわ、それじゃない」
じゃあなんだよ。
「神の呪いって書いて、神呪小説」
「どんなジャンルだよ!」
僕には、わけがわからないよ。
というか、そのジャンルはとても気になる。
「で、何の話だったかしら……」
「そうそう、僕が……セツナギ、あんたに決闘を挑むっていう話だったよ! 最も一瞬で拒否されたけどね」
「拒否したのは、あなたが卑怯な手を使ったからよ」
「卑怯な手? なんだそりゃあ」
「あなたが私を見つめる時の、その……」
もしかして。
「もしかして、卑猥な眼って言いたいのか? ならばごめん、言わせてくれ。『僕のことをなんだと思っているんだ』、それに『卑怯な手と、最初の文字が合っているだけで、それ以外は全然かすりもしてねえよ』──」
言葉の羅列。
僕が並べたクールな理論に対して反論があるのか、彼女は読んでいた最中の本を閉じ、名前を呼ぶ。
「徒京クン、私はあなたに反論があるわ」
「別にいいけど、感情論を物差しにするなよ? ──僕に反論するつもりなら、具体的な反例を持ってきてくれ」
「あるわ」
「じゃあ、何に対しての反論だよ?」
そこで初めて、僕は彼女の瞳を覗いた。
とはいっても、それはあくまでも比喩表現であって……数分ぶりに、眼を見たというべきなんだろうけれど。
取り敢えず、僕は……部室に、乱雑に置かれたテーブルに頬杖をついて、彼女を一瞥したのだ。
「あなた、キモチわるいわ」
「っってゴリゴリの感情論じゃないか! というか反論じゃなくて、それじゃただの論でございます! なんだったんだ、さっきまでのフリは」
「勘違いしないでもらえる? これは全然、感情論なんかじゃないわ。──まず最初に、あなたって瘦せすぎてると思うの。女子高生の私よりも瘦せていて、ムカツくわ」
「うん、その理論のどこに感情論以外があるのか気になるな、僕は」
すると。
「えっ、意外だわ……。まさかあなた程の人間が、コレに隠された理論を理解出来ないなんて」
「イガイ違いだな!」
「ほら徒京クン、叫んでないで……感情論を抜き取って、私が言った理論を理解してみて」
眼を見開いて驚く少女は、僕にそう諭してくる。
なんだよ。
感情論を抜き取って、って。
どういう意味だろうか。
「ほら、凄いでしょう?」
「なんだ。何がなんだか、さっぱりなんだが……」
「ほら、全部──徒京クンへの、ただの悪口になった」
「……ほら、じゃねえよ! はいはい、真面目に考察した僕が馬鹿でした」
コイツは、隙あらば僕のことを罵倒してくる。
それに関しては、本当に勘弁してもらいたい。
「はあ、ったく」
一息ついて。
「で、だよ。──最初の話に戻させてもらうけどさ」
気まずい静寂が一瞬、この部室に流れ出したことをいち早く察知した僕は──、話題を振り出しへと戻した。
開いた窓口から降り注ぐ風は、とても穏やかで温かいものなのだが。まるで彼女は凍り付いている。
「何回も言うけどさ、僕はあんたと勝負したいんだよ」
「勝負って言われても……私、あなたに何かした? ただ授業中に寝ている君を圧倒的な暴力で起こしたり、理不尽に殴りつけようとしたり、そんなことぐらいしかしてないのに──?」
「滅茶苦茶してるし、もしそれで自覚がないのなら……ちょっと一回、僕に殴らせてくれ、あんたを」
僕は男女平等主義者だ。
相手が誰だろうが、殴るぜ?
「いたいけな女の子に暴力をふるうなんて、あなた最低ね」
「お前が僕にしでかした数々に比べたら、──最低じゃないと思うんだ」
「裁定を下すわ」
「再訂を求める」
「その再訂の使い方は、まるで最低だわ。使い方が間違っているもの」
彼女が補足する。
『再び訂正することを、再訂という』のだと。
一回目の訂正をしていない僕は、とんでもなく、間違えているらしい──。
「そんなことより!」
「より?」
「そんなことより……、勝負だセツナギ。『しりとり』で」
「しりとり? あの、各国の首脳さえ愛し、戦いの決着を決めるとしたら、ソレでしか決まらないと言われた──?」
「言われてねえそんなことは! ……いや、知らないが」
そんな話聞いたことないぞ。
「ともかく」
彼女が僕の眉間方向へと指を差して、凛とした顔つきのまま述べた。
「今は部活中よ? 遊びは禁物」
「……しりとりは、お遊びじゃない」
「お遊び、よ」
「れっきとした、遊戯だよ。ほら、それにココは創作を目的とした……創作部だろ? 創作するなら、語彙力をあげる必要があるだろ?」
文学を相手にする部活動。
文字を相手に、一対一で戦う部活である創作部。
そんな部活に入っているのなら、文字に強くなきゃならないのは、当然といえる、筋の通ったことだ。
そう、僕たちは──。
語彙力や表現力がなくてはならないだろう。
文字を相手にするのならば、それらは必要不可欠。
赤ちゃんが、立派な創作を出来るというのか?
……あくまでもそれは極論だが。
語彙力や表現力。
それらを含めた知識というのは、とても大事なものである。
たとえどんなに優れた思考力を持っていようが、前提、土台である知識を持っていなかったら、その全ての思考は間違っているのだから。
最も、その大事な知識というものも──正しいモノでなければ、大した意味を持たないのだけれど。
「しりとりっていうのは、そう、いわば語彙力の交換大会だ」
「へえ、言うようになったじゃない」
「僕はいつでも、いつだって言うときは言う男さ」
そして、続ける。
「だから、言わば『しりとり』をするっていうことは、部活動の一環と捉えることが出来る」
そうだろう?
ええ、そうだとも。
「”だから”、ここで一つ勝負をしようセツナギ。『しりとり』、という形でね」
「───ま、いいわ。のってあげる」
フっ、馬鹿め!
僕はしりとりが、幼い頃からの大好物なんだよ。
もちろん、勝てる。
勝てる──!!
だから僕はこの時、因縁のある彼女に対して、初めての勝利を確信したのだった。
「じゃあ、早速やろう。しりとりの、『り』から」
「リンゴ」
「ゴリラ!」
「ラッパ」
「パンツ!」
こうして人気のない。
というか二人しかいない、狭すぎる創作部の部室で勝負が始まった。やはりいくらセツナギといえど、最初は『リンゴ』といった王道の返しをしてくる。
予想していたことだが、これだと勝負が長引きそうである。
「罪を憎んで人を憎まず」
「ずるくないかソレ!?」
「零落」
「クロ」
途中で文章が入ったな──。
そう思いつつ、夕陽の中で僕たちは勝負を続ける。
「ローカル」
「ル○パッパ」
「パロディはやめなさい」
「いやいや、これはただのポ○モンだよ」
しりとりって、文でも問題ないのだろうか?
いや、問題あると思う。
「妖怪ウ○ッチ」
「違う! それじゃない!」
なあ、おかしくないか。
「色々と困ったものね……」
「ネットワーク」
「苦しい」
「痛み」
「皆殺し」
「死ぬ!?」
物騒だ。
──とても、物騒だ。
というか、『しりとり』っていうのはかなり淡泊なものだった。いや……、この勝負を提案したのは僕側なんだけどさ。
思ったよりも普通過ぎて。
長続きしそうで、つまらなかった。
これだと、飽きちゃって僕が負け───いや、そんなことは考えるな。
「塗り絵」
しかし、セツナギは普通に。
そう続けていく。
「映画」
「外国語」
「語呂合わせ」
「成功」
果たして……僕が勝つ、という作戦は成功するだろうかね。
そう思った時、丁度だった。
「ウルトラ」
「ライオン」
……彼女は、ンの付く言葉を述べたのである。
何の冗談かと思って、僕は彼女の瞳を見た。
「おいおい、ンがついてるぜセツナギ。お前の負けだな」
「……? 何を言っているの?」
「は?」
しかしどうやら、彼女と僕の言葉が食い違っていて。
すっとぼけたわけではない。本当に理解していなかったような、啞然とした表情を……馬頭少女は僕に見せた。
「別にん、が付いたらダメなんて……言ってないでしょう?」
「お前さ──しりとりの、基本的なルールを知らないのか? ん、を付いたらダメなんだぜ?」
「何を言っているのかしら。私とあなたでしりとりをする時に、『普通のしりとり』をするなんて……一言も言ってなかったけれど」
───くそう。
なんていう反論だろうか。
小学生の常套句『何時何分、地球が何回回ったとき?』と同レベルの屁理屈である。まあ僕もその手の屁理屈は大好物だから、人のコトは言えないんだけどな──。
だが、今は真剣勝負中だ。
決して許せるものではない!
「僕は言ったね、お前に聞こえないぐらい小声で……普通のしりとりをするぞ! と言った!」
「暴論だわ」
「暴論でも構わない!」
「じゃあ、こう言ってあげる。『普通』っていう抽象的な言葉は、表す範囲が広すぎるの。だからあなたにとっての普通は、私にとって普通ではないかもしれない」
つまるところ。
「つまり?」
「つまり、そう。私にとっての、『普通であるしりとり』っていうのは、語尾にんが付いても構わないっていうルール」
「なんてヤツだ……」
まずい。
反論が出てこないぜ。
まずい。
このままだと負けるぜ。
「じゃあ聞くが」
じゃあ聞くけどさ。
「お前のその、普通であるしりとり──は、どうやった終わるんだよ。語尾にんが付いても終わらないのなら、どうやって勝ち負けをつけるんだよ」
「そりゃあ、どちらかが続行不可能になって朽ち果てたら、終わりでしょう」
「デスゲームかな」
どちらかが続行不可能になるぐらい朽ち果てる──つまり、片方が死んだら。
そのしりとりの勝敗は決定するということだろう。
「かな? じゃなくて、紛れもないデスゲームよ」
「全然普通じゃねえぞ! この異端者め」
「異端と言われて、私の心は痛んでいるわ」
「やかましいわ!」
金色ツインテールを翻して、嘲笑する少女。
「まあ、け○き坂なあなたには、分からないでしょうけどね」
「なんだよそれ。アイドルへのネガキャン? というか僕は……緋色坂徒京だ」
「まあ、それはともかく。貴方はそんな事も理解出来ない程度の、低脳ってことよ」
「はあ、そうかいそうかい」
こりゃ、ダメだな。
話が、かなりズラされてしまった。
とんでもない屁理屈によって。
「……いいよ、僕の負けでさ」
「へえ、負けを認めるなんて珍しい」
「完敗だよ、その屁理屈にな」
「へえ、じゃあ完敗記念に乾杯する?」
健気にも屈託のない笑顔で彼女は、僕を煽っていく。
「そんなことしないわ!」
僕は自分が今まで寄りかかっていたパイプ椅子に、更に寄りかかって大きなため息を漏らした。
僕の負けである。
やれやれ、”また”負けた。
「で、これで。僕の何勝何敗だ?」
「ゼロ勝百七十三敗ぐらいかしら」
「っ──終わりだな、ボク」
「そうね。紛うことなき最弱。最弱にして歴戦の陰キャ」
「……遠回りに僕のことをバカにするなよ。歴戦の陰キャって、なんだよ」
「あなたが、二年生のクラス替え初日。自己紹介で言い放った痛いコトバよ」
ああ。
そういえば、そうだったかもしれない。
今から一か月前。
まだ僕が──帰宅部だった頃のはなし。
新しい春が来て、四月。クラス替えがあって、それぞれみんなで自己紹介しようとなった時に……僕が言った言葉が、確かにソレだった。
『え、あ……ーー。初めましての人は、初めまして。歴戦の陰キャです、あはは──。緋色坂徒京って言います。あ、あと……絡まないで下さい、よろしく』
そんな痛い言葉を漏らしてしまった覚えが、僕にはあったのだ。
直近の出来事だが、それが黒歴史入りしてしまった事は言うまでもないことだろう。
「余計なお世話だし、傷をえぐるな。僕の心の傷を」
「あの時の貴方は病的なまでに、病んでいたし……仕方がないと思うけれど」
「はっ、そりゃどうもどうも──」
そうだろうか?
そうだろうな。
僕でも、一か月の自分は死んでいたと思う。
「友達もおらず、部活にも入っておらず、コミュニケーション能力は多少あるとはいっても、その性格のせいで……人との会話は続かず。そして何より、陰キャ。アニメが大好きで、空気の読むことが嫌いな。
それで情緒不安定な──最悪の男」
なあ。
「緋色坂徒京について紹介しなくてもいいから──っ、というかこんな与太話。誰も聞いてないからっ!」
「じゃあいいんじゃない?」
「自分で聞いていると、恥ずかしくなるんだよっ!」
まるで。
僕が中学二年生の頃に紡いでいた──”設定資料集”を、成長した今見てみる時の心境である。
痛いぜ、こりゃあよ!
想像豊かな妄想をいま見たら、すぐさま想像出来ない大きな感情が僕を襲うだろう。
もちろん、ネガティブな感情が。
「まるで、中二病時代に書いていた設定資料集を見てしまった時みたいに?」
「──お前は僕の心を読む、メンタリストか何かか!?」
「そうよ」
「そうなのかよ!」
「ウソよ」
そう⇔うそ。
「…………」
流石は創作部員である。
言葉遊びが好きなようで。
この部活に入れば──、言葉遊びには事欠かないね。
「あぁ、くそう。更に完敗だ」
創作部員としての格も、僕は彼女に負けているっていうワケか。
「ああ、こりゃダメだ──」
「そりゃダメでしょうね」
「もうお前に勝てるビジョンが、僕には浮かばない……」
「ま、良かったんじゃない?」
「何がだよ」
「私に勝てないことはともかく、この部活に入れたことは」
「…………そうかねえ」
いつの間にか読者を再開している彼女は、本に視線を落としつつ僕に言う。
「貝絵先生に感謝なさい。普通は二年生から部活動とか、入れないわよ。
貝絵先生の温情で──貴方は今、生きている。友達おらずのボッチ文学少年が、ちょうどぽつんとあった創作部に入れさせてもらえたのは、貝絵先生のおかげよ」
確かに。
それは間違いない。
貝絵先生。
いわゆる、一年生……、そして二年生になりたての四月に僕がかなりお世話になった。いわゆる恩師というヤツである。
詳しいことは省くけれど、そう、かなり彼女にはお世話になったのである。
四月に起きた出来事を説明しよう。
「まあ、貝絵先生にはお世話になったさ。そしてこれからも、そうなるだろう」
「……そうね、そうなるでしょうね」
「思い出せば嫌な記憶ばかりだがな。一か月、四月。──この部活に入るキッカケになった、お前との勝負」
四月。
僕は──、陰キャであったのだが、人に対して臆病であったのだが、どこか心の中では……物凄い自己愛好家であったのだ。
自信満々。声には出さないけれど、常に心の中では相手を見下して、揚げ足取り、自分を肯定する。
そんなクソみたいな人間だったのだ。
ところが、四月の……自己紹介が終わったあと。
国語教師の貝絵先生は、なんでか僕にこう言ってきたのである。
『ようナルシスト。お前のその人を見下す癖は……治した方がいいと、私は思うぜ? それじゃ社会に出てから生きづらいだろう。提案だ。いやっ、強制だな。──お前のナルシスト癖を破壊するために、お前の得意な分野──文学。
創作部に入って、アイツに、ボコボコに、してもらってこい』
そんな命令。
どうやら、高校二年生にもなってナルシスト過ぎた僕は──、先生に心の中を見透かされていたらしい。
それも、いともたやすく。
それで、僕のナルシスト癖を解消し、健全な高校生活を送れるように──得意なジャンルであった『文学』で、上のヤツと勝負してこいという話になったのだ。創作部に入部して戦ってこい、と。
得意なジャンルを潰すことで、自分はまだ未熟者なんだと。
そう認識させ、ナルシスト癖を無くすためだろう。
……僕も最初は『部活動なんて入りたくない』『別に僕が勝つに決まっている。ナルシスト癖は治るわけがない』と抵抗していたのだが。
彼女が。
『じゃあ、アイツに勝ったら、即座に退部していい。それで良い』
という話に落ち着いて。
……そして、そしてそして。
今の五月に至る、というわけだ。
「そして、僕は──先生の言っていたアイツ。お前にボロ負けして、自分のナルシスト癖を見事に打ち砕かれたというわけだ」
「そうね。最初の貴方は傲慢にも程があったけれど、今はどうやら違うみたい」
「……歴戦の陰キャであることに変わりないのは、悲しいけどな」
「そうね、フフっ」
何がおかしいのか。
彼女はふと、笑って見せた。
「いつになったら、僕は──さ。神楽鐘雪凪。あんたに勝てるんだろうな」
「さあね、私は──たとえ貴方がどれだけ成長しようと、負けない自信があるわ」
「自信満々で結構なこと」
因みにだけど、創作部の部員数は僕を含めて、二人しかいない。
もう一人はもちろん、神楽鐘雪凪だ。
「そうよ、私はいつでも自信満々」
「はあ……僕がナルシストじゃなくなった代わりになんだ、お前がナルシストになっちまったのか?」
「いいえ、私は最初からナルシストよ」
毒を以て毒を制す。
ナルシストを以て、ナルシストを制す。
そう言わんばかりの、貝絵先生の策略が脳内を駆け巡った。
ああ。そういうことかよ。
「やれやれ、こりゃもう──無理だな」
僕は頭を抱えて、窓を一瞥した。
既に外は暁色に染まった夕焼け日和であり、見下ろせる町々は薄暗くなっている。そろそろ完全下校時間であろう。
「……あら、もう帰るの?」
「そうだとも。僕の家は、高校から絶妙に距離があるんだ。自転車で、一時間ぐらいだな」
「なるほどね」
「そう、だから今ぐらいから帰んなきゃ。お化けが出てきそうな夜間に自転車を走らせなきゃいけなくなるし、怖いから。早めに帰らせてもらうんだ。とはいっても、もうすぐで部活動も終わりだろ……時間的にさ」
僕はテーブルに置いていた、文房具やスマホなどが収納されている鞄を持ち上げ、立ち上がった。
「そうね、無駄なことをして今日の部活動は過ごしてしまったわ」
「──僕からしたら、ここから脱出するための、無駄なことじゃないんだがな」
「そうなの?」
セツナギは本を閉じて、帰り支度を始めている。
動きが早いやつだ。帰ると決まれば、すぐに帰ろうとする。即時行動タイプの金髪ツインテールさん。
そんな彼女に、僕はただ告げた。
「部活動なんてクソだ。僕は今でもそう思っているからな。面倒だし、友達なんて出来やしない……」
そう、部活なんてクソだと。
滅んでしまえばいいと。
僕は何の偽りもなく、盛りもなく、そう言ったのである。その言葉を、真正面から受け止める彼女。
「そうね、私たちは友達ではなく、ただの知り合いでもないのだし」
「いや、一応ただの知り合いではあると思うけどな! そこまでは言ってねえよ?」
「そうね」
そうなのかよ。
一瞬動揺してしまったぞ。
ちょっと悲しかったし。
「ともかく、僕はまだお前に勝つことを諦めてないぞ」
「受けて立つわ。まあ貴方程度じゃあ、相手にならないと思うけどね──」
僕と彼女の視線が交錯し、強い風が開いた窓から吹き抜けた。
僕の黒髪も、彼女の金髪ツインテールも。
どちらも、同時に揺れる。
暁の光が僕らを照らし、ゆらゆらと輝いていた。
風情のある。逢魔時だった。
厨二病が未だ治らない僕からすると、とんでもなく美しく、綺麗で、幻想的な状況。
そこで僕たちは言葉を交わす。
「ふん、言うじゃないか」
「そうでしょう? ……ああ、ソレと」
「なんだよ、こんな時に」
「さっきはあんな事言ったけれど。一応……私は貴方のことを、友達と思っているわよ?」
急に体を前のめりに近づけて、そう告白する金髪ツインテールに。
僕は思わず目がくらんだ。
ドキっ、としたのである。
「ぐっ!」
胸を抑えて、膝をつく。
「よし、また私の勝ちね」
──彼女のちょっとした言葉で、動揺してしまった自分が憎い。こんなラブコメみたいな展開、あるわけないというのに。
僕は彼女を微かに睨むように見上げた。
悔しいように。
そして、次は勝ってやると思いつつ。
「……僕の負け、だな」
このように。
文学少年である僕は、
罵倒少女であるセツナギに勝てない。
それは未だ不変の事実である。
例えどれだけ焦がれようとも、僕程度の才能じゃ彼女に届きはしないのである。緋色坂徒京は、神楽鐘雪凪に勝利することは出来ないのである。
そうして、普遍的な、いつものような何気ない日常が過ぎていく。
今日とういう日も、敗者として。
僕は噛み締めて歩いて、幕を閉じるのだ。
「じゃあね、敗者」
この創作部の部室には。
ラブコメのような展開はなく。
メロドラマのような純愛はなく。
ただ、勝利と敗北が同じ数だけ刻まれている。
───あえて、僕のみじめさを表すためにもう一度言おう。
文学少年である僕は、罵倒少女であるセツナギに勝てない。
それは、"絶対的"な不変の事実である。
面白かったら、評価お願いします。
もしかすると続きをかくかもしれません。