純喫茶・Pierrot
カラン・コロン
ドアを開くと、香ばしい、豆を炒る香りがする。
真生は、『あ、またこの夢か』と思った。
コーヒーの匂いのする夢。
たまーに見るのだ。本当にたまに。
真生は別に特別コーヒーが好きなわけでも、もっと言うと飲んだことすらほとんど無いのだが、
真生の母が無類のコーヒー好きなので、コーヒーの香りは真生もとてもいい匂いだと思っていた。
だいたいこの香りがすると、母はクッキーかケーキを出してきて、おやつに一緒に食べてくれるのだ。
真生はそれがとても嬉しかった。
『トーイ、おはよう』
無口な髭のマスターが口を開いた。
挨拶はとても大切なことだから、どんなことがあっても、挨拶だけは絶対に欠かさないんだよ。
そう、前に話してくれたことがある。
『マスター、おはよう』
トーイはマスターのいるカウンター席のスツールに飛び乗った。
背が小さいので、こうしないとスツールに座れないのだ。
ボーン、ボーン、ボーン…
大きな大きな柱時計が鐘を鳴らして時を教えてくれている。
どうやら朝の10時らしかった。
柱時計の振り子は4つ、互い違いに揺れていて、その奥に、なぜか小さな小さな扉があるのだ。
大人は絶対に通れないだろうそのドアは、トーイのような小さな体の子供でさえ通れるかどうか怪しいものである。
多分、身を屈めて、四つ足でくぐり抜ければ、何とか通るような大きさの両開きのドアだった。
不思議そうに時計を見ているトーイに向かってマスターが言った。
『そういえば、隣のタイニーばあちゃんのところに、綺麗な女の子が遊びに来ていたよ』
マスターはガラスを優しく拭きながら言った。
『綺麗な女の子?』
トーイはマスターの顔を覗き込んだ。
この人が褒めるんだからきっと本当に綺麗なのだろう。
『あぁ、テサイラ…と言ったかな、タイニーばあちゃんの家に居候で、魔術の勉強をしに来ているらしい。あの婆さんにも親戚がいたみたいだよ。』
『しんせき???』
『あぁ、孫だとか…そんなこと言ってたかな』
トーイよりも少しだけお姉さんだったよ。
マスターは目を細めながら優しく言った。