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花街

まんじゅうとひと目千両。

作者: 秋の桜子

仙道アリマサ様主催

仙道企画その2 参加作品です

 ぐるりとお歯黒溝の真っ黒な水。吉原。くぐる大門。ここそこに、白粉と甘酸っぱい匂いとすえた匂いと、微かに錆びた鉄色の匂いが混ざり合っている。


 中の茶屋で産まれた娘あり。おしのと名をつけられ、ふた親から可愛がられる。赤子の時は母親がおぶい店に出て、手伝いが出来る年になると、赤い前掛け姿で、ちょこまかと盆を持ち、まんじゅうを売り、茶、甘酒を運ぶ孝行娘。


 肌が浅黒く父親譲りの団子っ鼻、愛想の良い醜女のおしの。




寿(ことぶき)楼に?」


 朝炊き上げた白飯を、湯漬けにする夜のお膳。佃煮と沢庵、嫁菜のお浸し、青魚の味噌漬け、それらを湯漬けでかっこんだあと、何処かの楼主に貰ったという、唐菓子を母親と摘みながら寛いでいた時、明日の仕込みを終えた父親から頼み事をされた、おしの。


「ああ、下女のひとりが、病で里に帰ったんだと。口入れ屋に頼んだそうなのだが、帯に短し襷に長し。突き出しが明日から始まるしな、人手が今すぐ欲しいんだと。お前なら誰もが顔なじみだし、何かと詳しいし、見つかるまでの間、来てほしいんだと。給金も弾むって話」


「突出しって、振り袖新造の初音!そうでしょ、おとっつぁん、船宿の茂吉じいさんから聞いたんだ。道中はるって」


 時々に来る、お客の顔を思い出すおしの。その中でもひときわ抜きんでた白い肌、鼻筋通った目鼻立ち、女のおしのでさえ、惚れ惚れと見てしまう彼女。


 赤い毛氈を掛けた式台に座り、しとやかに甘酒を口に運びながら、おしのとほろほろと言葉を交わす、大見世寿楼、振り袖新造の初音。禿の頃から一際目を引く容姿、諸芸事百般に抜きん出ていた彼女は、年を重ねるに連れ艷やかに花開いていきました。


(綺麗だよなぁ、先は天女様を通り過ぎ、弁天様だよ。元旦の夜明け色みたいで、見ていると、ほぅぅってなる、私みたいに、真っ黒けっけじゃないし。いっつも髪も着物もどっこも、ふんわりいい匂いしてて、ふぅんん)


 その姿を思い出し、ぽぅと赤らむおしの。父親に行くのか行かないのか?せっつかれ、我に返ります。


「んあ?行く!あ!まんじゅう持っていこ。そういえばうちのまんじゅう、食べてる所を見たことない」


「てやんでぇ!何れ筆頭花魁になる新造が、大口あけてまんじゅう食うわけねえだろ!」


 あんお人達は、雲や霞を喰ってるんだ。ウンウン、自分の言葉に頷く父親。


「そんなことない!おとっつぁんは滅多と店先に出ないけど、私は来るお客とこんなんでも、顔見知りなんだからね!」


 父親に似た丸い団子っ鼻がぴくぴく。


「私が居ない間、店の売り上げ落ちたら、それはおとっつぁんのせいよ!」


「はあ?」


「まんじゅう茶店の親父は、ヒゲモジャ親父、鬼ヶ島のオニ。お使いに来る禿達が怖がってるんだから!」


「だから剃れって言ってるのに、江戸の男は剃るものよ!野暮ったいったらありゃしない」


 母親が加勢に入りました。


「今から剃れば?剃刀持ってこようか」


「……、うう。野暮臭いのはじゅうじゅう承知のすけ、あ!ちょっと仕込み具合をみてくらぁ!」


 何故か髭にこだわりがある父親は、二人にやり込められ尻を絡げてその場を逃げ出しました。







 浅草寺の小僧がつく明けを知らせる鐘が鳴ります。泊り客が潔く帰る刻限。猪牙舟を走らせ帰るいなせな客、籠に乗り込む御高祖頭巾の旦那衆。中にはポツポツ、庭にて籠伏せされておりますが。使いっ走りが、取り立てに向かう算段をしております。



 ほこほこと蒸し上がったばかりのまんじゅうを、大きいのをみっつ程見繕うと、竹の皮に包んだおしの。前掛け手ぬぐいを包んだ風呂敷の上に、ちょこんと乗せると、行ってまいります。しおらしくふた親に頭を下げ、包みを抱え、まだ朝もやが漂う大通りに向かい出ていきました。


 大門迄、馴染みの見送りに出向いた女達が、物食わぬ天女から、飯を食う素の女の顔に戻り、ゆるりと歩いています。


「おや、おしの。どこにいくのかえ?」


「ちょっとお店の手伝いです」


「店にはいないのかい?」


「はい、しばらく」


 贔屓のお客達が、次々に声をかけ、それに応じているうちに未だ『廓言葉』が使われている、大見世『寿楼』へと辿り着いた彼女。入口近くを箒で清めていた下女に、取り次ぎを頼みました。



 狸顔の楼主と女狐顔の女将に挨拶をしたあと、台所へと向かったおしの。


「悪いねぇ、先に廊下を磨いておくれ」


 そう言われ、道具を持たされ仕事に向かったおしの。糠袋で擦り、磨き上げて行きます。ぱたんと閉じられた障子の向こうは、朝餉を終え、つかの間の眠りにつき始めた気配がひそりとしていました。



 女達が起きると昼見世の用意に忙しい各部屋。付け文が届けられます。ほくそ笑み、腹にていちもつ。さらりと返事を書く花魁。出入りの商人が揉み手で訪れ、女衒が顔を覗かせたり。バタバタと慌ただしい楼閣です。


 おしのは掃除を終えると、見世の間は引っ込んで台所を手伝い、帳場で縫い物をしたり。こまねずみのようにせっせと働きました。持ってきた、まんじゅうの事をすっかり忘れていた午後の下り、遅い昼食を出し終えた頃。


 おしのが朝磨いた廊下で、髪を下ろした姿の初音が、姉にあたる花魁から教えられた、外八文字の稽古の最中。


 首から上は家一軒、後光のごとく綺羅に飾る笄、簪、鼈甲の櫛。塗りの下駄をつっかけ、豪華絢爛な打ち掛け姿で練り歩く道中。


 両足先のつま先を内側に向けて八の字を描くように、下駄の裏を見せないよう、しゃなりしゃなりと歩きます。稽古の最中、おしのと出会う初音。


「あ、おしの、どうしなんし?」

「えと、女将さんにお手伝い頼まれて、あ!待ってて!ちょっと」


(ふぉあ、やっぱり稽古するのかぁ、そりゃそう、転びそうだよ)


 きょとんとする彼女にそう言うと、バタバタと忙しなく走らぬ様、気を使いつつ荷物を取りに行くおしの。包みを手に急いで戻ると、手渡します。


「これ、店のまんじゅう、最近来ないからお土産です。道中、頑張って下さい」

「わあ、嬉しい。甘い物嬉しい」

「うちのまんじゅう好きなの?」 


 渡された包みをその場で開くと、子どもの様な笑顔がこぼれた初音。綺麗に磨かれ淡い紅に染められた、初音の爪に見惚れるおしの。


「大好き、時々買ってきて貰ってこっそり、ひとりで食べる」

「店だと蒸したて食べれるのに?」

「ふふふ。恥ずかしい、あ!ちょっとこっちへ、きなし」


 口元を隠し色っぽく笑んだあと、何かを思いついた初音がおしのの袂を引っ張り、部屋のひとつへと誘います。からりと襖を開けると。


 クン、と焚き染められた伽羅の香りも清々しく、衣紋掛けにかけられた打ち掛けは、総刺繍の豪華な逸品。始めて間近で目にしたおしのは、娘らしく感嘆の声を上げました。


「わあ!打ち掛け。綺麗、凄い!スンスン……。なんて良い香り。ふぁぁ、茜音染めの牡丹に蝶々、綺麗、こんなに近くで初めて見た!」



 鮮やかな糸目の筋もくっきり、金糸銀糸、縫い取りの盛り上がり、裾からほのぼの染まる明けの空の様に広がる薄紅の色。伽羅の香りを逃すまいと、胸一杯吸い込むおしの。


「これを着て、頭飾って歩くんだぁ」

「そう、今から支度」

「本当に?あの、支度を見たい、のだけど」


 おかあさんにきいてみなんし。ぺたん、と畳の上に座り、包みを開く初音。


 コクコクと頷くおしの、帳場へと向かい女将に頼み込みました。無理言って来てもらったからね、と、座敷の隅に座らせてもらう許しを得ると、初音の元に戻ります。


「ふぅ、美味しかった、おしの。お茶淹れておくなんし」


 手土産のまんじゅうをぺろりと平らげた初音が、部屋で端然と座り彼女を待っていました。


(ふえっ!あのまんじゅう、一度に食べたよ!どこに入ったの?) 


「い、一度に、みな?食べた?」

「あい」


 小首を傾げ、おっとりと微笑む初音。


「は、入った?え?いまの間に」

「みっつだけ、平気、食べるのは、昔からはやいんす」


(はい?平気って、だけって。あ!だからこっそり。何時も何個食べてるのやら……)


 雲か霞を喰ってる様な、小さな花弁の唇をおっぴろげ?家に帰ったら、おとっつぁんに話さないと!団子っ鼻がピクピク動いたおしのでした。



 ジャカジャカジャカジャカジャカジャカ、ベベン!


 稽古をしている三味の音。


 髪結いに着物を着付ける男衆達が仕事を始めます。初音の姉である花魁、春日野も禿を連れ、様子を伺いに来ました。


 シュッシュと。絹ずれの音。ギヤマンの笄、銀の簪、前挿しが、時なに打ち合う涼やかな音が、チリチリと。何もかもが、この日の為に春日野花魁が用意した、一張羅。


 爪紅、白粉、ぽってり塗り重ねる紅は玉虫色で。


(ふぉぉ。天女の様だよ、天女様だ、綺麗、……)


 うっとりと見つめるおしの。そんな彼女の視線を感じたのか、支度を終え楼主と女将に挨拶をする為に部屋から出る時、


 にっこりと、ひと目千両の笑みをおしのに向けた初音。


「これ、勿体ない」


 笑みも銭と、花魁が妹をたしなめました。


「あい。まんじゅう、みっつのお礼」

「みっつ!あの大きいのをみっつ!」



 禿のひとりがびっくりして声をあげます。おしのの店のまんじゅうは、大きいことで有名なのです。


 サワサワ、サワサワ。華やぐ初音を取り巻く空気。

 ドキドキ、ドキドキ。これからを思い気が張る初音。

 ドキドキ、ドキドキ。突然の笑みに頬が朱に染まる、おしのです。


(おとっつぁんのまんじゅう、みっつ、ぺろりと食べた人には見えない!ほぉぉ、綺麗だなぁ)




 大行灯に灯りが点され、浮かび上がり、きらきらびな楼閣。夜見世を知らせる三味の音。傘持ち、錫杖、揃いの着物の禿の姿。店の前には人だかり。その中に、仕事を終えた彼女も最前列で陣取っています。


ジャラン!錫杖の音。天女が降りたと知らせる音。



 わぁぁ!歓声が上がりました。明日のかわら版に書かれるであろう、振り袖新造、初音の突き出しの始まり。


 玉虫色に光る紅も艷やかに、ツンと澄まし顔の初音。首から上は家一軒、ギヤマンの笄、銀の簪、鼈甲の櫛には飾り玉。絢爛豪華に着飾り、ズ、しゃなり。外八文字の塗りの下駄。


(この天女様、あのまんじゅうひと息にみっつ、食べたんだよ、相撲取りでも二個って言うまんじゅうだよ?ちくしょう、食べてる所を見たかったなぁ)


 うっとり見惚れながら、店の名物の、大きな大きなまんじゅうを、大口開けてこっそり頬張る初音の姿を、団子っ鼻をピクピクさせて、頭の隅っこでほわりと。


 醜女のおしのは思い描いておりました。


 終。

お読み頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 企画より拝読いたしました。 非常に雰囲気のある作品ですね。 あまり知識がない私にも色々と情景が浮かんできました。 しかし、セリフの数々は特徴的過ぎて最初読むの大変でした^^; ああ、お…
[良い点] 仙道アリマサ様の企画その2から拝読させていただきました。 相変わらずの吉原の描写のお見事さ。 そして、二人のヒロインがとても魅力的です。 とてつもなく美しいのに甘いもの大好きの魅力に地に足…
[良い点] おしのちゃんの可愛さがすごく心に残りました! もちろん初音さんの綺麗さと、まんじゅうをぺろっと食べてしまうギャップもすごく魅力的です! おしのちゃんの夜のお膳も美味しそうでした! ち…
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