サブタイって何?
1
父さん、母さん、お元気ですか?
僕とアカリは元気です。
僕達がアルベロを離れてから三時間程の時が流れました。
トラディの街というのはとてつもなくファンタジーな場所で、まるで夢の世界にいるかの様な、幻想的で広大な景色が広がっています。
色鮮やかな建物に、活気のある人々、色んな店が立ち並ぶ、まさに大都会と言っても過言ではない場所と言えるでしょう。
そんな大都会の真ん中で、僕達は屈強な兵士に為す術もなく捕らえられてしまいました。
こんな筈じゃ無かったのにな、ははっ。
でも安心してください。
僕の隣には頼れる仲間がいます。
お二方もよく知るアカリさんと、裏山で会ったレジスタさんです。
それではここで、お二人から一言づつ頂きたいと思います。
「大丈夫。すぐ出れる」
根拠は何もありません。
「私のせいなんです・・・うぅっ・・・」
使い物になりません。
こんな仲間達ですが、こっちはこっちで元気に楽しくやっていこうと思います。
それでは。
PS.助けて下さい。
「俺は無実だぁ!」
大都会の地下にある薄暗い牢屋の片隅で、無実を叫ぶ少年がいた。
誰を隠そう、俺の事である。
何故、こうなってしまったのかは今から一時間程前、トラディに着いた頃まで遡らなければなるまい。
2
「まずは、私の家にご招待しますね!」
レジスタは張り切っていた。
初めて友達を家に連れてきた子供の如く明るく元気に笑顔満点で張り切っていた。
「いや、出来れば街を見て歩きたいんだけど・・・」
なにせ初めて見る物ばかりが集う街だ。端から端まで順番に見て周りたいと思うのは至って普通の事だろう。
「さぁ、行きますよ!」
しかし、レジスタは俺達の腕を引っ張り、道行く人を掻き分けながら強引に進んでいく。
俺の言葉を右から左へと受け流したその姿に、数時間前に見た彼女の様に、狂乱じみた何かを感じて致し方なかった。
ぶっちゃけた話し、腕が千切れそうなぐらい痛い。
もう観光とかどうでも良いから早くレジスタの家に着いてくれ。
そんな俺の思いは、とある出来事で直ぐに変わることとなる。
「おっ!」
レジスタの巻き起こした風圧により、通行人の衣服が捲れ上がり可愛らしくデザインされた所謂パンチィーが俺の瞳にデカデカと映し出されたのだ。
なんたる幸運。これぞ至福。神の与えし幸福が今、俺の目に物凄い衝撃と激痛を与えてーーー。
「目がぁああああ!潰れてますぅううううううううううううう」
「見ちゃ、だめ」
アカリの可愛い指が俺の両目を潰した。
それと同時ーーー正確には潰された後なのだが、まぁ、大差無い時間差で自分の意思とは関係無く俺は尻餅をつく事となった。
自分だけを見といて欲しいという気持ちも分からなくはないが、ちょっと過激すぎやしませんかね?
「お前、大丈夫か?」
第一、普段アカリパンチィーを見せてくれないからアカリ一筋の俺でさえもつい目移りしちゃう訳で。
「おーい」
風が吹くと直ぐスカートを押さえちゃうアカリに俺はモヤモヤしちゃう訳で。
「駄目だわ、コイツ。聞いちゃいねーや」
でも、その見えそうで見えないもどかしさが心なしか好きな訳で。
「とどのつまり、俺はどんなアカリも好きなんだ」
「あーはいはい、そうですか」
ん?なんだコイツ・・・。
気付くとそこには見慣れない男がいた。中腰で俺を見下ろしながら、溜め息を吐くその男にどこか既視感を感じた。
物騒な事に男は腰に剣をぶら下げており、体には頑丈そうな鎧を身に纏っていた。
「あー、えーっと・・・お前達にはぁ、えー・・・なんだっけ?」
やたら歯切れの悪い喋り方をする男だ。
おそらく、こいつは馬鹿なのだろう、と、思う今日この頃であった。
「らぞ・・・」
裸族!?
「いや、違うな・・・あ、か、さーーー」
指を折りながら言葉を確認していく男に、アカリの横に立つ如何にも力自慢ですと言いたげな兵士が、
「ま、です先輩」
と小声で伝えた。
「あぁ、そうだ!魔女!魔女だよ魔女!」
魔女とはアカリの事だろうか?だが、それは間違いである。
「待ってくれたまえ、そこを行く男よ」
男の間違いを訂正すべく口を開いた俺に対して、どこからか「喋り方きもっ」という声が聞こえた。
それも一人では無い、二人の女の子の声をだ。
「あ?んだよ・・・折角思い出したんだから邪魔すんなよ」
「それは悪かった。だけど、お前は間違ってるんだ」
「はぁ?間違っちゃねーわ。魔女で合ってんだよバカが」
「いいや違うね。何故ならアカリは魔女ではなく、魔性の女だからだ!」
静寂。無音。先程まで聞こえていた周りの音さえも消えた。
「取り敢えず、お前らには魔女の疑いが掛けられてある。只今より、マリー王妃の名のもとに、魔女狩りの対象者として牢に連行する」
連行は別として、何故、無視をされたのか。
それが分からない。
「あと、パンツと胸見せてくれる女は大体がハニートラップだから気を付けろよ」
そして、今に至る。
「それで?」
「・・・」
「・・・」
俺の問い掛けに応える者はいない。
「えっ、なに?俺を無視するのが今の流行りなの?」
「・・・」
「・・・」
ここは地獄だ。例え違ったとしてもそれに近い何かである事に違いない。
はて、近い何かとは何だ?
地獄の入口的な所だろうか?
だとしたら、そこには門番的な奴がいるのか?
でかくて、凶暴で、鋭い牙を持つ凶獣的な奴が。
おっと、止めておこう。
これ以上は妄想が止まらなくなって眠れなくなるかもしれないからな。
兵士に出された食事をひたすら無言で食べていく少女達を見ながら、そんな事を思った昼下がり。
食事も終え、することも無く横になっていた俺は、ふと、レジスタの言葉を思い出していた。
「私のせいなんです」
それは、あの兵士が言っていた"魔女"とレジスタが何か関係があると言うことなのだろうか?
そう言えば、初めて会った時に黒魔術がどうたらって言ってたな。
「なぁ」
「・・・」
えー、まだ続いてるのそれ・・・。
「ふふ、ごめんなさい。反応が可愛かったから、つい」
表情を読み取ったのか、口元に手を当てレジスタは笑った。
アカリは相変わらず無言のままで、視線だけをこちらに向けている。
「あんまりしつこいと泣くよ?」
他の誰でもない、俺が。
「もうしません。それで、どうかしましたか?」
「山で会った時に、黒魔術って言ってたじゃん?」
「あー・・・私そんな事言ってました?」
言ってた。頭が狂ってる時にだが、確かに俺は聞いた。
「ーーーでもまぁ、知ってはいますね」
「じゃあ、黒魔術ってのは実在するって事か?」
「します」
そうか・・・俄には信じ難い話しだ。
レジスタの言うことが本当ならば、目を見えなくさせたり、寿命以外じゃ死ねなくさせたりできる力がこの世界には存在しているって事になる。
恐ろしい事だ。
それはつまり、戦になった時は相手の目を潰して動けなくさせ、こちらは切られても死なない不死身の兵士を作り出せるのだ。
「レジスタはーーー」
そいつと知り合いなのか?
そう聞きたいが、悲しい表情をする彼女を見ていたら言葉に詰まってしまい、口にする事が出来なかった。
「いや・・・何でもない」
「そうですか」
聞かなくても分かってしまった。
黒魔術を使う魔女というのは、レジスタの知り合いで間違いないだろう。
そして魔女狩り。
その名前からして、レジスタの知り合いは狩られてしまう。
そう、殺されてしまうのだ。
彼女もそれは分かっている。だからこそ、こんな悲しそうな顔をしているのだろう。
「・・・。俺は、同情は嫌いだ」
彼女は何も言わない。
と言うより「いきなり何語ってんだこいつ」と思い、唖然としている。
キョトンとしているのが何よりの証拠だ。
実際の所、俺自身も何でこんな嘘を言い出したのか分からないでいた。
ただ、魔女狩りによって危険な力を無くす為に国が動いているのなら、それはとても良い事だと思う。
平和の為に力を持たないというのは凄く合理的な事であり、平和には必要不可欠な考えだと思うんだ。
「だから、その・・・」
レジスタの知り合いが殺されるかもしれない事に関しては、何も思わないしそんな自分の気持ちが悪いとも思えない。
「もう、良いですよ」
彼女は首を横にふり、
「私も、ですから」
曇らせていた顔に笑顔を作り、続けた。
「私も同情は嫌いです」
俺は何も言えなかった。
だけど、もう、本当に、何と言うか・・・泣いてる人に、慰めの言葉ひとつ言えない自分の弱さが嫌になるよ。
「もう、いい?」
先程まで無言だったアカリが突然体を乗り出してきた。
なぜ、このタイミングで?と思ったが、言ってきたのが他でもないアカリだから許そうと思う。
「あ、あぁ。良いぞ」
「ん」
それじゃあ、とアカリは続ける。
「逃げよう」
「えっ」
そろそろ良い時間、と頷き、レジスタの肩に手を置くアカリ。
「不本意だけど助けてあげる。あなたのーーー」
アカリの言葉にレジスタは顔を上げた。
二人は何度か言葉を交わしてから立ち上がり、俺の方を見た。
二人の会話は小声で聞き取れなかったが、袖で涙を拭き眼に力を入れた姿を見る限り、レジスタにとって悪い言葉ではなかったようだ。
「行こう」
「行きましょう」
差し出された二人の手を取り立ち上がる。
全くもって頭から疑問符が取れないんだが。
もう、何が何だか分からないがこれだけは教えてくれ、二人共ーーー。
「ど、どうやって?」
3
トラディ城・休憩所。
そこには二人の男がいた。
荒い言葉遣いのシジーロとその後輩、牢の監視者の一人グレイブ。
彼達は本日の明朝、騎士団長より与えられた仕事を終えて、交代の兵士がくるのをのんびりと過ごし待っていた。
「俺も段々と上に近付いてきてんな」
そう語るは、シジーロ。人類最強と言われる騎士団長ウーノに助けられゴロツキから兵士へとジョブチェンジし、今やウーノ直下の騎士にまでなった男。
剣の腕では他の騎士には及ばないが、ゴロツキ時代に培った喧嘩のノウハウを生かした一対一での戦いに置いてはウーノ以外の騎士に負け無しの実力を持つ。
そんな彼の戦い方に「卑怯者」「騎士道精神の欠片もない」と周りは遺憾の意を示している。
「団長になる日も近いっスね」
「近くにはいけるな、こりゃ。なんせ、魔女狩り関係はすげーらしいからな」
「すげーんスか」
「一気に評価されるってウーノさんが言ってたな。何でも、あのババァがやたら魔女にご執心なんだとよ」
「マリー様はまだ若いんスから、ババァ呼ばわりは酷いっスよ」
止める素振りを見せるも、グレイブの口元からは笑いが溢れている。
そんなグレイブに、終始にやけ面のシジーロは掌を横に振り応えた。
「良いんだよあんな傲慢女。旦那が死んでからヤりたい放題の糞女じゃねーか。ウーノさんが居なきゃこんな国さっさと逃げてるわ」
黄金の国トラディ王妃、マリー。
彼女は数年前に王が亡くなり空室となった王座を手にしてからは、国民の国民による自分の為の国作りをモットーに自分勝手な態度で国を支配し続けてきた。
彼女が魔女狩りを始めたのも、その時からである。
最初の被害者は、年端も行かぬ少女とその母親であった。
マリー直々に魔女と断言された二人は、民が集まる街の中心で火炙りによる公開処刑をされた。
しかし、二人は魔女では無いという情報も出ている。
ある民は言った。
「彼女達は貧乏だった」
ある民は言った。
「少女は配達の仕事をしていた」
ある民は言った。
「少女は大きな箱を持っていたんだ」
ある民は言った。
「少女は躓き誰かに当たった」
ある民は言った。
「少女は兵士に捕らわれてしまった」
少女の母親は言った。
「魔女はあの女の方よ!」
マリーは言った。
「そう、貴女も魔女になりたいのねぇ?」
魔女狩りとはマリーの腹いせだとも言われている。
「まっ、逆らわなけりゃこっちに被害はねーし、テキトーに媚び売っときゃ良いだろ」
シジーロは背凭れにベッタリと背中を付け、大きな欠伸をひとつ。
目を擦り、ボヤけた視界のまま、ふと、グレイブの腰に目を向けると、そこに在る筈の物が無くなっている事に気がついた。
「あん?お前、鍵はどうした?」
「え?鍵ならここにーーー」
シジーロに言われ、いつも牢屋の鍵をぶら下げていた腰の辺りをまさぐるグレイブ。
しかし、そこには何も無く、ただ自分の腰を叩くだけとなった。
「あれ・・・?どっかに置いてきたんスかね?」
能天気に笑うグレイブとは裏腹に、シジーロの顔は一気に青冷めていっているのが伺える。
嫌な予感がする。
シジーロは今まで、自分の直角を信じて命に関わる様な危険な状況を幾つも乗り越えてきただけに、この時感じた予感を少しも疑ったりはしなかった。
下手したら自分の出世が遠退いちまう・・・。
いや、それならまだましだ。
あのババァの事だ・・・最悪、俺が魔女にされちまうかもしれねぇ。
「お前はーーー」
その時であった。
休憩所のドアが勢い良く開き放たれ、息を切らしながら一人の兵士が入ってきた。
「先輩、大変です!」
嫌な予感が現実になろうとしている。
物凄いスピードで、誰にも止められない速さでシジーロに追い付いてくる。
「俺達は交代待ちなんだよ、他の奴に言え」
「ですが!」
グレイブの態度に対し舌打ちをしたシジーロは、無能な後輩を一発殴ってやろうと席を立つ。
「どうしました、先輩?」
拳を振り上げる。間抜け面で自分を見上げてくるコイツを殺す。
怒りに震えるシジーロの背後から、新人の兵士は声を荒げて言った。
「貴方方の捕らえた三人と"カマ"が脱走したんです!!」
「・・・クソッ」
シジーロが呟いた後、
「はぁあああああああああああああ!?」
直ぐにグレイブが叫んだ。
その声には驚愕と当惑の調子がこめられていた。
そして、振り上げられた拳がグレイブの顔面を捉えたのは、それとほぼ同時であった。
4
一方その頃、川を流れるかの様に牢屋から脱獄した俺達は、城の物置小屋らしき場所に身を潜めていた。
牢屋からの脱獄。
それはまるで、計算され尽くされた脱走劇であった。
いや、実際は劇的でも脱走でも無く、普通に歩いて出ただけなのだから、それを脱走劇と呼ぶのはちょっと違うのかもしれない。
だって、アカリが兵士から牢屋の鍵を盗んでおり、それで鍵を開けて、歩いて牢屋から出ていった。
たったそれだけなのだから、劇的でも何でも無い事を理解して頂けるだろう。
ただひとつ。牢屋を出てから直ぐにアカリは「用事がある」と言い残し、一人で別の所へと行ってしまった。
残された俺達はと言うと、出口がどこにあるかが分からないので、ただひたすらに俺達を探し駆けずり回る兵士達から身を隠していた。
「どこに行けば出られるんだよ」
小声でレジスタに問い掛ける。
「知りませんよ。お城に入ったの初めてですし」
同じくレジスタは小声で応えた。
「ここに居たってその内捕まっちゃうだろ」
「そんなの分かってますよ!」
声の大きくなったレジスタの口をとっさに押さえ、俺はドアの向こう側に耳を傾けた。
幾つかの小さな足音と話し声が聞こえる。
音は次第に俺達のいる部屋へと近付き、通りすぎて行った。
どうやら、レジスタの声は聞こえていなかったみたいだ。
何とかしてこの部屋から出たいと、部屋を見渡すと、箱の積まれた先ーーー天井の近くに人ひとり入れそうな通路を見つけた。
鉄網で塞がれているがそれさえ取れれば中に入る事が出来るだろう。
とにかく今は、兵士の彷徨く廊下を進み出口を探すより捕まらない方が先決だ。
「取り敢えず、足音が聞こえなくなったらあそこから移動しよう」
「んっ」
口を塞がれながらレジスタは頷いた。
と言うか、気のせいかもしれないけど、こいつ・・・俺の指舐めてないか?
暗闇の中、やたらと舌を動かすレジスタの頬が紅葉していた事を俺は知らない。
知りたくもない。