おっさんは、そして新たな伝説へ
20181212 更新しました。
※
おっさんは夢を見た。
この夢を見るのは二度目だった。
『ねぇ……あなた……』
懐かしい過去の記憶。
「お願いがあるの……」
おっさんの思い出の中で、ソニアは悲しそうな、でも強い笑みを浮かべていた。
「聞いて……くれるかな?」
おっさんは、その頼みに頷いた。
彼女が自分の死を悟っているのだとわかったから。
「あのね……」
自分の死を悟ったソニアがおっさんに伝えた願いを――彼は忘れていない。
そして――三つした約束のうち二つは、今もしっかりと守っている。
※
ゆさゆさ。
身体が揺られている。
なんだろう?
そんな疑問を感じた直後、
「おとさん……ねぇ、おきて」
リリスの声が聞こえて、おっさんは一瞬で覚醒した。
目を開くと直ぐに、不安そうな娘の姿が見えた。
「……どうしたんだ?」
「おかさんが……いないの」
おっさんは身体を起こして周囲を見回す。
家族で共に眠っていたベッドにソニアの姿はない。
朝食を作っているのかとも思ったが、それも違う。
(……まさか)
おっさんは最悪を想像した。
眠っている間に、ソニアが消えてしまったのではないかと。
「おとさん……おかさん……リリスをおいて、また、どこかいっちゃったの?」
リリスの言葉がおっさんの胸を揺らす。
おっさんが動揺を見せれば、この子はどれだけ不安に思うだろう。
そう思ったからこそ、おっさんは微笑んだ。
「大丈夫だ。
ソニアは、お母さんはリリスに黙っていなくなったりしない」
言いながらおっさんは娘を抱きかかえて、ベッドから立ち上がった。
『むにゃ? 勇者様……?』
どうやらカティのことも起こしてしまったようだ。
『ソニアがいないみたいなんだ』
『え!?
……う~ん――あ!? 大丈夫です。
少し離れた場所ですが、外にいらっしゃるみたいですよ』
『場所がわかるのか!?』
『はい。
ソニアさんは不思議な魔力を持っているかたなので……』
不思議な魔力?
おっさんは疑問を感じたが、
『なら直ぐに案内してくれ』
『はい!』
カティの案内で、おっさんはリリスと共に外に出た。
※
妖精に案内されてやってきたのは、自宅から少し歩けば辿り着ける森の中だ。
そこにソニアはたった一人で立っていた。
何をするわけでもなく、ただ――おっさんたちを待っているかのように。
「ソニア……」
「おかさん!」
おっさんの胸の中から飛び降りたリリスが、バタバタバタ――と、嬉々としてソニアに駆け寄っていく。
「あら……二人とも起きたのね」
ソニアはギュッとリリスを包み込み、優しく抱きしめる。
「もう見つかっちゃった」
言って、子供みたいな悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ソニア……どうしてこんなところに?」
「……あなたとリリスを待ってたの。
ここが私の生まれた場所だから……」
そしてソニアは俺に手を差し出した。
掌には丸い小さな宝石のようなものが載っている。
『そ、それは!?
魔生みのケネブが持っている、召喚の水晶!?』
どうやらカティには覚えがあるようだ。
『そうか……ソニアさんの異常な魔力は……その水晶のせいだったんですね』
妖精は勝手に何か納得している。
「これが私。
私は――この召喚の水晶から生まれたの」
おっさんの疑問に答えたのはソニアだ。
だが、妖精と妻――二人の言葉を、おっさんは理解することができなかった。
『どうしてケネブが持っているはずの魔生みの水晶が……――はっ!?
もしかして、あの時!?
勇者様、この家が魔物たちに囲まれた時がありましたよね!?』
少し前の話になるが……確かにそんな時があった。
おっさんは娘を守る為に聖剣の力を使い敵を一掃したのだ。
だが……あの時にケネブなどという魔物は……いや、そもそも一瞬で倒してしまった為、どんな敵がいたかも覚えていない。
だからこそ、召喚の水晶を持っていたモンスターがいてもおかしいことではないだろう。
「おかさん……?」
「召喚の水晶はね、願いを形にするの」
「ねがい……?」
「そう。
使用者の記憶を投影して理想を形作る。
リリスと……あなたがお願いしてくれたのよ、もう一度……私に会いたいって」
ソニアの視線がリリスからおっさんに移った。
彼女に会いたいと願わなかった日などない。
おっさんにとって、家族は宝物だったのだから。
「リリスね、おかさんにあいたかったよ」
リリスは、ソニアの話を理解しているわけではないのだろう。
だがその想いはずっと胸に抱いていた。
「ありがとう、リリス。
またリリスに会えて、お母さんもとっても嬉しかった」
言いながらソニアは娘の頭を撫でる。
それは慈愛に満ち溢れていた。
どこにでもある母と娘の触れ合い。
でも、それは本当はかけがえのないもので……。
「だけどごめんね。
お母さん、また……行かなくちゃいけないの」
「ぇ……どこに?」
「そこはここからすごく遠い場所なの」
「なら、リリスもおかさんといっしょにいく」
母と離れたくないのか、リリスはソニアをギュっと抱きしめた。
「そこにはリリスを連れていけないの」
「……どうして?」
リリスの質問に、ソニアは困ったように笑う。
「こっちでリリスがい~っぱい楽しくすごしてくれたら、きっとまた会える」
「おかさんと、いっしょがいい!」
「じゃあ、リリスはお父さんが一人ぼっちになっちゃってもいいの?」
「そ、それは……」
リリスの視線が俺に向く。
「お、おとさんも、いっしょにいくもん!」
「お父さんは来られないの。
お仕事もあるし、リルムちゃんやフェブルくん、ミランダ――この町にはい~っぱい、お父さんのお友達がいるから」
「でも……」
「お母さんと一緒に行くなら、リリスもみ~んなとお別れしなくちゃいけないの。
そんなの寂しいでしょ?」
優しく言い聞かせるようにソニアは言った。
だけど、
「でも――それじゃおかさんは、ひとりだよ?」
「ぇ……」
リリスの思いがけない一言。
それに俺もソニアも驚愕した。
「おかさんだって……ひとりはさみしいでしょ」
リリスは我儘を言っていたわけじゃない。
母が――ソニアがまた一人ぼっちになってしまう。
寂しい想いをしてしまうことが、リリスはイヤだったのだ。
「……優しいのね、リリスは。
でも……お母さんは寂しくなんてないわよ」
「どうして?」
「いつでもアンクルとリリスのことを想ってるから。
二人のことを考えてたら、寂しさなんて吹き飛んじゃう」
「おかさん……でも……」
言葉を詰まらせるリリスを、ソニアは優しく抱きしめる。
「リリス……お父さんのことお願いね。
とっても優しい人だけど……弱いところもある人だから」
「……おかさん……」
リリスは母の願いを聞き入れるよう頷いた。
大きな瞳にいっぱい涙を溜めながら。
きっと……少女もわかっているのだ。
これでまた、母親と長い別れになることを。
「アンクル……。
あの日にした約束、守ってくれていてありがとう」
「ああ」
俺とソニアがした約束は三つ。
一つは、
「あなたのお陰で、リリスはこんな素敵な子に育ってくれた」
リリスを立派に育て上げる。
まだ夢半ばではあるけれど、その願いをおっさんは必ず果たすだろう。
もう一つは、
「二人が笑顔で過ごしてくれていて、本当に嬉しかった」
父と娘――二人仲良く。
おっさんは誰よりも、娘に愛情を注いでいる。
だからこそ今は笑顔を絶やさない家庭になっている。
「でも……最後の約束は守ってくれないのね」
「無茶……言うなって」
最後の約束。
それは――
「『私の最後は笑顔で見送ってね』」
あの時と同じ笑顔を見せるソニアを見て、おっさんの目から涙が零れた。
ソニアの願いを叶えてやりたかった。
だけど、
「っ……ぐっ……」
誰よりも愛した――大切だった存在を失う辛さを、おっさんは知っているから、この悲しみに耐えることなんて、できなかったんだ。
「ごめんね、アンクル。
また辛い想いさせちゃった……だけど、私ね……本当に嬉しかったの。
あなたたちにまた、会えたこと……」
「俺もだ」
嬉しくないわけがない。
二度と会うことができないと思っていた最愛の妻に、また会えたのだから。
「愛してるわ……アンクル。
これからも――ずっと、永遠に……だけど、もしいい人がいたなら――」
その言葉が紡がれる前に、おっさんはソニアを抱きしめた。
「っ……」
「俺は、お前だけでいい」
「そっか……わたし……幸せ……だなぁ……」
ゆっくりとソニアの身体が透けていく。
「……アンクル、リリス……大好き」
「おかさん……」
おっさんとリリスを包み込むように、ソニアは抱擁した。
「……二人とも元気で、仲良くね。
短い時間だったけど私――」
本当に幸せだった。
そう言い残して……ソニアは姿を消していた。
残ったのは小さな水晶だけ。
「……っ」
おっさんは涙が止まらなかった。
愛する者を二度も失う悲しみ……それは想像を絶するほどに辛いもので――だけど、
「……おとさん、なくの、めっ」
「りり、す……」
「リリスね、おかさんと……やくそくしてたの」
それはおっさんが仕事に行った際に、母と娘がした約束。
「もしもね、おとさんがないてたら、リリスがめってね……ないちゃめってしてあげてって……リリスがいったら、おとさん、きっとだいじょうぶだからって……」
母を失い自分も悲しいはずなのに……。
気丈に振る舞う娘の姿におっさんはまた目頭が熱くなってしまって。
でも泣いている姿を見せるわけにはいかなくて、おっさんは娘を抱きしめた。
「……ごめんな、リリス。
もう、大丈夫だから」
「おとさん……おとさん……ぐすっ……」
悲しくないわけがない。
でも、二人は生きている。
いつまでも悲しんでいるわけにはいかない。
だから――泣くのは今だけだ。
おっさんは空を見上げる。
雲一つないはずなのに、爛々と輝く太陽がなぜかボヤけていた。
※
それから、大切な家族との別れを乗り越えた二人だったが。
『あの~……勇者様』
『なんだ?』
『感動の別れをされたところ……大変申し上げに行くのですが……』
パタパタと召喚の水晶に近寄り持ち上げる。
『はい』
そしておっさんに水晶を渡した。
『なんだ?』
『ソニアさんのことを想い描きながら、魔力を込めてみてください』
言われた通りにおっさんがすると――水晶がまばゆい光を放たった。
それは消えてしまったソニアを形作っていく。
「ぇ……」
おっさんの口から変な声が出た。
「おかさん!?」
「あら? ……あら? どうして……私……」
これにはリリスも、そして消えてしまったソニア自身も驚愕だった。
「おかさ~~~~~~~~ん!」
飛びつく娘を、ソニアは受け止める。
どうやら実体も間違いなくあるようだ。
「リリス!」
抱きしめ合う母娘。
愛情を伝え合うみたいに、互いの頬をすりすりしている。
『ど、どういうことだ?』
『ソニアさんも言っていましたが、召喚の水晶は願いを形作ります。
願いを叶えるエネルギーは魔力です。
だから勇者様やリリスちゃんが魔力を込めて願えば――この通りソニアさんは再召喚されます。
勿論……記憶の再現にはなってしまいますが……魔力を注ぎ続ける限り、ソニアさんが消えることはないんです』
マジで?
おっさんはもう何も言えなかった。
それどころか驚きすぎて、あんぐりと口を開いている。
「あなた……また来ちゃった」
「……そう、みたいだな」
これでいいのだろうか?
正直、おっさんは涙を返せとも思うが……いや、でも……こういうのも、こんな奇跡があっても、いいのだろう。
「私は……私であってソニアさんではないけれど――それでも、いいかしら?
こんな私を受け入れてくれるかしら?」
本物のソニアはいない。
でも、俺たちの記憶を引き継いでいる彼女は紛れもなくソニアそのものだから。
「今は……難しいことを考えるのはやめだ」
おっさんはソニアと、一緒に娘も抱きしめる。
三人の瞳からは涙が流れていたけれど、それは悲しみではなく再会の喜びから溢れ出たものだった。
※
これは樵のおっさんが、聖剣を抜いたからこそ起こった奇跡。
斧の代わりに聖剣を使い伐採を初め、貧民街の少女を救い、ドラゴンと友達になり、邪神を討伐して世界を破滅から救った。
のちに伝説として語り継がれることになる、世界でただ一人の樵勇者の物語。
「勇者様! 早く魔王を討伐に――」
「そんなことよりも、今日の食い扶持を稼ぐのが優先だ!」
「もう! またそんなこと言って! でも……勇者様が樵であった理由……カティにもわかった気がします……。邪神の大樹からこの世界を救う為だったのだとしたら……でも、そうなると……魔王を倒す勇者様はどこにいるんでしょう……?」
おっさんと聖剣の妖精と、大切な家族と仲間たち。
彼らの日々は、これからも続いていくだろう。
第二章完結です。
二章完結まで大変長らくお待たせしてしまって申し訳ありませんでした。
また書籍版を購入してくださった方は、当然お気づきかもしれませんが……書籍版は1巻打ち切りです。
応援してくださったのに本当に申し訳ありません。
作者の力不足を痛感します。
この物語はこれで一旦、完結させていただこうかと思っております。
もしまだおっさんたちの物語を見たいという読者様がいらっしゃいましたら、三章に取り掛かりたいと思います。
ただ……また完結まで時間がかかってしまう可能性が高い為、そこはご了承ください。
三章を書き始めましたら、必ず完結まで書かせていただきます。




