リルムの母
2月16日 1回目更新
今後、日が落ちた頃に貧民街の入口でリルムを待つこと。
護衛として家の近くまで送り届けること。
フェブルとそんな約束した後、再びおっさんたちはリルムの家に向かった。
「あそこが、あたしの家です!」
そして、ついに目的地に到着。
少女が指を向けたその建物は。
家というにはおざなりな、木材が適当に置かれて形作られただけの、家のようなものだった。
おっさんの身長くらいの高さしかなく、広さも成人した男であれば5人も入ればぎゅうぎゅうではないだろうか?
一応、扉のような板が付いている。
これは開くのだろうか?
そんなことをおっさんが考えていると。
「ししょう、すいません。
少しだけまっててください。
おかあさーん!
ただいまー!」
取っ手のない扉は押すだけで開いた。
リルムはそそくさと家の中に入っていく。
おっさんが来たことを母親に説明しているのかもしれない。
あの少女の母親に会う。
そう考えると、なんだかそわそわしてしまう。
『勇者様、落ち着きがないですよ。
ビビってるんですか?』
カティの言葉が頭に響く。
それにしても、失礼な妖精だった。
『相手方の親にご挨拶に行くっていうのは、緊張するもんなんだよ』
『結婚相手のご両親への挨拶じゃないんですから……』
『同じようなものだろ?
今まで弟子なんていたこともないからな。
なんとご挨拶すればいいか……』
『普通に、リルムちゃんに樵のあれこれを教えていますでいいじゃないですか』
いや、そもそもどうしてそうなったのか。
経緯とかも話す必要がある。
だがおっさんのしていることは普通ではない。
貧民街の子供を弟子に取るなど、正気の沙汰ではない。
そう思われてもおかしくない行為だ。
もし親御さんがリルムを本当に大切にしているのなら、おっさんに何か思惑があるのではないか。
そう疑うに違いない。
『勇者様はあれこれ考えるより、思ったことをそのまま言えばいいんですよ。
多分、そのほうがうまくいきます』
……なるほど。
一理ある。
上手くいくかはわからないが、確かにあれこれ考える必要はないのかもしれない。
嘘を吐くわけではないのだ。
あったことを正直に伝えよう。
おっさんはそう決めた。
考えが纏まった頃、
「ししょう、どうぞ。
入ってください」
リルムに呼ばれて、おっさんは家の中に入った。
「……あなたが、師匠さん……ですか?」
か細い声が聞こえた。
おっさんは視線を向ける。
ボロ切れのような布の上に横たわっていた女性が、身体を起こした。
「……リルムの……お母さんですか?」
「はい。
初めまして」
とても物腰柔らかな女性――おっさんはそんな印象を受けた。
なんだか貧民街出身とは思えない。
不思議と気品のようなものを感じる。
『とても……綺麗な方ですね』
妖精のカティから見ても、そう感じるようだ。
着ている服は薄汚れており、決して綺麗とは言えない。
女性自身も痩せ細り、裕福さというものとはかけ離れていることは一目でわかる。
それでも、おっさんは不思議とこの女性を美しいと感じていた。
「どうかされましたか?」
「あ、いや……すまん。
少し緊張していたみたいだ」
「ふふっ……私のような貧民街で暮らす女に緊張なんて。
師匠さんは面白い方ですね」
リルムの母は慎ましく笑う。
獣人たちの特徴であるふさふさの獣耳や尻尾がない。
種族は人間で間違いないようだ。
やはりリルムとは、血縁でないのだろう。
「さっきから、私の顔ばかりを見つめていらっしゃいますね?」
「はっ――す、すまん」
おっさんはまた謝っていた。
『勇者様、もしかしてこの女性にほの字ですか?』
妖精は今日もぶっちぎりでうざい。
そんな妖精を無視して。
「俺はアンクル・フレイル。
職業は樵をしてる」
「私はミーアです。
アンクルさんの職業については、リルムから聞いています。
本当に樵さんなんですね」
樵さん……なんていうほど、可愛い仕事ではないが。
「縁あってリルムの師匠になった」
「はい。
聞いています。
師匠はとっても凄いんだって。
最近はずっとそればかり」
「お、おかあさん……!
そ、そんなこといわなくていいよ……」
「あら?
恥ずかしがってるの?
可愛いわね、リルムったら」
頬を薄っすらと染めるリルム。
そんな娘を、ミーアは慈愛に満ちた眼差しで見つめた。
その瞳からは、親が子を見守る深い愛情を感じる。
二人は血縁関係こそないものの本当の親子なのだ。
おっさんには、それが直ぐにわかった。
『仲良し親子みたいですね。
なんだか私、ちょっと安心しました。
リルムちゃんのお母さん、とてもいい人みたいです』
ミーアはきっと、深い愛情を注いでリルムを育ててきたに違いない。
この貧民街でも負けないように。
それはしっかりと、リルムに伝わっているのだろう。
だからこんな状況の中でも、この少女はこれほどいい子に育ったのだ。
おっさんはここに来て、色々と聞きたいことがあった。
でも、もうそんなことはどうでも良くなっていた。
血の繋がりなど関係ないくらいに、二人は本当の親子だと思えたから。
「……ミーアさん」
「はい。
なんでしょうか?」
名前を呼ばれ、ミーアはおっさんに顔を向けた。
「今更で申し訳ないんだが……。
リルムを俺の弟子にしてもいいだろうか?」
「はい。
よろしくお願いします」
「え……そ、即答で、いいのか?」
「はい」
おっさんはここに来るまで、あれこれと悩んでいたのに。
あっという間に許可をもらってしまった。
「そ、そうか。
ダメだと断れる可能性も、考えていたのだが……」
「……アンクルさん。
私は相手が誰でも同じことを言ったわけではありません」
「うん?
どういう意味だ?」
「あなたの目を見て、あなたと話すことで。
アンクルさんが信じられる相手だと確信できました」
「そ、そうなのか?」
「はい。
こう見えて、私は人を見る目は確かなんですよ。
だからこそ……女二人で今まで生き抜いてこれたんですから」
ミーアの表情が一瞬、真剣なものに変わった。
人を見る目というのは生きる上で確かに必要なものだ。
それが貧民街となれば尚更。
「私は人の心がなんとなくわかるんです」
「人の心が……?」
「ししょう、ほんとうなんですよ!
おかあさんはすごいんです!
なんでもわかっちゃうんです。
わるいことをしても、ぜったいにバレちゃうんです!」
リルムはとても興奮していた。
しかし、
(……親であれば自分の子の嘘くらい見抜けるんじゃな――)
「今、アンクルさんは子供の心くらい大人なら見抜ける。
そう思われましたね?」
「……!?」
「当たりましたか?」
目を見開くおっさんを見て、ミーアは柔和に微笑む。
「驚いたな……」
『勇者様、ステータスを見てみたらどうですか?
リルムさんのお母さんの力は、技能のかもしれません』
カティがそんなことを言ってきた。
だが……あれは人の内情まで知ってしまう為、あまり使いたくない。
というのが、おっさんの本音だ。
だから敢えてステータスは見なかった。
どうしても必要な時があれば確認させてもらおう。
「私はアンクルさんを信じられます。
だから……どうか娘をよろしくお願いします」
深々と頭を下げるミーア。
「おかあさん……」
そしてリルムも一緒に俺に頭を下げた。
「二人とも顔を上げてくれ」
おっさんは、二人の気持ちを受け取った。
だから、
「ミーア、安心してくれ。
俺の弟子としてしっかりと育てる。
一人でも生きられるくらいの技術を身に付けさせる。
必ずな」
そう言ったおっさんの目を、ミーアはしっかりと見つめて。
「……やはりあなたは信じられるかたです。
リルム、しっかりと勉強させてもらうのよ」
「うん!
あたし、がんばるから!
それでね、たべもの、いーっぱいかえるようになるからね!」
「……うん。
きっと、リルムならできるわ」
ミーアがリルムの頭を撫でた。
優しい笑みを向けあう二人。
ふと、おっさんは懐かしい光景を思い出した。
おっさんの妻が……娘を見て優しい笑みを浮かべる姿を。
もしも……あいつが生きていたら。
そんなことを思って、おっさんは少しだけ切なくなっていた。
『勇者様……?』
カティが不思議そうにおっさんを見ていた。
それに気付き、おっさんは気を取り直す。
「……さて。
俺は挨拶も出来たし、俺はそろそろ行くよ。
それとこれは手土産だ。
二人で食べてくれ」
「あ……こんなに。
ありがとうございます。
お高いのでは……?」
「気にしないでくれ。
挨拶が遅れた詫びだ」
「……本当は私からご挨拶に行くべきあったのですが……。
こんな身体では動くのも容易ではなくて……」
痩せ細った身体。
一目で健康体ではないことはわかる。
「無理するな。
しっかり食べて元気になってくれ」
「……はい。
ありがとうございざます」
だが決してこの状況には悲観していない。
強い女性だ。
リルムは本当にいい人に育てられた。
この少女にとって本当に幸運なことだったろう。
おっさんは本当にそう思う。
『カティ、回復の魔法は病人に効果はあるか?』
『病気が治るかと言えばそうではありません。
回復魔法は元ある生命力を向上させて傷を治したりするものなので』
大きな効果はないか。
しかし、それでも何もしないよりはいい。
おっさんはそう思い、キュアを使った。
優しい光がミーアを包み込む。
「今の光は?
なんだか少しだけ温かくなったような?」
キュアの効果だろう。
少しでも元気になってもらえれば。
おっさんはそう願った。
それがリルムの為にもなる。
「それじゃあ、俺は帰るな。
また……近いうち挨拶に来てもいいか?」
決して軟派な発言ではない。
同情というと言葉は悪いが。
おっさんはこの家族が心配だったのだ。
「ええ。
お待ちしています。
リルム……アンクルさんを送ってあげて」
「うん!」
こうして、おっさんは家を出た。
「ししょう、きょうはありがとうございました」
「礼を言われるようなことじゃないよ。
リルム、明日は仕事じゃないからな。
遊びに行くんだ。
時間を間違えるなよ」
「は、はい!
よろしくお願いします!」
「おう!」
リルムの頭にポンと触れて、
「じゃあまた明日な!」
「またあしたです!」
おっさんは帰路に就いた。
振り返ると、リルムがおっさんに手を振っていた。
「ししょう、きをつけて~!」
眩しいくらいの笑顔で。
なんであんなに嬉しそうなんだろう。
そんな疑問が浮かぶくらいに。
リルム自身にしか、その理由はわからないが。
きっとそれは彼女の尊敬の念と、感謝の表れだったに違いない。




