83歩目「生まれ落ちる反抗の刃」
「死にたくない」
目の前の少女がそうつぶやいた瞬間に、世界は震えた。地龍自身可笑しな言い方だとは思うがそう表現するしかない、現にその衝撃波ともいうべきもので彼女に対して振り下ろした剣が波に流される小枝のごとく押し戻されたのだ。
今まで何度となく目の前の少女の姿が変わるのもみたため今更驚くほどでもない。今度の彼女の姿は先程座り込んでいた少女が成長したような黒髪の美女だ。革製の黒く露出度の高い防具に腰には二本のナイフ、見た目は盗賊系の軽戦士と言ったところだがさして鍛えられているようには見えない。唯一奇妙な所は緩く左右に結んだ髪の毛の丁度中央当たりが白髪になっており、この部分がまるで意志を持っているかのようにゆらゆら蠢いて見えることだ。
地龍は警戒しつつも、余裕を崩さず剣を構え直す。彼女能力の底は先程見えたはずだ、仮にこの姿が先ほどの赤い少女よりも強いというのならば出し惜しみする理由はない。勿論だからと言って油断するつもりもなかったが。
この場で一番彼女の姿を見て驚いていたのはマルスだ。
かつての円卓で彼女をの姿を見かけなかったこと自体に対してではない、この中ではマルスにしか、魂の魔王にしか感じ取ることのできない魂を見て驚愕していたのだ。
「(なんだこいつの魂は……赤たちとは性質が違い過ぎる)」
今までの三者の魂には、どこか主人格である木乃美と共通点というか似通った部分を見つけることができた。しかし目の前の女は姿は木乃美に近いのにもかかわらず、魂の形が大きく異なる。
あえて形で表現するのならば彼女が持っているナイフのような、何かを攻撃するための形だ。
「ねえ、オジサン。あたしを殺すの?」
一瞬地龍もそしてマルスも言葉の意味を理解できなかった。目の前の女は明日の天気を聞くような軽い口調で地龍に尋ねて来たのだ。
「そのつもりだ、お前を殺す。命乞いも懺悔も聞く耳持たぬ、弱い自分を悔いて死んでいけ」
「そっか、ふふ、うふふふ」
楽し気に笑う彼女に対して智龍は憐れみと不快感を露わにする。戦場では偶にいるのだ、恐怖のあまり可笑しくなってしまう者が。これもある意味弱さ、心の弱さゆえだと地龍は思っている。
「じゃあ殺される前に殺すね?あたしを殺そうとする者は殺す、言うやつは殺す、思うやつは殺す、将来言いそうなやつも思いそうなやつもみんな殺すね?」
瞬間相手が武器を抜いてたわけでもないのに、地龍は大きく後ろに飛びずさった。笑っていた女が突然殺気とも怒気ともとれる強烈な感情を噴出させたのだ。相手はその目を見開いて地龍を見つめただけだったが、地龍にはまるで数千の刃を目の前で構えられたようにすら感じた。今まで様々な境遇の相手から殺気を向けられたことがあるが、これほど強烈でかつ純粋な抵抗の意志は今まで感じたことがない。
「……貴女はいったい何者だ」
「おじさんが望んだ反抗の意志だよ?後悔してももう遅いから」
笑いながら女性はゆっくりと両腕でナイフを引き抜いた。
明日から戦闘!この話最後の戦闘になるかと思います。