8歩目「赤VSタイタス」
「この豪力タイタスを舐めるな!」
豪力タイタスと名乗る彼、もちろん偽名であるが、彼の故郷は長きにわたる戦争の最中にあった。技術レベルもそれほど高くはなく、剣と馬の技量がすべて。運が良ければその腕だけで食べていける世界で、農民の三男として戦争に徴収された彼は体がでかいだけの木偶の坊だった。
力はある、体格もある、戦いに臆さない度胸もあった。ただ彼には戦のセンスと何より武器と馬を扱う才能がなかった。それでも力押しである程度の戦果を挙げることは出来たが、出世につながるような活躍をするには技量が足りない。馬の速度を使った一撃離脱、遠距離から弓などの飛び道具を使った攻撃、彼は何度も傷を負った、他人なら致命傷になる傷を負い生死をさまよったことも少なくない。
彼がこの世界で得た能力は、単純な筋力増強能力である。単純ながら圧倒的な筋力から放たれる攻撃は単純故に生半可な技術では防ぐのは難しい。普通の人間はもちろん、戦闘技能を持たない英雄ですら、彼を止めるのは難しい、難しいはずなのだが。
タイタスが渾身の力を込めて振り下ろした両腕を赤い髪の女性は腕を掲げて受け止める。宿全体を揺るがすような一撃しかし、タイタスの顔に浮かんだのは驚愕だった。
「なに!?」
「いてて、ちょっと痺れたかな」
タイタスの一撃を赤い髪の女性は膝をつくことなく受け止める。さらに続くタイタスのラッシュ、筋力が強いということは引き戻す力も強いということ、高速で放たれる一撃を受け詰めることは、転がってきた巨大な岩を受け止めることに等しい威力。それを赤い髪の女性は一歩も引かずに両腕の小手、いや盾で受け止める。彼女の見た目は鍛えられてはいるが、山のような大男ですら今のタイタスの一撃を受け止めるのが精いっぱいだろう、暴力的な威力を連続で受け止められるような体格ではない。つまり彼女も英雄、それもタイタスと同じタイプの。
「貴様も筋力増強系か!」
「さあね、知っちゃこっちゃ―――」
怒声と共に放った渾身の一撃を、今まで受けるばかりだった女性が体を回して受け流す、そして回転の勢いのまま裏拳の要領で盾を叩きつける。
「―――ないよ!」
赤い髪の女性自身の力に、相手の一撃と回転の勢いを乗せたシールドバッシュ、タイタスが九の字に曲がりいともたやすく吹き飛んだ。
「野郎!」
「この!」
ここにきて、突然の出来事に呆然としていた暴漢の二人が動く。痩せた男が両腕で構えた物は二つの弩、そこから弩とは思えない連射が放たれる。
「くっ」
魔法で矢を補充しているのか、その弾幕は途切れることがない。赤い髪の女性の盾を貫通するほどの威力はないようだが、彼女は矢を防ぐのに精一杯になり足が止まる。
「汝は命無き焔の蛇、我が敵を悉く飲み込み、爆ぜよ!」
足を止めたところに魔法による攻撃、王国に普及している魔法の中で一般的な対人魔法の一つ『炎の蛇』火の魔法を秘めた蛇を相手に食らいつかせ爆発させる。矢を防ぐのに精いっぱいだった女性に防ぐ手立てはない。蛇が女性に巻き付爆発して爆煙があがる。
そして世界はまたブレる。
木乃美の世界に詳しい年配の者がいたら気づいたかもしれない。それがブラウン管の砂嵐によく似ていたことに。
「魔法は厄介ですね……まあそのあたりは知力でカバーいたしますが」
先ほどと同じ現象、今度は赤い髪ではなく、深い海のような色。
「其方が頭脳プレーで来るのでしたら、私も頭脳で対抗させていただきますね」
青髪の女史は知的に眼鏡を整えつつ微笑む。
初の戦闘シーン、そして最後の引き。
はいお気づきかと思いますが、もう一回続きます。