七歩目「ブレる世界」
外でする世間話の類ではない、そう感じたマハリは話をいったん中断し、宿に戻ってから話を聞くことにした。
木乃美の説明によると、それは身体的な傷や病気ではなく心の病だそうだ。マハリの故郷でも話にだけは聞いたことがある、急に性格が変わったり言動が変化したりする人間の話だ。医療機関から処方された薬で症状を緩和しているらしいが、持ち合わせが切れたとのこと。
「命にかかわる者じゃないのですけれど、皆さんにご迷惑をかけてしまいそうで」
「薬か……すまないね木乃美、力になってやれそうにない。お金の問題じゃないんだ、この国の医療関係の問題さ」
マハリは医療関係の専門家ではないが何が問題なのかを知っている、この国は魔法に頼り過ぎているのだ。
かつての民間医療法や治療術はその殆どが蔑ろにされ、即座の傷を回復する魔法や魔法薬ばかりが研究されている。対象を混乱させる毒や魔法に対抗するため精神を浄化する魔法も開発されているが、これはあくまで『正常な物に戻すだけ』。魔法の基準がどうなっているが定かではないが、木乃美のような複雑な状態を回復できるような魔法の心当たりは、マハリにはなかった。
「発展した技術の弊害か……この国以外ならどうなのだ?」
「それは何とも……隣の国としか交流はないうえに、帝国との関係は最悪、もう片方は主な種族が竜だからね、期待は出来ないよ。ただ帝国は科学の発展した国だからもしかしたら―――」
「ふざけるな!俺を誰だと思ってやがる!」
会話を怒声と悲鳴、破壊音が遮る。
「……ちょっと待ってな」
マハリはため息をついて二人に待っているよう言い席を立つ。
英雄は力を得る、しかし彼らは異邦人なのだ。故にルールを意識無意識関係なく破ったり、あるいは万能感に浸る者も少なくない。彼らもそんな者たちの一人だった。
かつての世界では、唯の狩人、唯の兵卒、唯の下っ端魔法使いに過ぎなかった彼らは、この世界に招かれたことで力を得てその力に酔っていた。
「未来の大英雄様に、その態度は何だ?いいから一番いい女と酒を出しやがれ」
「見てくれの一番いい娼館に来たというのにサービスの悪い」
「ひっひっひ」
彼らの得た力は、戦闘力に直結するものであったのも、彼らを冗長させた原因の一つだ。しかし彼らはまだ知らない、彼らもまた凡百の英雄の一人だということに。それゆえに彼らの中では自分たちこそが自由なこの世界の王だった。
「やめな!」
マハリの一喝がロビーに響き渡る、並大抵の相手を怯ませる彼女の一喝に彼らは予想外の方法で答えた。
「う、うるせ!」
筋力増加した怪力からの椅子の投擲、間一髪マハリが椅子をよけたその先には、様子を見ようと扉を開けた木乃美とマルスの姿があった。危険を知らせる隙も無い、椅子が木乃美に衝突しようとした瞬間。
世界がブレる。
椅子が何か硬質な物に弾かれバラバラになる。先ほどまで木乃美が、黒髪の学生服の少女が立っていた場所には燃えるような髪色の女戦士が立っていた。
「危ないな、黒が怪我したらどうするのさ!」
瞬間彼女の両手の小手が盾状に展開、そして踏み込む、まるで激しく燃え上がる炎のように。
無事一週間書き続けることができました。
そして物語もようやく進み始めました。
赤い女戦士は何者なのか?こうご期待……するほどでもないですかね?