6歩目「木乃美の問い」
正直な話、マハリは途方に暮れていた。彼女にとっては魔王だの人類の敵だのは彼女の理解を超えた話である。
魔王であることが良いことではないというのは理解できる。だがそれがどれくらい不味い自体なのかは分からない。下手をすれば彼女の宿の存続にかかわる。かと言って放り出す訳にもいかない、それは彼女のポリシーに反するからだ。結局結論を出す前に、フーリンの店を追い出されてしまった。
彼女曰く
「これ以上は関われないから」
だそうである。手持ちの金額を口止め料として渡してきたので、相手がこの金額を上回る金額を用意するか彼女の命が危険に晒されるまでは大丈夫だろう。
「それで?どうする?魔王じゃさすがに『勇者組合』に登録って訳にはいかないし、あ、木乃美の鑑定もしてもらうの忘れていたね」
「どうするも何も、俺も地味女もお前の所有物なのだろう?お前が決めればいい」
「あの……」
マルスの言う通り、どうするのか決めるのは自分でそして自分の性格上放り出す訳にもいかない。自分の宿で働かせる、能力については知らぬ存ぜぬで通すしかないだろう。
「まあ他のみんなと同様に宿で働いてもらうさ。給金は一日金貨一枚、仕事の内容にもよるけどチップなんかは自由にしていいよ。休暇も、歓楽街から外に出なければ取って構わないよ」
「では100日間働けば自分を買い戻すこともできるわけだな?」
「えっと……あの……」
マルスの指摘に、マハリは目を細める。給金を出すのは働いたからには報酬があるべきという彼女の拘りからなのだが、これを自分の解放に使おうと思い立つ者は意外と少ない。年齢に比べマルスは随分敏いと言うことを再確認させられる。
「いい所に目を付けるね、ただし物の金額を決めるのは売主だよ?一人金貨300、それであんたたちは自由だ。そのまま私のところで働き続けても構わないよ?部屋代と食事代を差っ引くから給金は下がるけどね」
「是非もない。それで?俺の仕事は何だ?」
「あの!」
自身の思考とマルスとの会話に夢中になっていて、ついつい木乃美のこと忘れてしまっていた。今までずいぶん大人しい子だとは思っていたが、やっと何かしらを主張してきたようだ。
「なんだい?心配しなくてもあんた達を追い出したり、嫌な仕事をやらせたりしないさ」
「いえそういうことではなくて、歓楽街にお医者さんはいますか?」
マハリは首をかしげる、一見すると木乃美に医者が必要だとは思えなかったからだ。
英雄は滅多に体調を崩さない、これはこの世界に適応する能力の副産物ゆえだ。常人が脱水症状あるいは凍傷を負いそうな過酷な環境で活動しようとも、英雄はある程度体調を保つ。
「医者が必要そうには見えないけど……どこか痛いのかい?」
「いえ、痛いというわけではないのですけれど」
マハリの前で、木乃美は何か迷うようなしぐさを見せた後、マハリの目を見つめてこう言った。
「DID(解離性同一性障害)という病気をご存知ですか?」
やっと話の肝が登場、名前だけですが。
流石に話が冗長すぎるような気もしてきました。
恐縮ですが、気長にお待ちください。