79歩目「恐怖をねじ伏せる」
『Side マルス』
前日、マルスは再び円卓を訪れていた。
円卓へと降り立ったマルスが小さく吐いた息が白に変わる。
「はぁ……ここの気温も変わるのだな」
「当然でしょう、外の世界の世界の影響が円卓を変える。だからこそ閉じていた扉が開くのよ」
誰にともなくつぶやいた一言を、中でも一番寒そうな格好をした闇が拾い上げた。
「他の連中は?」
「赤はご存じの通り戦闘不能、青は外に出過ぎたせいで疲れ切って寝ている、黄は特に寒いのが苦手だから部屋に籠っているわ。そして白は謹慎中、誰もいないのもかわいそうだからあたしが待っていてあげたのよ」
「緑はどうした?」
「あの子は怖いのが苦手だからね」
年齢が近いからかしらねと楽しそうに闇は首を傾げた。
マルスも寒い場所に留まるのは御免だったためさっさと要件を告げることにする。
「聞いておきたいことがある」
「答えるとは限らないけど? 特に今は寒いせいで機嫌が悪いから」
ワザとらしく体を震わせる闇をマルスは無視した。
「灰についてだ……あいつの持っている能力は何だ?」
「……見りゃ分かるでしょう?不死者特攻よ」
両手を胸の前でたらし闇は舌を出す。
「うらめしやーってね」
「飯屋なんぞはどうでもいい……俺もいい加減分かってきているんだ、衝動ってやつがそんなに甘くないことを」
マルスの言葉に闇の表情が固まる、次の瞬間闇は無表情にマルスに殺気をぶつけてきた。
「はっ? あたしたちの理解者にでもなったつもり? それに甘いわ全然甘い、アレが甘くないなんて言葉で済むわけないでしょうに」
「……いいから教えろ」
寒さと殺気とで体を震わせながらもマルスはじっと闇を見続ける。
しばらく睨み合っていた二人だったが最終的に闇が根負けしたかのように目をそらした。
「恐怖って何だと思う?」
「……怖いという感情だろう?」
「そうなんだけど……じゃあ恐怖を克服するには?」
「……向き合うしかないんじゃないか?」
突然マルスに問いだした闇の言葉にマルスの頭の中を疑問符が占領していく。
生返事のようなその答えに闇は小さくため息をついた。
「あたしは……あの子は……いえあたし『達』は考えたのよ。どうすればゾンビが怖くなくなるのか。どうすれば吸血鬼を信じなくて済むのか。どうすればクローゼットの先の闇から目をそらさずに済むのか。どうすれば古い井戸から何かが這い上がってくる妄執を払えるのか。でも答えを出すよりも早く『あの女』は新しい恐怖を見せ付けてくる。時には灰色、時には血の滴る色まで繊細に見える動画でね」
闇が吐き捨てた『あの女』と言う言葉にマルスは憎しみを感じた。
その女と言うのはきっと灰が生まれた原因なのだろう。
「だから……あの子は恐怖を消すために生まれた」
「どうやって消すんだ?」
闇はじっと扉を、灰の部屋の扉を見つめる。
「……目の前の恐怖以上の恐怖を持って。克服なんて生易しいものじゃなく、恐怖をねじ伏せるために彼女は生まれたのよ、あの子は」
・・・
一瞬にして場の支配者が変化した。
彼女が力を解き放った時マルスにはそう思えた。
それは物理的な何か、髪の毛や無数に生える腕ではなかった。
それは目に見えない何か、魔力や何かの能力の発露ではなかった。
ただ彼女は解き放っただけだ、彼女としての在り方を。
「これは……一体?」
今まで絶対的支配者かのようにふるまっていたシルバニアが怯えたように立ち上がった。
彼だけではない、灰とマルスを取り囲もうとしていた動く鎧たちも一様に一歩後退していた。
感情のない彼らが、まるで『何かを恐れる様に』。
「ふふふ……ふふふっ」
灰が笑うたびにその髪の毛が床を這うように伸びていく。
その髪の毛をリビングアーマーたちはじりじりと後退していく。
その動きは警戒しているというより完全に恐れている人間の動きのそれだった。
「ふふふ……ふふふ……ふふふふふふっ」
かすれた声で笑い続ける灰、伸び続ける髪の毛はついにシルバニアの足元にまで伸びようとしていた。
「……何をしている、行け!」
自身の眼前まではい寄ってくる髪の毛に対して後退してきたリビングアーマーの一体を、シルバニアが苛立った様子で蹴りだした。
背後から勢いよく蹴りだされたリビングアーマーは髪の毛の海に両手と両ひざをつく形で着地する。
その瞬間リビングアーマーの体が水に沈むかのように髪の毛の海に沈み始めた。
咄嗟に腕や足を引き抜こうとしても既に髪の毛に絡めとられている。
鎧の各部位を外して逃げようとするが、一か所外すうちに他の部位を髪の毛が絡みついていく。
1ミニも経たないうちに、リビングアーマーは髪の毛の海に沈んでいった。
どう見ても巨大な鎧が沈むスペースなどない髪の毛の中にだ。
「見ていて気持ちのいい光景じゃないな」
「大丈夫……貴方は例外だから」
思わず足を引き抜いて確認するマルスに対して、灰は笑い声を滲ませながら小さくつぶやいた。
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