3歩目「桃色の蜂蜜亭・面談」
「ふざけるな!俺がお前の所有物だと?」
取引から一夜明け、寝起き一番にここの主に会わせろと飛び込んできた少年に、事情を簡潔に説明した途端これだ。
驚く半面、これが普通のやつの反応だねとマハリはため息をつく。
「そうだよ、アンタは馬鹿な商人に捕まった挙句見知らぬ土地で他人の物になったのさ」
「納得できるかそんなもの!」
「じゃあその場で抗議すべきだったね」
そう言ってやると少年は悔しそうにその可憐な表情を歪めた。理解はできるが納得はいかない、そんな表情だ。小さい見た目の割に頭は悪くないらしい。
「というわけで改めて自己紹介、私はマハリ、一応英雄でこの宿屋の女将兼経営者さ」
「マルス・ウル・ゲヘナだ、誇り高きゲヘナ家の……いや異なる世界の住人に言っても通じまいな」
軽々しく名乗ったマハリと、威風堂々と名乗ったマルスの視線が交錯し、数秒立つ。二人の視線が同時に部屋にいるもう一人に向けられた。
視線を向けられた少女は初め、ぼんやりとした表情で二人を眺めていたが、少しして自身にも自己紹介を求められていると気付いたのだろう、慌てて手櫛で寝癖を直す。
「木村木乃美と言います。よろしくお願いします、マハリさんマルス君」
「マルス様だ平民」
丁寧な少女、木乃美の挨拶もマルスは不機嫌に返すだけ、マルスの口々から漏れる単語や歳に似合わぬ仕草や言動、服装から見るに元の世界では相当高い身分だったらしい。
そんな坊ちゃんにはここでの仕事はキツイか?と内心考えつつも、マハリは話を続ける。
「悪いけど、今のマルスの坊やには元の世界の地位や権威はないんだ、だから木乃美とあんたは対等、ただし二人とも私の所有物で部下、だから私の言うことには従ってもらうよ」
「なに!?……そうであろうな……だか見ていろ?直ぐに這い上がってやるからな」
「がんばんな。それでだ、ここがどういうところか説明しておくよ。
「ここは大陸の東側、その東一帯を治めるファンティリアって王国の真ん中位に位置する王都だ。ああ別に王様がどうのとか、そういうことは考えなくていい。ただ街や国の名前くらいは知っておかないと不便だろう?そういうことさ。その中の歓楽街の一番大きな宿『桃色の蜂蜜亭』が今アンタたちがいる場所さ。王都で一番……いや、貴族街のお屋敷には一歩及ばないけども、大きな建物だよ。ここでアンタらみたいな英雄を雇っている訳さ」
ここまで話したところでマルスが手を上げる。
「そこだ、あの男も散々話していたが、『英雄』とはどういうことだ?」
「マルス君、英雄って言うのはつまり勇敢だったりみんなを助けたり―――」
「単語の意味合いなら分かっている。俺が聞きたいのは、俺やこの女を含めてどうしてそう呼ばれるのか?だ」
最初は余り仲が良くなさそうに思えた二人だが、以外と相性がいい、というより木乃美が面倒見がいいのかもしれない。これなら部屋割りに悩まなくて済みそうだと考えつつ、マハリは話を続ける。
「『英雄』っていうのは、この世界以外からきた奴らの総称さ、私もその一人でね。この世界にはそんな連中が割と多いのさ。まあその辺の説明はこの後、アンタたちの能力を調べに行ったときに説明するよ」
「能力ですか?」
やっと驚いた木乃美の表情にマハリはくすりと笑いをこぼす。感情のないような少女にも見えたが、人並みに驚くのだなと思ったからだ。
「ああ、一先ず朝食にしようか?それからあんた達の能力を調べに行く、その後は労働条件の話をしようじゃないか」
三人はもちろん知る由もなかった。未だわからぬこのマルスの能力、そのためにすでに世界が動きつつあったことを。
無事に三日目、まだ三日です。
いまだ大きな動きのない物語ですが、明日いろいろ動く……かもしれません。