29歩目「崩壊の序曲」
トーラが同じ入ってきた時と同じ姿になって宿を出ていくのを確認してから、マハリは昼休憩に入る前の二人を呼び出した。
「お使いですか?」
「ああ、ちょっと遠い所まで行ってもらうよ」
二人を見ていてマハリが感じたことだが、以外と二人とも繊細だ。自分たちのせいで宿が狙われている真実を話せば、此方の段取りを無視してでも宿を飛び出しかねない。マルスは口は悪いというより態度がデカいのだが、それでもマハリは二人を嫌いではない。できれば二人ともに生き残ってほしいと思うからこそ策を練ったのだ。
「……そのあとは俺たちはどうなる?」
「直ぐ帰って来いというのも酷だし、しばらくあっちで働いてもらうことになるさ」
訝し気なマルスの視線がマハリを貫く。二人とも年相応以上に敏い子だ、そのうちなぜ自分たちが別の場所に行かなければならなかったのか気づくだろう。できれば気づかないうちに王国から出国させてやらなければならない。
「……そうか、まあいい特別手当を弾んでもらうぞ」
「それはもちろん、出発は1週間後。それまでに荷造りを済ませておくれ」
マハリの見立てでは、掃除屋が動き出すまでは早くても数週間の猶予があるだろう。この宿には多くの出入りがあり一目を避けることは難しい、間取りを調べようにも宿の見取り図はマハリの手元にある物1枚だけで、掃除や地震が調べるにしても長い時間がかかるだろう。マハリは他人を殺すことの難しさをよく知っている。場所の警備が厳しければ厳しいほど難しく、対象の人数が増えれば触れるほど難易度倍々で高まっていく。
「(私と木乃美とマルス、間取りの分からない場所で未知の相手3人を掃除しようと思ったら私だったら1ヵ月はかかる。相手の人数が何人かは分からないけど、2週間より早くはならないはず)」
考え事をしながらもマハリはマルスと木乃美を観察する。二人とも突然のことで戸惑っているようだが、他所へ行くこと自体は拒絶していないようだ。
「良かったな、木乃美」
「え?」
「この世界をもっと見て回れるぞ……世界を見られるということは良いことだ」
ことさら戸惑い気味だった木乃美をマルスが励ます。
「自棄に優しいじゃないか、ひょっとして色気づいたのかい?マルスの坊や」
「違う!……ただその……そうすべきと思っただけだ」
あの夜の出来事は木乃美もマルスもマハリには伝えていない。故にマハリもマルスの台詞は照れ隠し程度だと思っていたのだ。
木乃美の小さな言葉はマルスにだけ届いていたのだ。
「……また捨てられちゃった」
という吐息のような小さな呟きを。
ここから転がるように物語が進展・・・・・・すればいいなあ