81歩目「求めるもの」
「足りませんか?」
マルスにとっては慣れた『ブレル』感覚と共に、女性が領主のもとへと歩み寄る。
「……報告にしか聞いていなかったが本当に別人に変わるのか……そしてその恰好は……貧民街の聖女殿か」
「そのように呼んでいただけたこともありますが……あなたにはそう呼ばれたくありません」
木乃美の、いや白の普段とは違う様子にマルスは小さく身震いする。
例えるならば普段の白は干したばかりのシーツや布団だ。
暖かく柔らかな物腰と雰囲気で相手を包み込み、相手をリラックスさせつつ時に語らい時に癒す。
まさしく聖女という言葉通りの女性だったのだが、今は違う。
柔和な印象の瞳は鋭く細められ、全身から寒気すら感じるほどの殺気を放っている。
どうやら領主は聖女の逆鱗に触れたらしい。
「質問に答えてください、足りませんか?」
「ああ、足らぬ。見返りがほしくてやっていたわけではない、私は準髄に民をためを思ってやってきたことだ……だとしても足りぬ」
「言葉一つで十分ではありませんか?」
白がゆっくりと距離を詰めていく、止めるべきかと思ったがマルスの足は白の迫力に押されて動く化外もない。
「足りぬな! 感謝の言葉一つで満たされるほど私は若くも小さくもないのだよ、何も知らない聖女殿!」
今までわめくばかりだった領主が懐に素早く手を伸ばす。
うかつだったとマルスが声を上げるよりも早く、懐から抜き出されたナイフが白の体へと吸い込まれ。
「ぐっ!?」
刺した本人のほうが手首を抑えながら数歩後ろへと下がった。
「……貴様のその体……一体……まるで龍の皮膚にナイフを突き立てたような硬さだ」
ナイフは確かに刺さっていた、刺さって入るのがだ先端がわずかに刺さっているだけで致命傷には程遠い。
白は服に何か引っかかったような手軽さでそれを抜き捨てた。
「……貴様は何者だ?」
「知っているものです」
白がそっと領主の襟元をつかむと、ゆっくりとその体を持ち上げた。
片腕だけでだ。
「な、なにを!?」
領主の問いは何をするのかだったのか、何を知っているのかだったのか。
白は答えずに、持ち上げている反対側の手を振りかぶった。
「感謝の言葉のありがたみを知っているものです!」
白のこぶしが領主へと叩き込まれる、領主はもちろん離れていたマルスですら見切れなかったその一撃により、領主の体は後ろにあった高級そうな机を粉砕しながら進み、轟音を立てて壁へとたたきつけられた。
「おじ、領主様! 何事ですか!」
ほぼ同時、ドアをけ破るようにマルスに見覚えのある、いや会いたくなかった女性が飛び込んできた。
わずかな沈黙、白と飛び込んできた女、聖女が見つめあう。
「き」
「……」
「きっさまぁ!!」
瞬間聖女がとびかかり、白も当然のように身構えた。
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