2歩目「桃色の蜂蜜亭・出会い」
この世界にもいくつか国がある。
その中で大陸の東に位置する、王国と呼ばれる場所の王都、多くの人々が住むこの都も夜の闇が深くなればその活気が嘘のように静まり返る。
一地区を除いてだが。
王都を覆う城壁の中、簡素ではあるが壁によって仕切られたその地区は、善良な王国民なら近づかない場所、一部からは王都の闇と、一部からは夜の王城と呼ばれる歓楽街。
夜が更けたにもかかわらず、大通りには煌々と明かりがともされ、いかにもな荒くれ者や妖艶な女たち、怪しげなフードをかぶった人間が足早に通り過ぎたかと思えば、重厚な鎧を着た戦士が赤ら顔で別の店へと消える。
様々な人々が行きかうその大通りでも、一際大きな宿屋『桃色の蜂蜜亭』の応接室で、元奴隷商人の男は小さくなっていた。
「……アンタがここに来たってことは、また厄介な商品を抱え込んだのかい?」
「へい、マハリの姉御」
対するのはやや大柄ながら、柔らかい雰囲気と高級なドレスを身にまとった女性。
初対面で七割は「姉御」二割は「高級娼婦」一割は「母」をイメージさせるという彼女は、優雅にキセルを加えて煙草を吹かす。
商人が年下の女主人に敬意を払っているのは、彼女の手腕を知っているからだ。
彼女自身も英雄である。
、
十年前、着の身着のままで王都に現れた彼女は、ほとんど誰の手も借りず、自らの手腕だけで大貴族へのコネとこの宿、そして下手な貴族の資産を優に超える資金を手に入れたのだ。
そして彼女は、『国が援助すべきレベルの英雄』に届かない者たちの庇護者としても有名だ、そういう者たちに働く場所を与え、さらに富を増やしているのである。
先ほど買い潰されると言ったのも冗談ではない。彼女の力があれば如何に貴族の後ろ盾があろうとも、下っ端構成員の一人や二人、武力的あるいは経済的に潰すことは造作もないのだ。
「その子たちかい?」
マハリは、男に連れられてきた二人を横目で観察する。
自身が英雄だからと言って他者が英雄か見抜けるわけではない、それを確実にできるのはそういう能力を持ったものだけだろう。
故に彼女は自身の観察眼を持って真贋を確かめなければいけない、いわば骨とう品や芸術品を買うようなものだ。
「(まずは全体の服装、確かに王国や隣の帝国の市民の普段着などとは違う、服に着られている様子もない)」
かつて、彼女の評判が今ほど強くない頃、普通の人間の異国の衣装を着せて英雄として売りつけようとした馬鹿が何人もいたのだ。
服というのは着慣れていないとどうしても違和感が出る、それが見たことも着たこともない服となればなおさらだ。
「(手足……なるほど、労働に従事してた手じゃない。かといって戦士って訳でもなさそうだ。まあそれならここに売りに来るはずもないしね)」
一通り彼女の基準でチェックして、問題なしと結論づける。これでも騙されるようならいい勉強になったと笑い飛ばしてやればいいだろう。
「王国金貨で200、二人纏めてだ」
「え?いや、それは……」
彼女が出した金額に、男は渋るような声を出す。一般的な労働者の価格は、王国金貨で1~5枚程度、英雄であれば最低でも一人150枚程度は見込める計算だったのだ。
「使い道も分からない英雄を売ろうって言うんだろう?ならこれくらいじゃないか。それともお上に献上してお礼と多少の銀貨で満足するかい?」
英雄を発見し、国に届ければ一応報酬が出る。彼らにしてみれば精々その日の夕食代程度の報酬ではあるが。
「……負けたよ、金貨200枚+ここまでの運送費で10枚ってことで」
「ちゃっかり上乗せしてんじゃないよ……」
マハリは苦笑いを浮かべながら、もう一度英雄二人を観察する。
一人は未だすやすやとベットで寝息を立てている、こっちが静かなのはいい。
問題はもう一人の女の方だ、普通自分が売られるとか買われるとか境遇の話となれば、何かしらの興味をしめすはずだ。
「終わりましたか?……これからよろしくお願いします、マハリさん……様の方がいいですか?」
「いや、さん付でいいよ:
彼女はまるで無関心だった。自分の境遇のことなど気にも留めていないのか。
あるいはすべてをあきらめているような、ぼんやりとした表情で。
初日から遅刻しましたが、これで二日。
三日坊主にならなければいいのですが。
まだまだ戦闘や事件は起こりそうにありません。