1歩目「迷い英雄」
他の異世界作品に魅せられて、細々と書いていこうと思います。
一時の暇つぶしにでもしていただければ幸いです。
短くとも毎日更新を目指して。2017/1/1(遅刻)
「……逃げねえのか?あるいは諦めちまったのか?」
俺は檻の中に問いかけた、それに対する女の答えは簡単だった。
「逃げても、残っても、辛いのは一緒」
だから逃げないのか、だけど逃げないのか、百戦錬磨の俺も続きを聞くのを躊躇しちまった。
そいつの瞳の中から、誰かに睨まれたような気がしたからな。
深夜の街道を数台の馬車が、ゆっくりと進んでいく。乗合馬車の速度と台数ではない。
如何に整備された街道であり、街道を警備する兵士が巡回しているとはいえ野党や獣、さらにもっと悍ましいモノたちが狙ってくる可能性がるからだ。
つまりこのような時間に街道を通る馬車など、後ろ暗い者達でしかないしかし、彼らを襲うモノは,
はっきり言って少ない。
一つは人数、複数の馬車の車輪は深く沈み、沢山の生物が乗っている気配がする。
これだけで多くの獣は、この獲物たちを襲うことにちゅうちょするだろう。
一つは、彼らの馬車に記されている紋章。金の鳥はこの国のとある公爵家のお墨付きの印だ。
多少頭の悪い野党でも、国の権力者のお墨付き馬車を襲おうとは思わない。
唯一警戒すべきは、悍ましい者達、所謂モンスターたちだが、人の手が入っているこの辺りに出没するのは、一般の腕自慢で十分対処できるレベルだ。
部隊の中に戦闘の得意な『英雄』がいればなおのことである。
現在、この部隊の団長、あるいは社長である彼の目下の心配は、外ではなく中であった。
「おい!」
声をかけるよりも早く突きつけられたナイフが、檻に手を伸ばしていた部下の手をかすめる。
「何度言ったら分かる、『商品』……じゃなかった『特別な人材』に触れるんじゃねえ、値が下がるだろうが」
彼らは数年前まで、奴隷という商品を扱う商人だった。
しかし奴隷取引が、国の法律で禁止となり、同業者が次々廃業、あるいは逮捕されていく中、彼らは今までと変わらぬ商いを続けている。
彼は頭が良かった、この商売を始める時から、貴族に売り上げの一部を献上していたのだ。
さらに彼らに優先的に商品を紹介したことで、彼らとパイプを作ったのだ。
そして、商売の名前を変えた、奴隷商人から、人材紹介業へ。
「お上が法律を変えようが、現実は変わらねえ。村には食い扶持に困った若いのがウヨウヨ、街には働き手が足りねえと来てる。扱いが物から人に変わっただけで、やってることは変わらねえんだ」
それが彼の言い草だ。
ナイフを突きつけられた新入りは傷口をなめながらもなお、食い下がる
「で、でもよ?上玉で”英雄”とくりゃ普通の職場に”斡旋”なんて無理ぜ親分、となりゃ売り先はあの娼館でしょ?じゃあちょっとくらい味見してもさ?」
「馬鹿野郎!娼館じゃねえ高級宿だ、あそこの姉さんは『娼館』『無銭飲食』『無理矢理』って言葉が嫌いなんだ。安く買いたたかれるだけならまだしも、安く買い潰されたくないなら大人しくしてな」
英雄、それはこの世界に数百年前からもたらされてきた無数の果実の名前だ。
彼ら、あるいは彼女らは神が異なる世界、次元から連れて来た者たちだという。
彼らの介入により世界は大きく進歩したと言えよう。
勿論、元来の英雄の意味通り圧倒的な戦力を持つ者もいるが、今この世界で重要視されているのは、英雄たちの持つ知識の方である。
例えばこの国ならば、それまで『松明替わりに便利』程度だった魔法が『国防の要から日常品まで』活用されるように進化した。
強力な魔法であれば、化け物を一蹴し、敵軍を壊滅させ、地形すら変える。
反面、身近な魔法ならば、呪文一つで明かりを明転させ、水を浄化し、汚れを祓う。
これら魔法の技術としての進歩は、すべて英雄たちの知識からもたらされたものだ。
英雄には、基本三つの力が備わっている。
一つは、言葉。彼らがやって来るのは聞いたこともなければ、見たこともないような世界や時代。
当然話す言語はもちろん書く文字も多種多様、だが彼らは能力として、この世界の言葉を理解し、話し読み、書くことすらできる。
この力はある程度知能がある化け物や動物にも適応されるようで、この時点で英雄は優秀な通訳であり且つ書記になりえる。
未だ文字の習熟率が芳しくない農民たちよりも優秀だ。
二つ目は、生存能力。彼らの故郷の話を聞くと、空の色が様々だということが分かる。
空気を吸って生きている奴もいれば、マグマを飲んで生きている奴もいる。
そういった輩が、この世界で生きていくために、この世界に適応する能力が与えられるそうだ。結果、英雄たちは過酷な環境下でも健康を維持し、軽度の毒ならば無効化できる。
この時点で、肉体的強度は並の新兵たちよりも優秀だ。
そして英雄を英雄足らしめている能力がこの三つめに現れる。
能力によって彼らは天性の戦士、あるいは知識を蓄えた知識人など様々な種類に分けられるのだ。
問題はその能力が玉石混合であること、中には皿洗いが世界一速いとか上手いパンを見分けられる、みたいな能力を持つ者もいるのだ。
英雄の時点で、奴隷、もとい労働者としての価格は、一般人の数十倍、能力如何では、天文学的数字になるか、あるいは国に持っていかれるか。
当然高額になれば買い手も少なくなる、人材紹介としては何とも扱いにくい部類なのだ。
幸運なことに、この商人団にはその手のお得意様がいる、それが先ほどの話に出た店だ。
「定期の仕入れの次いでの臨時収入くらいに思っとけ……しかし」
馬鹿の一人がしぶしぶ引き下がったのを確認してから、彼は改めて今回の商品を品定めする。
一人は見た目は女性、黒髪で年の頃は16、7、服は紺を基調とした布で出来ており質素ながら丈夫、手足に農民の生活感が感じられない。
この時点ではまだ彼女は、家出か迷子の貴族の娘さんか英雄の二択だ、だが貴族にしては服装が奇妙で、遭遇した時は、何もない草原のど真ん中なのに、荷物は何も持っていなかった。
捕まえようとした際抵抗されなかったのが妙だが、おそらく能力が戦闘向きでないのだろう。
典型的な、凡百の英雄だ。
もう一人は幼い子供だ、金髪で年の頃は10に満たないだろう、白く上質なシルクの服にズボン、動きの節々に”上に立つ者”の風格を漂わせていたこのガキは、とある村の村長に泣きつかれて、渋々購入、もとい雇った人材だ。
村に突然あらわれたそうで、口だけであれよあれよという間に村長の権限を奪い取り、村の人心を掌握してしまったそうだ。
持ち物は小さな金槌が一つだけ、無理やり捕まえて檻に入れる際は鬼気迫る抵抗をしてくれたが、その工具が武器として使われることはなく、恐らく口が達者なだけ英雄さんなのだろう。
ガキの方は先ほどまで散々騒ぎ続けていたのだが、さすがに疲れたのかあるいは飽きたのか、今は毛布にくるまってすやすやと寝息を立てている。
対して女の方は、ボンヤリとした表情でどこを見ているのか分からない。
「しかし……おい女、なんで抵抗しなかった?お前の世界はよほど平和だったのか?」
普段商品とはあまり会話しない主義なのだが、好奇心に駆られて彼は話しかけた。
「いえ……土地勘もなく人の気配もないあの場所にいるより、貴方たちに捕まった方がマシと思っただけ」
少女はいう、此方を見つめたまま。
「どうせ、何処に行ったって地獄。なら人のいる地獄の方がいい」