表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5


「……」

戸惑いの沈黙は一瞬。

無遠慮な動きが、水と飯を奪い取った。


「礼だ。おかげで、私が為すべきことが見えた。礼を言おう」

水を飲み、握り飯に齧り付く闇に、祈姫は晴れやかな感謝を告げた。


「近くに土地神様はいないらしい。私の願いは、届かぬらしい。だから、私が生まれ変わって土地神になり、この地を護ることにする」


「おめでたい事だ。姫さんは何故ここに居る。何故光を奪われ、闇の中に閉じ込められて、飢えを待つ事になっている。閉じ込めた奴らがいるからだ。そんな者たちを何故護る」


「ふふふふ、私は、神になろうとしているのだ。神が、そんな細かいことを気にするものか。丸ごと護る」


「バカヤロウ、とんだお人よしだ。おかげで、オレは力を取り戻した。何とかして、ここから出してやろう。オレは姫さんが気に入ったらしい」

乱暴な言葉遣いとは裏腹な、せつなげな気配がはみ出す。


人にあらぬものが、人に恋した。

「……姫さんを、助けたい」


「ならば、もう災いをなすことを止めよ。私との約束だ。よいな。

おまえに名をやろう。灯想華(ひそか)、良い名前であろう? 

細かいことは気にするな。

おまえは穏やかな風になれ。この世を潤す優しい雨になれ。

私は、おまえを護ろう」


音が消えた。


葉ずれの音、

川のせせらぎ、

生き物たちが立てるかすかな物音、

聞こえていても誰も気にしない日常の音が、いっせいに消えた。


ありえないような静寂が、あたりを支配した。

次の瞬間、


(ごう)と地鳴りが押し寄せた。

ずうーん。地の底から響く揺らぎに乗って、香美位山が揺れた。


北面の山肌が、次々と音をなしてして崩れ、やがて、えぐり取られた山肌から、隠れていた洞穴が、ぽっかりと口を開いた。


そこに現れたのは、世にも美しい若者の姿を得た闇だったもの。

彼は 知っていた。

振り向いても、祈姫がもうそこには居ない事を。


瓦礫(がれき)から覗いた薄衣(うすぎぬ)を引っ張り出せば、姫が被っていた被衣(かづき)である。


美しい若者に姿を変えた灯想華は、被衣をつかんだ両手を、頭上に高くかざした。

折り良く吹いてきた風に乗り、空に舞い上がる。

帯には、三本の竹筒が下がり、風が向きを変える度ごとに、カラン カラン と寂しげな音を立てた。



竜牙(りゅうげ)山地に囲まれた香美位山の(ふもと)にたたずむ小さな郷では、いつの頃からか言い伝えられてきたまじないがある。

軒先に三本の竹筒を下げるだけだが、

風が変わるとき、竹筒が音を鳴らせば、悪気が去るという。



   ——— 了 ———


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ