四
嘲笑う声が、楽しげに続けた。
「教えてやろう。何もできない。 ククク、たくさんの『過去』が積み重なって、『今』がある。ゆがんだ、あるいは間違った『過去』が、しょうもない『今』を作っている。そして、いくつもの『今』が、未来を創る。閉じ込められ、身動きも自由にできないおまえの『今』が、何を作れると思うんだい? なーんにもできない。クククク」
「一理ある。私は私の『過去』を私に語ってみよう。『今』を見出さなくては成らぬ」
何も見えない暗闇の中では、独り言と変わらない。
聞いているのが魔物というのも一興だ。
「けっ、遅いや」
ともすれば途切れがちにもなるかすれた声で、淡々と紡がれた物語が終わると、闇は哄笑した。
「ウハハハハ、こいつは良いや。この郷の未来は、俺にだって読める。毒婦と道を外した修験者に食いつぶされる。間違いない」
狭い洞穴に、闇の声が楽しげにこだました。
どれほどの時が過ぎたろうか、ひっそりと静まり返った暗闇に、闇が問いかけた。
「おい、……おい、どうした。絶望したあまり、気を失ったか」
応じたように、身じろぎの気配があった。
「ん…… ん、考えていたら、つい、うとうとしてしまったらしい」
「そういや、あんたは、お姫さんだったなあ。にしても、呑気が過ぎる。喉が渇いたろう。腹が減ったろう。まだ、竹筒の水が一本と、握り飯が一つある。飲めよ。食えよ。どうせ長くは生きられない。今のうちだ」
祈姫は起き上がって、姿勢をただした。
「同じ事だ。欲しいなら、そなたにくれてやろう。勝手に取るがよい」
だが、闇は動かなかった。
「違うのか。私は手探りするのも面倒だ。好きな時に、飲み、食すがいい」
悔しそうな唸り声が返事になった。
闇の気配が乱れる。
ややあって、堪らぬ様子の声が、再び話しかけた。
「ここに閉じ込められてから、姫さんは、一口の水を口に入れただけだ。オレが場所を教えてやるから、手に取れ」
返事がない。
「なあ、飲みたいだろ。食いたいだろ。ちゃんと右左を教えてやると言っているんだ。すぐに探り当てられる」
「……そうか」
「そうだ」
「自分では、取れないのか」
「んぐぐーっ」
「何故?」
闇は、しばらくして観念した。
「その三宝は、姫さんの為に供えられた。オレにではない」
三宝に乗せられた捧げ物は、聖なる供物。
魔物には手出しができないのだ。
「言いなさい。右か、左か」
探り当てた竹筒と握り飯は、惜しげもなく闇に突きだされた。