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鬱陶しい

 研究所特有の薬品の香りと殺風景な室内。人の気配はするが、誰も自分を気にしない。

 立花にとってはとても居心地いい所だが、ソファの片隅でぼんやりと窓の外を眺めているその姿は、控えめに言っても鬱陶しい。

 普段常に働いている立花がぼんやりしているだけで、何かしてやらなけばならないような脅迫観念が生まれる。


 室内には立花の他は清白すずしろと言うこの研究所の所長しかいない。清白はヨレヨレの白衣を着こなす、忘れられた洗濯物のような男で立花の学園からの友達だ。


「だは〜! 鬱陶しい! もー邪魔! 気配が邪魔ぁ! 落ち込むなら家帰れよ!」

 仕事の手を止めて立ち上がった清白は痛くご立腹だ。


「一人は嫌だ……」

「子供か! そう言う時に会いに行くような人はいないのか!」

「いない……」

 立花はしょんぼりと膝を抱える。


「もー止めろ! そんな顔をするな! 頼むからここに居るなら何かしてくれ!」

「何すればいい?」

 立花は捨てられた仔犬の様な顔で清白を見つめる。


「どぅあ! もお! 知るかぁ!」

「邪魔して、ごめんな」

「〜〜〜っ!」

 清白は言葉にならない苛立ちを覚えるが、落ち込んでしかも謝っている人間にこれ以上の言葉がない。

 イライラと自分の机に戻った頃にようやく待ち人が現れた。



「よ〜清白久しぶり」

 ノックの後に返事も待たずに入って来たのは、これも学園の頃からの友達の海棠かいどうだ。立花とは同僚でもある。

 背の高くスラっとした体格で、笑顔の爽やかなお兄ちゃんといった感じだ。実際は同い年だが、生まれたのは三人の中で一番遅い。



「ここに呼ばれるの珍しいな〜」

 海棠はそう言いながら、早速立花の隣に座る。


「おかえり、立花。どうだった?」

「ただいま……」

 しょんぼりと上目遣いで返事をする立花を見れば、質問の答えは明白だ。


「見ればわかるだろう! さっさと回収してくれ!」

「えー俺に用ってこれ? 扱い酷くない?」

「海棠ごめん」

 海棠はかわいいから許す、と心の中で呟きつつ、立花の写真を撮る。普段なら盛大に怒る立花だが、今は俯いて顔を隠すだけだ。


「鬱金様はどんな人だった?」

 ますます小さくなった立花に、体重を掛けながら尋ねる海棠の声は、淑女にかけるように甘い。


「…………」

「何て断わられた?」

「一週間考えるって」


「じゃまだ分かんねーだろ!! 落ち込むのはえーよ!」

 話を聞いていた清白が遠くから叫ぶ。


「考えるとか言われたら大体、駄目だろ」

「うあーネガティヴ」

「他には何て?」

 ようやく顔を上げ立花は海棠を見つめる。


「……俺、人の目見すぎかな?」

「何で?」

「そう言われた」

「あー確かに立花は無駄に見つめてるよなーだから勘違いされるんだろ」

 清白の言う勘違いの意味は立花にはよくわからないがいい意味ではないのだろう。


「不安になるって、悪い所探されてる様な気がするって」

「だから落ち込んでるのか」

 うん、と立花は再び俯く。


「俺は気にならないけどな」

「俺は落ち着かないよ。もう慣れたけどな」

「清白の不安はまた違う意味でしょ?」

「んなわけあるかぁ! お前と一緒にすんな!!」

「するわけないし、俺の立花への愛は別格なの!」

「愛とかキモいわ!! おい、コン太お前は違うよな?」

「俺はみんなに嫌われてるから……」

 嫌わないでいてくれればそれでいい、とまでは卑屈すぎて言えない。


「大丈夫だよ。確かに嫌いな人も多いけど、好きな人からは目にいれても痛くないぐらい愛されてるから」

「まー確かに桐生様とか猫可愛がりしてるらしいもんな、それで妬まれてまた嫌われると」

「おーい、清白あんま言い過ぎるなよ。立花泣いちゃうだろ」

「今更泣かない……」

「そうだなぁ、じゃ、立花。

 次に鬱金様と話す時にな、飛行蟲ひこうちゅうの外骨格手に入りませんかって聞いてくれ」

「何で?」

「こないだ素材買いに行ったらさ、すげ〜状態の良いのがあったんだよ。なんか鬱金様が売りに来たらしくてさ、魚とかも売りに来たことあるんだって。化け物だよな〜」



 清白と立花には機械いじりと言う共通の趣味がある。立花の愛機グスタフは清白オリジナルの機体で、素材には飛行蟲と呼ばれる生き物が使われている。



 元々のこの星の生き物は種類が少なく、共生ってなに? おいしいの? の勢いで攻撃的だったようだ。そこに外来種由来の繁殖力が加わり、様々な種類の蟲が生まれた。特に魚と呼ぶ水生生物は危険で雨季の終わりで増水したりすると人も含めたあたり一帯の生き物が食い荒らされる被害がおきる。



「そう言いえば俺が行った時、釣りに行ってるって言われた」

「信じられない……」

「海棠は釣りに行って腕喰われかけたもんな」

 清白が呆れたように言う。


「そうだよ。じじいが釣りしたいとか言うせいで喰われる所だったんだぞ……。

 釣り上げたら飛び掛かって来るし、噛まれなかったけど尾ひれで殴られて複雑骨折するわ、うろこが刺さって抜けないわで三ヶ月片腕生活だったし……。それを釣り上げるとか何者だよ」

 爺いとは海棠の直属の上官でそれほどの年でもないのに老師と呼ばれている。


「で? 鬱金様はどうだったんだ?なんか釣れたのか?」

 清白は魚に興味津々のようだ。


「知らない……」

「釣りに行ってるって言われたら聞くだろう?」

「……」

 立花は再び俯く。


「緊張して雑談できなかったのか? お前一応領主だろ? お前の方が偉いんだよな?」

「…………」

「清白、泣かすなって」

 海棠がすかさずフォローする。


「ごめん、でも一週間後には話せるんだろ? 頼んでくれよ」

「無理、自信ない」

「じゃあ、返事聞く前に頼めばいいだろ」

「いやいや、フラれた後に会う約束とか地獄だから」

 静かになった立花の代わりに海棠が答える。


「それなら二人で行こう! 俺も鬱金様に会いたい」

「来てくれると思うか? わざわざ断りに?」

「鬱金様と言えども今は一般人だろ? 領主相手なら会いにくるって」

「立花はどう思う? ってあれ? 立花?」

 立花は全てから逃げるように海棠とソファの間に隠れている。


「もう嫌だ、次会うとか考えたくない。いっそ明日にでも断ってくれればいいのに……」


「うーん、なんか可哀想になってきたな」

 清白のイライラもおさまって来たらしい。


「よし! 飲みに行こう! こういう時は酒だ!」

 海棠が立花とソファを引き離しながら言う。


「おーいいね〜、立花の奢りな」

「嫌だ、行かない」

 立花は腕を掴まれて無理やり立たされる。捕まえられた猫のようだ。


「だったら置いてくけど、一人嫌なんだろ?」

「……」

 立花が悲しそうな目で清白を見ていると海棠が呟いた。


「俺、清白と二人でとか嫌なんだけど」

「何でだよ! もういいから、行くぞ立花!」

 清白の機嫌はもうしばらく悪いままだった。




 海棠に抱えられるように立花は清白と共に城下の飲み屋にやって来た。

 まだ陽も落ちていない時間だと言うのに店内は賑わっている。


「個室空いてないってさ、普通のとこでいい?」

 入り口で言われたらしい内容を海棠は言う。


「どこでもいいし、海棠さえ目立たなければ誰も気づかないだろ?」

「俺帰る」

「ダーメー」

 回れ右をした立花は戻ってきた海棠に掴まる。


「とりあえず、ワインな〜摘みはお任せで!」

 立花の奢りということでご機嫌な清白に、はーい喜んで~と心のこもっていない返事が返ってくる。


「この時間に個室空いてないとか怪し過ぎる、俺は帰る」

「あーここ怪女様の店だっけ? いくらなんでも夕方からお偉方来ないでしょ?」

 そう言いながら清白は強引に立花を座らせる。


「いや、今な、あの事故のせいで接待祭なんだよ」

 海棠も少し心配そうに周囲を確認している。


「事故があってなんで接待祭になるんだよ」

「陛下と次席のとこにいたお偉方がな、次を少しでも有利にって、頑張ってんだよな~」

 海棠は複雑な表情を浮かべる。



 レオモレアに三人いた将軍はそれぞれ首席、次席、参席と明確に順位が決まっている。その為首席や次席と言えばそれぞれの将軍を指す。参席は単に将軍とだけ言われる。

 事故で亡くなったのは次席将軍で、王直属の軍と共に援軍に向かう途中の事で多くの武官も一緒だった。

 その為いきなり残された文官達は少しでも自分の権力を残そうと必死だ。



「ヘえ〜海棠とかコン太は祭ないの?」

「俺はともかく、お目付役を誘う強者はいないんじゃない?」

「お目付役かあ……」

 清白はテーブルに突っ伏しているお目付役こと立花を見ながらつぶやく。


「しかも、ちょっと前から城に居ないだろ? それで誰も働かないから朝から仕事になんなくてさ〜。

 爺いなんか立花がしばらく居なくなるって聞いた途端に旅に出たんだぞ? 信じられるか?」

「それでお前も出てこれたのか?」

「まぁね〜。いや、俺は忙しくてもお前に呼ばれたら何処でも行くよ」

 海棠はすっかりテーブルに懐いている立花に向かっていうが立花は返事もしない。


 何とか立花を振り向かせようと色々話掛けている内に、料理が運ばれてきた。スパイシーな料理とそれ合わせたワインが来ると、ようやく立花も顔を上げる。


「はい、じゃコン太の失恋に乾杯~」

「失恋じゃないから……」

「うーん、話聞く限り失恋だと思うって、海棠睨むなよ! 怖いから……」

 清白の軽口に何故か海棠が無言の抗議をする。


「なあ、俺と鬱金様どっちがいい?」

 海棠は立花の手をグラスごと握ると割と本気の様子で尋ねる。


「何が?」

「いや、色々と……」

 期待した答えが貰えなかった海棠は不満げだ。


「うん、質問が腐ってる。見た目は? どんな感じ?」

「うーん、渋かった。しかも優しかった」

 清白の問いかけに心なしか嬉しそうに立花が答える。


「全然分からん。写真ないの?」

「ある」

「あるんかい! それでなんで雑談出来ないんだよ!」

「写真は奥さんに貰った」

 立花は腕の端末を操作して二人にみせる。


「奥さんとは仲良くなったんだな、流石マダムキラー」

「でも、お姉様苦手だろ」

 海棠が不機嫌そうにいう。


「そんなことない……性格キツそうな人が苦手なだけ、穏やかな人は大丈夫」

 立花は過去の色々な経験から少し女嫌いだ。きっと女難の相は常時発動してることだろう。


「それでも大丈夫のレベルなんだな」

 言いながら全然見えない、と今度は清白が立花の腕をとる。


「何この写真? 記念写真?」

「さあ? 一番最近の、としか聞いてない」

「海棠も見てみろよ」

 言われた海棠は不機嫌に写真を眺める。


 写っているのは拳を突き出した男性だ。海棠よりもがっちりした体格に男臭く渋い顔立ち、しかし表情は少年の様に無邪気に笑っている。


「お前こういうのが好み……?」

「好み? まあ憧れるけど……」

 立花にも清白にも海棠がどこまで冗談なのか時々分からなくなる。


「いやそこじゃなくて、海棠落ち込む前に手に持ってるの見てみろよ」

 言われた海棠と立花も写真を覗き込む。


「これ……尾ひれか?」

 先に気がついたらしい海棠が言う。


「だよな? 立花、鬱金様の身長どれくらいだ?」

「海棠より低いと思う一八〇ないぐらい?」

 写真は切り取られていて背びれの途中で切れているがどう考えても鬱金よりは長そうだ。


「ってことはこれ二mぐらいあるのか……」

 清白は感心したように言う。

「どうやったらこんなの釣れるんだよ……」

 海棠はうめく様に言う。

「すごい……」

 立花はますます感動した。

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