身の上相談
「鬱金様は、この国にある学園をご存知ですか?」
立花は鬱金の目をまっすぐに見つめて話し始める。
「ああ。前の国が作った子供を集めて教育するところでしたか?」
「はい、だいだい五歳から十五歳までの……家で養いきれなかった男の子が預けられるところです。
教育と言ってもほとんどの者は大したことは学べません」
学園に売られてくる様にして集められた子供は数が多く、大半の子供達は傭兵のまねごとや大人に交じっての力仕事をする。
少し器用な子は職人として技術を教えられたり、一握りの選ばれし者は研究者として英才教育を受けることもあるが、十五歳で学園から出されてからも軍人になったり商家や職人に雇われるのがせいぜいで、子供にとっては夢も希望もないところだと言う。
「夢も希望もない、ねぇ……」
鬱金はその学園を見たこともなく、一般的な知識しかない。
しかし鬱金の故国のように農業しか産業がない国で、家を継げずに子供の頃から転々と各地を渡り歩いて、農作業の手伝いをしたり、傭兵の真似事や盗賊になってしまうような生活よりは余程恵まれているように思える。
「食べることや、生きていくことには困りません。でも同じ年代の似たような境遇の子供が少ない席を奪い合うようなところです」
「なるほど」
相槌に苦笑が混じる。宮仕えに疲れて隠居した鬱金には、朧げだが殺伐とした子供たちが想像できるようだった。
「六年ほど前に俺の国はレオモレアに吸収されました。その時学園に視察に見えた桐生様に拾われて、他の学園の者と一緒に桐生軍で働き始めました。
同期のほとんどは軍に所属したのですが、俺は小柄だったので学園でもしていた文官の仕事を手伝始めて、十五歳の時に桐生将軍の大臣付きになりました」
レオモレアは先王の趣味で、王族の下に三将軍、五武将、七大臣と役職がある。将軍付き大臣は将軍領内の内政、外交などを行う役職で、大臣付きなら常に将軍の近くにいるようなものだ。
その頃の同期は軍隊の中で一兵卒程度の扱いで、将軍には会うことも出来ないのだから、立花の出世は異常と言える。
しかし他国との陣取り合戦が繰り広げる時代に、大臣付きとはいえ、文官自体の地位は低い。将軍本人の評価はともかく、周囲からは評価されない。
この頃から桐生軍の立花という名前は悪い意味で世間に聞こえ始める。将軍に気に入られて調子に乗ったコギツネと後ろ指を差される様になった。
「それからも何度か大きな戦争があったのですが俺は目立った功績もなく……この前の事故では将軍に救援に向かうように進言した事で領主にして頂きましたが……」
「軍功もないのに領主なんてコギツネが良い気になってと、悪口を言われているんでしたか?」
言いにくいことを代わりに言ってもらった立花は俯いたままで頷くので頭頂部まで見えそうな勢いだ。
先程は惚けたが、領民も立花が領主になったと聞いて立花をからかった小ネタが流行るほど有名だった。本人が気にするも仕方のない話である。
「それで、立花様は自分に何を助けてもらいたいのですか?」
「部隊長として、領内の軍務をお願いしたい……です」
鬱金は褒めればいいのか呆れればいいのか分からず曖昧な返事になる。
「それはそれは……剛毅なことですね」
領主とは領内の行政から裁判、警察の仕事に、攻め込まれれば戦争もする小さな王様だ。そのため領主は自分の領地で部隊を作り、その指揮権を持っている。
立花はこの部隊の編成と指揮を鬱金に任せると言っているのだ。
何が呆れるほどの事かと言えば、立花のようにほとんど領地に居られない領主の元なら、部隊が有れば簡単にクーデターやら戦争やらが起せてしまう。その為部隊長は万が一に備えて身内や、それに近い人が行うのが普通なのだ。
それを今日会ったばかりの他人に任せるなんて、馬鹿と言われても反論出来ない。
「他に候補はいないのですか?」
鬱金の質問に立花は表情を曇らせる。
「他には……まぁ居ないこともないのですが……あいつではますます評判が……」
立花の表情はその話題に触れるのが不憫なほど曇っている。
「それはそれとして、なぜ自分に部隊長を?」
話題が変わったことが嬉しかったのか、立花は別人のように話し始める。
「この場所は今まで桐生様が領主だったように地理的に重要なのです」
ここは海に面した湾の一部を持ち、風が読みやすく交通の大動脈になる川の起点がある。そのため桐生の領地にとっては経済的にもかなり重要で、表向き開けているが攻めようとすると難しく、しかも桐生から譲り受けた以上は今まで以上にしなければならない。
立花が鬱金話したのはそんな内容の話だった。
「鬱金様は俺に欠けている物をお持ちです。それに……もしも部隊長をお願いするのなら自分の尊敬出来る人に頼みたいのです。
仕えて欲しいとは申しません。俺の師になって頂きたいのです。鬱金様のお考えを俺に教えてください、お願いします」
立花は立ち上がると丁寧に頭を下げる。鬱金が何か言うまで微動だにしない雰囲気だ。鬱金は少し驚いた。
聞いていた立花のイメージと違ったのもあるが、目の前の気位の高そうな少年が真摯に頭を下げている光景には心を動かすなにかがあった。
「髪型……」
はい? と立花は何を言われたのか分からない様子で顔を上げる。
「髪型、似合ってないですね」
鬱金はふと初めて見た時から思っていたことを伝えてみた。
「そう、でしょうか?」
「前髪下ろした方がいいんじゃないですか?」
「それは……子供っぽくなりませんか?」
「顔立ちが子供っぽいんだから髪型も無理する事ないと思いますよ」
鬱金が軽く微笑むと立花は動揺して目をそらし、はい、と消え入りそうな声で答えた。
「立花様は人の目を見て話すのが癖ですか?」
「えっ? さぁ、意識した事がありません……」
突然関係ない話を始めた鬱金に立花は完全にペースを崩されて混乱してるようだ。
「うん、なら尚更髪型変えた方がいいですよ、貴方に見つめられると不安になります」
「そう、ですか?」
「ええ、何か悪い所を探されてる気になります」
「そうですか……分かりました、気を付けます」
あっけにとられた様子の立花は微笑ましかった。
「お返事は一週間後でもいいですか?」
「えっ?」
「士官の話です。来週お返事します」
分かりました、と立花はソファに座り込む。
「では、俺は領地にいないのでこちらに連絡を」
そう言って腕の通信端末の連絡先を教えてくれた。
「お預かりします」
鬱金は微笑むが立花の目には入っていない様だった。
一応礼儀として外まで立花を見送ると少し離れた所に立花の物らしい機体が止まってる。装飾のない、実用一辺倒の機体だ。
釣りや狩り以外に乗り物も好きな鬱金は軍隊の頃、いろいろな国の輸送機や軍用機を、鹵獲して集めるのが趣味だった。レオモレアの輸送機も持っていたが数年前の機体とは大分変わっていた。
その輸送機が丁寧に飛び立つのを見送ると屋敷に戻る。
すっかり目の覚めた鬱金が居間に行くとこの時間には珍しく、日中は医者の仕事で屋敷にいないはずの妻がお茶を飲んでた。
「立花様とは何のお話でしたの?」
「士官の誘いだ」
「お返事は何と?」
「時間を貰った」
「そうですか。貴方も食べますか? 立花様のお土産ですよ」
そう言って妻が差し出したのは先程立花と食べたお菓子だ。
「お前にも持ってきたのか」
「あら、お菓子だけじゃありませんよ、このお花もです。貴方が帰って来る前に、少しお話ししていました」
確かに妻の前には花瓶に飾られた花がある。植物が自生していないこの星では、観賞用の花など最高級の嗜好品と言える。
「このお花、薬にもなるそうです」
「来るのを知っていたのか?」
「ええ、何度かお手紙を頂きましたし」
「何故俺に言わない」
「貴方の事ではありませんでしたから、病院に寄付して下さるそうです」
「なるほど」
自分の話ではなかったから、鬱金は教えてもらえなかったらしい。聞かれてないのに妻が勝手に何か話したのは間違いない。
外堀通りから埋めてくる上手いやり方だ。しかも大陸一の女好きと言われる桐生の関係者だけに、女性への気配りは完璧のようだ。おそらくメイドにも何か贈っているのだろう。
「俺はついでかな?」
「どうでしょう、でもここで暮らしていくなら立花様と仲良くしておいた方が良いでしょうね」
「なぜだ?」
鬱金は隠居の際に妻の勧めでここに住み始め、それからずっと世間にほとんど関わらず暮らしているので一年以上経った今でも地元の事情には疎いままだ。
そんな鬱金を一瞥した妻は教官のような面持ちで話し始める。
「貴方は私がここに住みたいと言った時に理由を聞きもしなかったからご存知かと思ってました」
「海も山も川もあって何処に行くのも便利だからだろう」
「そんな遊び人の理由ではありません。簡単に言うと、ここなら最新の物が手に入って安全だからです」
「それは、俺でも分かるが? それが立花と何の関係がある?」
「安全はともかく、ここに最新の物が集まっているのは立花様の功績と言われています」
妻の声は何処か荒い。
「お前、何か機嫌悪いな……」
「当たり前です。なんですぐにお返事しなかったんですか? 可哀想です」
妻はすっかり立花に懐柔されてしまっているらしい。
「ところで、貴方はさっきから何を探しているんですか?」
妻は相変わらず冷たい様子で、部屋の中の引き出しを漁っている鬱金に声をかける。
「いや、あの、端末を……」
絶対に怒られる。そんな確信があるためご機嫌を伺うような様子で答える。
「ここに出してあります。だから普段から使ったら元の場所に戻しなさいと言っているのです。
メイドは貴方の出した物のお片付けの為に居るのではありません」
「それは、悪いと思っている……」
おずおずと端末を受け取り腕にはめる。
しっかり充電済みで、これを今日鬱金が使おうとする事は分かっていたらしい。
「どういたしまして」
礼も言わないのに妻は恫喝するような笑顔でいう。
「ありがとうございます……」
鬱金は苦笑いでお礼を言うしかなかった。