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心ない上官


 立花一行が街から戻ると老師が待ち構えていた。

「どうじゃった? 成果はあったか?」

「はい。数日……多分五日ほどは星が悪そうです……」

「歯切れが悪いのぅ」

 立花の自信のない言葉に老師は不満げだ。


「自分でも信じてないものは、そう簡単に自信が持てません……。

 それより老師、首席は一年ぐらい前から街の猟師の出入りを禁じています。外がエラいことになってそうなんですが……」

「うむ。負けた時の備えじゃろうなぁ〜。敵に持って行かれるぐらいなら蟲にくれてやるつもりなんじゃろ」

「なんて迷惑な……」


 戦後処理が主な仕事の一つの立花は安全圏に蟲を入れるという、この最後の手段を取られた街もいくつか見ている。そのほぼ全ての街を放棄してゴーストタウンにせざるを得なかった立花は本気の殺意を覚える。


「ここが何処だか分かってるんですか?」

「まあ、そうなる前になんとかしたいもんだが、立花ならどうするんじゃ?」

「そうですね……。せっかく戦闘機がこんなにあるんだから、外を回って狩りをしてきます。素材も燃料も手に入るし……ああ、でも下手するとヌシがいないから面倒なのか……」


「それやってる間に攻められたら負けるだろ? 相変わらず立花はバカだな」

 黙って話を聞いていた海棠がいう。他の者も同じように呆れ顔だ。


「だったら、俺に聞かないで下さい……」

「いや、それアリじゃ。じゃろう、田平?」

「そうだな。あいつは嫌がるけど周りは攻めたがるだろうしな。立花の考えることなんてバカすぎて首席にゃあ分からねぇから、余計にいいかもな」

 老師と鬼田平の話の意味が分からなかった立花は救いを求めるような目を鬱金に向ける。


「つまり、首席にしてみると今狩りに行く意味が全く理解できない。そして占いが悪いので迂闊に動けない。しかし他の者には絶好のチャンスに見える。撹乱かくらんに丁度いいということです」

「でも、攻められたら負けるんだろ?」

「それを負けないようにするのがワシの仕事じゃ」

 老師は得意げだった。


 何やら高度な心理戦のようで理解を諦めた立花は別のことを考える。

「それはお任せしますが、狩りをするならカテゴリーで値段決めて買い取ります。後は制限時間も決めて下さい」

「なんでじゃ?」

「次のヌシまで狩られたら困りますし、金にならないからって害蟲を見逃されるのはもっと困ります」

「分かった」



 猟師という強面の集団は本来ならどの街にも必ず居る。強面の集団が居れば治安は良くなるし怖い人の店では酔っ払いも騒がないという事で、ついでに街の自警団と酒場の経営もしているが、主な仕事は害蟲駆除や安全圏の外の森の管理だ。

 蟲は人間を家ごと食べてしまうような化け物ではあるが、蟲が完全にいなくなると人間は生活が成り立たない。蟲が様々な素材として優秀な事もあるが、もう一つは燃料だ。蟲は植物が消化できないようで体内で生成された凝縮植物が燃料として使われているのだ。

 そんな蟲は危険度でカテゴリー分けされている。一番危険なカテゴリー10は小型で空を飛び、群れで襲いかかってくる蜂型。次が空は飛ばない蟻型などで、一番危険度が低いのが単独行動で大型の芋蟲型だ。蟲は死ぬまで成長を続けるが一般的に大きくなればなるほど動きが遅くなるので人への危険度は下がり、大量に食べるために他の蟲が減るという事で街の周りには森を作り、ヌシと呼ぶ蟲を決めて育てていくのも猟師の大切な仕事だ。



 そんな訳で桐生軍では即席の狩り対決が行われる事になった。各部隊一小隊が制限時間内にどれだけ稼げるかという対決で主催は立花である。フラストレーションの溜まっていた血の気の多い者たちはこぞって参加したがり、立花隊では代表を腕相撲で決めている最中だ。


 立花は内心ほくそ笑んでいた。ここまで盛り上がっていれば立花の訓練は中止だろう。そのまま戦闘になれば地獄の訓練からも解放される。

 そんな立花の思惑は地獄の門番(かいどう)に肩を掴まれる事で脆くも崩れ去った。


「海棠は狩りに行かないの?」

「俺が行ったら誰がお前の面倒見るんだ?」

 海棠はそれはそれは嬉しそうな顔をしていましたとさ。




  ▽▲▽




 狩りのついでに老師からお使いを頼まれた参加者達が夜更けに出発して行くのを鬱金は見送る。

 首席が餌につられて出てくるかは分からないが、立花を置いてはいけなかった。


 立花は海棠の数時間の訓練により見事訓練を終えていた。立花が怪我をさせないようにペチペチ棒で立ち向かっているのに、投げ飛ばす、踏むを容赦なく繰り返す海棠は必殺技精神攻撃(ハートブレイク)地獄の門番インフェルノセンチネルといった様子だった。

 頭が真っ白になるまで追い詰められた立花は何とか恐怖を克服できたが、精神をダイアモンドダストのレベルまで粉砕され、今はロブを抱えたまま暗がりで放心している。こんな状態で戦闘が始まる事を危惧した隊員に鬱金は立花を押し付けられた。しかし今の立花が鬱陶しいのは鬱金も同じだ。



 未明になりほんのりと白み始めた空を見ながら鬱金が今夜は無さそうだと思う。

「立花様、何もしないなら寝たらどうですか?」

 鬱金の言葉に立花はぼんやりとした視線を向けて返事をするが、動く気配は全くない。

 立花を放置した鬱金が隊員に指示を出してると、犬の唸り声が聞こえる。

 立花に抱えられたロブが街の方に向かって威嚇しているようだ。


「誰かいるのか?」

 立花は全くやる気がない様子でロブを撫でている。

「全員搭乗! 襲撃に備えろ!」

 鬱金は言いながら、立花を抱え上げて後部座席に放り込むと自分も搭乗した。


 機体は周囲の風を集めて気流を起こして飛ぶ。操縦は前の席でバイクの様に跨った姿勢の体重移動だけでほぼ三六〇度移動出来る仕様になっている。後部には回転する椅子があり、主にミサイルなどによる攻撃を担当する。


「俺何すればいい?」

 立花はロブを専用席に固定した後聞いてきた。相変わらずの放心状態だ。

「見ててください」

「分かった」

 立花は全くやる気ない様子で椅子に沈む。


 鬱金達が飛び立ってしばらくすると、街の方から砲撃が自軍の中央に向かって降り注ぐ。鬱金達は端にいるため被害はないが、乱れた所に敵が来たら大変だ。急いで砲撃に対処しようとすると、今度は数十機の戦闘機が突っ込んでくる。

「上昇して通せ」

 鬱金の指示に従って隊員達は機体を上昇、その下を敵が通り過ぎる際にミサイルを落としているが、立花は全くミサイルを撃つ様子もなく言われた通りにしているようだ。


「戦車か?」

 大人しく戦闘を見ていたはずの立花の視線は全く違う森の中を向いていた。

 そしてその言葉通り、先ほど砲撃をしてきたらしい三台ほどの戦車と護衛用の戦闘機が見えた。


「戦車を叩くぞ、先ずは戦闘機を引き離せ」

 鬱金の言葉に従い一番近くにいた数機が戦車を取り囲むように四方から近づき戦闘機を落とす。ついでに戦車も攻撃するが装甲が硬く歯が立たない。


「あの戦車、何故動かない?」

「足場が悪いんだろ? 坂になってるし、穴だらけだし、ひっくり返ったら大変だから」

 鬱金の独り言に立花が答えをくれる。確かにあのあたりはロブが熱心に穴掘りをしていた所だ。


「ひっくり返せますか?」

「後ろの土を削ればいいんじゃないか?」

 鬱金は立花の言葉を実践しようと戦車の背後に回る。長距離用の武器ばかりの戦車なので近づきさえすれば怖くはない。機体を地面すれすれで留め、風圧を上げるが思ったほど削れない。

 そこで立花がホバリングの最中にもかかわらず無造作に機体のドアを開ける。後方の風を生む部分に上から被さるようになったドアで気流が遮られ、物凄い勢いで土が飛んでいく。自作する程機体の構造を知り尽くしていなければ出来ない芸当だ。鬱金でも少し怖い。


 戦車が傾き始めたのを見てドアを閉じて離れると、戦車は後ろから沈み込んで半分程ひっくり返った。そこにすかさずミサイルを叩き込み爆発させる。

「鬱金! 森が燃える!!」

 それどころではないと思ったが、心ない上官のお願いで鬱金は先ほどと同じように土を巻き上げて消化を行い、他の戦車も順番に潰していった。


 本当に鬱陶しい上官だ。戦闘中に他のことに気を使うのは面倒なのだ。


 鬱金達が戦車を始末している間に他の部隊は両軍入り乱れての接近戦を行っていた。どちらが優勢とも言えない混戦状態だ。

 鬱金が次の動きを考えていると立花がのんびりとすら感じる声で呟く。


「朝だ……」

 東の山脈の影から太陽が顔を出し、強い日差しが戦場を照らす。

「風流なことですね」

 流石に苛立った鬱金が少し語気を強めて言った時、敵の旗艦にミサイルが命中し、轟音が空気を揺らす。

 旗艦の分厚い装甲を貫く程のミサイルなど聞いたこともないが、敵の戦車のように味方も秘密兵器を持っていたようだ。


「勝ちましたね……」

「ふ〜ん。次は何をするんだ?」

 立花は興味がなさそうだった。




  ▽▲▽




 昼過ぎになると城まで撤退した敵軍を追いかけて、味方の半分ほどが城の周囲を取り囲む攻城戦になる。爆撃してしまえば早そうな物だが、重要な施設は地下に潜っているので地上を攻撃してもあまり意味はない。


「お前さんも行ってきたらどうじゃ?」

 隣で城を眺めながら落ち着かない様子の海棠に老師は言う。

「いいのか?」

「ここでそんなにギラギラされてたら鬱陶しいわぃ。怪我人が増える前にどうにかして来い」

 老師の言葉に海棠は嬉しそうに返事をすると出掛けて行った。

「血の気が多いのぅ」


 老師の言葉を背中で聞きながら海棠は通信で部下に呼びかける。事前に調べてあった入り口から地下へと進入する予定だったが、そこに突然報告が入る。


『白衣の神官が三名、城から出たいと言ってきています』

 ほとんど間をおかず桐生の声がする。

『通してやって』

 何故こんな所に神官がいるのかと疑問に思ったが、首席の占い好きを思い出して意識から締め出す。



 包囲を抜けた三名の神官たちは城下の街に足早に消えていく。



 城下では立花隊などの攻城戦に参加していない者達が街の後片付けを始めていた。

 落ちた戦闘機の片付けや街の人の為の炊き出しと合わせて戦死者を簡単にとむらおうとしている所に神官が現れたので丁度いいからと葬儀を頼む。


 遺品を回収した遺体はそのまま荼毘だびに付される。神官達は簡単な祭壇を組み、祈りの歌を捧げる。

 荘厳な歌声が終わる頃、鏑木はまだ膝を抱えている立花の側で愚痴る。


「嫌な歌でしたね。あれなら立花様の方が大分マシです」

「本業の方がいいに決まってるだろ……」

 立花は興味なさそうに答えるが鏑木は取り合わず、立花に酒の瓶を渡してくる。


「口直しを」

 断るのも面倒な立花は言われるがままに酒瓶を受け取ると火に近づく。


 死者の魂は炎と供に天に登り、星へと還るとされる。

 立花は酒を軽く火に投じてから静かな声で歌う。


 ——Hush a bye. Don't you cry.——


 先程の神官の歌と違い、技巧も何もない素朴な子守唄だ。この地方に古くから伝わる物で風の唄という。


 ——Close your eyes.

 Dream a calm tender dream.——


 立花は神官の資格を取る時に技巧的な白衣の唄より子守唄で十分だと言われた。それが立花程度の神官にとってという意味なのか葬儀にとってという意味なのか立花にはよく分からなかったが、簡単だったので数年経った今でもそのまま歌っている。


 立花の微かな歌声が聞こえると、炊き出しに集まっている人や、周りの隊員達も手を止めて静まってしまう。


 火の爆ぜる音と立花の歌声だけになると、少し離れた城が大きな音を立てて爆破がするが立花は構わずに歌い続ける。


 ——Come through foreboding.

 I will send you spilling words.

 That is like deliquesce in the wind.——


 皆大きな音に驚いた様子を見せるが動揺は広がらず、やがてすすり泣く声が聞こえ始める。


 ——Hush a bye. Don't you cry.

 Close your eyes.

 Dream a calm tender dream.——


 歌い終えた立花は残りの酒も火に投じて少しの間祈ると静かに振り返る。


 先程以上に周囲の人々は静まり返っている。

 立花の無色透明な歌声には憎しみや恐れを洗い流してしまう様な不思議な響きがあった。


「立花様は歌が上手いんですね……」

「そうか?」

 鬱金の言葉に無感情に立花は答えるが、側の鏑木は何故か誇らしげだった。周囲の様子は気にならないらしい立花はまた隅で膝を抱える。


「あれはいつ頃立ち直るんだ?」

「さあ? 立花は意外とタフなんであんなになったの初めて見ます……」

 鬱金の言葉に鏑木も面倒くさそうに返す。

 実際の時間はそれほどでもないのだが、途中で戦闘を挟んでいるためにいい加減ウンザリしてくる。


 そして周りが普通に動き始めた頃、城の方からギラついた集団が歩いてくる。明らかに血で汚れて異様な気配を放つ男の一人が立花に向かって乱暴に鞘に入った剣を放る。


「手入れしといて」

 それだけ言った海棠達はベースキャンプへと去って行く。


 終始無言だった立花は鞘を払って剣の状態を見て溜息をつくと、道具を取りに行って手入れを始めた。



 ——こうして後に悪星の戦いと呼ばれる戦は桐生軍の勝利で終結した——。

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